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義雪伝  作者: 戦国さん
序章 一騎掛けの若武者
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一騎掛けの若武者

因みに立身義雪の読みは「りっしんよしゆき」ではなく「たつみよしゆき」です。

「まったく、獣志郎め」

立花道雪の家臣由布惟信は、主君から預かった若武者に、頭を悩ませていた。

この時天正七年(1579年)七月、惟信は立花道雪の命により、反旗を翻した国人の鎮圧に出向いていた。

前年に主家である大友家が、島津家に耳川の戦で敗れて以来、領内ではこういった事が絶えないのだ。

しかも今回に至って厄介な事に、居城のある立花山城の東西別々の方角で、反乱が起きてしまった。

そこで城主立花道雪は、龍造寺のいる西の規模が大きい激戦区に自分と精鋭を、大友の勢力圏で比較的安全な規模の小さい東に腹心たる惟信と新兵を向かわせた。

そしてここで惟信は件の若武者を道雪から預かる事になる。

その若武者は一見、色白の肌、美しく整った顔立ちと、まるで女子のような外見だったが、その眼は力強く、よく見れば体も相当鍛えているのか、がっちりとしてる。

芯のしっかりした雰囲気を持つ侍だった。

惟信は彼を気に入り、行軍中も常に傍らに置いたぐらいだ。

当初の作戦では村に陣取って、半ば野盗のようになっている国人たちを、夜になってから夜陰に紛れて襲い鎮圧する予定だったが、ここで惟信の計算外の出来事が起こる。

それは惟信達が見つからないように、国人達の動きを監視している最中の事だった。

一人の村の少女を国人の兵が襲い始めたのだ。

一人が少女を抑え、もう一人が少女の服を破り捨てる。

他の国人兵も皆嘲り笑いながらはやし立てるだけで、誰も止める物はいない。

(一人の少女に寄ってたかってとは、下衆め)

惟信は憤りつつも今動いては作戦が無に帰す、部下達を無駄に死なせてしまうと自分に必死に言い聞かせていた。

(娘よ、すまぬ)

少女の泣き叫ぶ声は無情に村に響きわたる。


そんな時だった。

少女を襲っていた兵と、抑えていた兵の頭に一本ずつ矢が刺さったのだ。

二人の兵は糸の切れた人形のようにその場に倒れる。

少女と周りの兵士たちは突然の事に何がなにやら解らなく、ただ慌てるのみだった。

惟信自身やその配下たちも、驚きを隠せず各々面食らった顔をしている。

惟信はすかさず周りを見渡した。

(誰だ、命を無視し攻撃を仕掛けた阿呆は)

しかし惟信の周りには弓を手にした者は一人もいない。

ではこの矢はどこから飛んできたのか?

その問に対する回答は直後に出された。

「女子一人になんたる狼藉、恥を知れい」

突如惟信達がいる場所の反対側から一騎で何者かが村に陣取る国人衆になだれ込んのだ。

「この立身獣志郎義雪が成敗してくれる」

その無謀な一騎駆けをしたのは道雪より預かった若武者であった。

(気持ちは解るが、無茶をしおって。お陰でこちらの作戦が、、、ん、まてよ)

惟信は一つ考えた。

いきなりの奇襲に一騎とは言え、国人衆は無様にも混乱している。

しかも義雪が村の向こうから突入した為か、惟信のいる村のこちら側は手薄という次元を通り越し、兵が一人もいない。

(これは、好機やもしれんな)

惟信は右手を上げ高らかに号令をかける。

「皆の者、獣志郎に続け。あの様な下衆な輩を一人として生かしてはならぬ」

惟信の号令と共に由布勢は一気に村になだれ込んだ。

由布勢の勢いは凄まじく、国人勢を駆逐するのにそう時を要しなかった。

国人達の下衆な行動に、口や行動に出さなかっただけで、皆心底腸が煮えくりかえっていたのだ。

由布勢は一人一人が初陣とは思えないぐらいに獅子奮迅の働きで国人達を打ち取っていく。

しかし惟信が一番驚いたのは、最初に斬り込んだ件の若武者の戦いぶりだった。

彼が今回の戦で上げた戦果は凄まじいものだった。

真っ先に斬り込み、敵の兵の殆どを相手に味方が到着するまで単騎で持ちこたえたのだ。

しかも特筆すべき点は彼が持ちこたえている時の内容で、防戦一方ではなく、むしろ大人数を相手に押していたというのだ。

とても初陣の新兵が出来るものではない。

惟信は見所のある若者だと、感心した。

しかし、

(けじめは付けなくてはならんな)

惟信は義雪の下へ歩いていく。

義雪は勝利に喜ぶ他の兵達と、村人に囲まれていた。

どうやら兵達は義雪の勇気を讃え、村人は女子を救って貰ったお礼を伸べているようだ。

そんな中、義雪も惟信に気づいたのか自ら惟信の下へ寄ってくる。

しかし義雪の顔は戦勝に浮かれているものではなく、何一つ緩みのない真剣そのものだ。

「その顔は解っておるな」

「御意」

義雪の返事の直後、惟信の右拳が義雪の顔面に繰り出される。

手甲を装備している惟信の拳は凄まじい威力で、義雪は勢いよく倒れ込んだ。

明るい雰囲気だった辺りが義雪の殴られた音により一気に静まり返った。

「此度お主がした勝手な行動が皆をどんなに危険に晒したか、何か申し開きがあるなら申してみよ」

惟信の怒声が静まり返った村に響きわたる。

義雪はこれに対しまだ覚束ない足で立ち上がり、一言答えた。

「ありませぬ」

「そうかでは、一時的な罰としてここから城まで馬に乗らず足軽と共に徒歩で戻れ。城に着くまでは一切食事と休憩をとる事はならん。尚、お主の正式な沙汰は城にかえってから追って伝える」

「御意」

惟信は背を向け、その場を去ろうとした時ふと、歩みを止めた。

「因みに一つ問うが、我等が陣取っていた場所と反対から村に突入したのは敵の眼を己に向け我等が虚を突き易くするためと考えての行動か」

いきなり問われた義雪は一瞬目を見開くも、何食わぬ顔で答えた。

「いえ何も考えずただ斬り込んだだけであります」

「ほう、ならばお主は何も考えずわざわざ反対側まで馬で駆け、そこから斬り込んだと申すか」

「御意」

(そんなわけ無かろうが。まったく、嘘の下手な若造だのう)

「、、、そうか」

惟信は少し苦笑いをし、その場を後にした。



「とまあ、なんとも面白い若造でした」

所変わって数日後の夜。

惟信は主君道雪ともう一人惟信と並んで立花の双璧と称される男、小野鎮幸と共に酒を飲み明かしていた。

「本当に面白い小僧ですな、今度は是非とも某が使って見とうございます」

鎮幸は己が顔の倍はあるであろう大きな杯を、一気に飲み干す。

「残念だったな和泉殿。獣志郎はわしが殿からお預かりしたのだ。ゆえに獣志郎はわしが育てる。お主の出番はないわ」

「雪下殿、独り占めはよろしゅうございませんなあ。もうお歳なのですから若い者の相手は某にお任せくだされ」

「なんじゃと」

お互いに額を擦りつけながら、笑顔で睨み合う二人。

尚、笑顔ではあるが元々怖い顔の二人だ。(特に鎮幸は顔中傷だ)

二人ともその背からは異様な気を放っている。

因みに余談だが、雪下と和泉と言うのはそれぞれの通称で雪下は主君道雪に因んだ号で惟信の事、和泉は鎮幸の官位和泉守からきている通称である。

「ははは、獣志郎めは人気者じゃのう。流石はわしが見いだした男よ」

睨み合う二人をよそに気分の良さそうに笑う道雪。

「確か見いだしたのは千代さまとお伺いしましたが」

千代とは、立花道雪の娘の事である。

何故女に生まれてきたのか解らない程の猛者で、そこらの武将等より腕が立ち、また教養もあり気立ても良く、その容姿も西国一と言っても過言ではないぐらい美しい。

立花道雪自慢の愛娘だ。

「これ、雪下。人がせっかくいい気分でだな、、」

「殿が嘘をおっしゃるからいけないのですよ」

「まったくです」

道雪は己が懐刀たる家臣二人に息のあった指摘を受けてしまう。

(さっきまでお互いにいがみ合ってたではないか。なんだ、この連携は)

内心愚痴る雷神(道雪の異名)。

「まあいい。ともかくだ、そろそろ本題に入るとしよう」

道雪がそう言うと惟信は頷き地図を広げた。

その地図は立花山城周辺の地域、筑前国の地図だ。

そこには所々しるしが付けられている。

「今年に入ってから起きた国人の反乱と龍造寺と秋月の侵攻のあった場所を記しております。数もさることながら特筆すべきはここと、ここの近辺に反乱が集中している事、そして時期ですな」

「ふむ、一見すると不規則な侵攻、不規則な反乱のようですが」

「確実に我が方を東西に走らせるように仕向けて起きておるな。姑息だがなかなかどうして、効果的な策だのう」

惟信と鎮幸は険しい顔になるが、心なしか道雪は楽しそうに笑っている。

「首謀はやはり龍造寺でしょうか」

現在大友と真正面で争っている北九州の有力勢力龍造寺。

少し前に大友がかの勢力に大敗してからは大友、島津と並び九州の三強の一角として君臨している。

鎮幸は一国すら統一していない秋月より、その龍造寺が今回の首謀と考えた。

しかし、惟信は違った見解を伸べる。

「かの龍造寺の鍋島殿ならしそうな策であるが、某は今回の件は別の勢力が考えた絵図だと思っておる」

「と、いいますと」

それに答えたのは道雪だった。

「島津じゃな」

「御意。この反乱と侵攻、昨年我が方が耳川で島津に敗れてから頻繁になっております。龍造寺でしたら、今山の戦い直後から頻繁になっていた事でしょう」

今山とは、元亀元年(1570年)に勃発した龍造寺と大友の戦いである。

この戦いで大友勢は負け、しかも当主宗麟は弟親貞を失う大きな痛手を負った。

もっとも、この時はまだ大友家の主力は健在だった為、龍造寺も手を出せずにいた。

「しかし状況は耳川で変わったわけか」

「は、龍造寺も我が方が殆どの主力を失ったのを知っています。そこで島津が持ちかけたのでしょうな、『龍造寺と島津で北と南から大友を滅ぼさないか』と、そして上手く秋月も焚き付けた。こんな所でしょう」

「ちょっとよろしいか。そうだとして何故龍造寺は今、島津の言いなりになり我等を攻めているのですか。また、何故その島津自身が動かぬのか」

疑問を惟信にぶつける鎮幸。

「恐らくだが、島津は龍造寺と我が方の双方共倒れを狙っておるのだろう。龍造寺とて我が方が弱体化している今は、攻め込む好機じゃ。とは言え全く攻め込まぬもの信義に反するが故に適当には攻め込んでいるじゃろうな」

顎髭をしごきながら惟信は答えた。

「ふむ、まあ現状では推測の域を出ない話でしかないのう」

「もっと情報の欲しい所ではあるが、こういう時に我が立花でも優秀な忍びが欲しいのう」

現在立花家には忍びがいない。

正確には少し前まで金で雇っていた甲賀忍者

がいたにはいたのだが、次ぐ戦によって金銭不足となり仕方なく契約を打ち切ってしまったのだ。

現在は主家大友から定期的に情報を得てはいるものの、断片的な情報しかなく精密性に欠ける物だ。

ここはやはり当家に直接使える忍が欲しい所である。

「無いものをねだってもしかたありますまい。今はとにかく現状でできるだけ対処しませんと」

「ふむう、わかっておる。」

(当家で忍びをちゃんと育てなかったわしの責任じゃな。戦ばかりに眼がゆき、そちらが疎かになってしまっていたか。何が雷神か、笑わせてくれるわ。)

道雪は月が朧気に輝く空を部屋の窓から見上げた。

どうでしたか?

因みに歴史上の人物達の性格は作者のイメージで書かせていただいています。

イメージが違う等の不満はあるかもしれませんがご了解ください。

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