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サトルが慌てて後からしまったという顔をしたけれど、今更すぎる。私を心配させないようにする為に黙っていたんだろう。
「サトル、今日は何と言おうとずっと面倒見るからね。熱が上がったなんて聞いたら、余計に心配になったし」
「それは駄目だ。岩代」
背後から聞こえてきたのはサトルではなく倉山の声だった。振り向けばそこには呆れたような顔をして立っている彼の姿がある。
「サトル、喋ったのか。ヒイラギの熱が少し上がった事」
「……ごめん。ついヒイラギの食欲を見てうっかり」
申し訳なさそうには見えないサトルの謝罪を聞きながら、盛大に溜息を吐いた倉山は私の隣に腰掛けて、起き上がったままのヒイラギを見つめながら、ヒイラギの頭の上に手を置いた。……ヒイラギがあからさまに嫌そう。力が出なくて抵抗出来ない分、表情で訴えているのだろう。
「お前も少しは気遣えよ。岩代がいなくても我慢を、だな……」
「……くしゅっ」
「これはまた盛大に鼻水出しやがって……」
苦笑いを浮かべながら、頭に載せていた手をどけ、そばにあった箱ティッシュからティッシュを取りだすと、サトル同様に倉山もまた慣れた手つきでヒイラギの鼻水の処理をした。なんだ、サトルしか出来ないと思っていたのに倉山も出来るんだね。
「…………」
「何だ。眠いのか?」
鼻がすっきりしたかと思えば、今度は眠そうに目をこするヒイラギ。お腹いっぱいになったからなのかもしれないけれど、一応薬飲ませておかないと。
「はい、ヒイラギ口開けて?」
「…………」
口を頑なに閉ざすその姿は、絶対に開けませんよと言わんばかりだ。もしかして薬を飲んで寝たら私がいなくなるってまだ思っているのかな? そんな事はないのに……倉山達を説得しないといけないけれど。
「……あまり気は進まないが。仕方ないか。岩代、薬貸せ。サトル、俺が合図したら……分かっているな?」
「……? ああ、そう言う事か。分かった。オレの方は任せて」
「よし。ヒイラギ、ちょっと熱を計らせろ」
倉山が少し嫌そうな表情を浮かべているけど、何か策があるのは確かだ。それを信じて渡した飲み薬を片手に、ヒイラギに傷らだけの手を近づけた。するとヒイラギは倉山に触られたくないのか、さっきは抵抗しなかったのに今度はその手を噛もうとしてくる。
「サトル、今だ」
その隙をついて、サトルはヒイラギの頬を押さえ、口を開けたままにする。ヒイラギは突然の事に少しじたばたするが、そこへすかさず倉山は飲み薬を入れ、ヒイラギの口を塞いだ。私、何かでこういう光景を見た事がある……ああ、病院で薬を嫌がる犬が無理矢理口を開かされて、飲み込ませる姿だ。それに似ているんだ。