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「何処にも行かないよ、って言って欲しいの? でもそれを言ったら、また嘘になっちゃうなあ……」
少しだけ明るくなった表情もまたすぐに曇ってしまった。やっぱりそう言って貰いたかったんだね。でも何処にも行かないって言ってしまったら、余計にヒイラギだって傷つけてしまう。困ったな。
「ヒイラギ、お姫様を困らせたらいけないよ。お姫様だって、ヒイラギが大好きだからやりたくない事をやっているんだ。オレだって好きな人にずっと傍にいて貰いたいけど、我慢するよ?」
困った私を助けるかのようにサトルはヒイラギをダメ元で説得してみたけれど、効果は予想通りなく。ヒイラギは相変わらず不機嫌状態だ。サトルの言う事をヒイラギが聞いたらそれこそ奇跡だものね。……って、納得している場合じゃない。このままだとサトルだけでなく私の言う事まで聞いてくれなくなってしまう。
「……お姫様?」
「台所こっちだったよね? 色々借りるから!」
気付けば私の身体は台所へと向かっていた。何をするかはもう決まっている。と言うか台所に行ってする事はただ一つ。少しでもヒイラギに良くなって貰いたいから。
「……お待たせー」
時計を見ていないから分からないけれど、少なくとも数十分は経っていると思う。ヒイラギの世話をたった一人でやっていたからか、一人きりになったのは短時間なのに疲れ切った様子のサトルには目も向けず、真っ先に作ったお粥を持ってヒイラギの元へ。
「…………?」
「昨日のはレトルトだったでしょ? だから今日は作ったの。味は見たけど、不味くはないと思う。これで許して貰えるとは思えないけれど、食べて貰えるかな?」
最初の内はまるで“そんなのに騙されないんだからね”と言わんばかりに、頑なに食べようと口も開けなかったヒイラギだったけれど、部屋中に彼の物と思われるお腹の虫が鳴り響いたせいか、渋々とゆっくり食べ始めてくれた。どうやら美味しかったようで二口目からは目をキラキラ輝かせながら食べていて、機嫌が直ってくれた事と美味しく食べてくれている事のダブルで嬉しくなる。
「…………」
「え、おかわり? あと一杯分しかないよ?」
食べ終えたお椀をずずいっと私の前に差し出して、おかわりをねだられたのは予想外だった。それだけ食欲あるなら、元気になるのも早そうだな……なんて思う。
「昨日から少し熱上がっているのに、食欲は変わらないんだね」
「そうなの!?」
ちょっと和んだ空気もサトルの一言によって打ち砕かれる。熱少し上がっていたんだ……。