平凡夫婦
リルとロイは、夫婦水入らずで海辺街へデートに来た。
大神宮を参拝した後は美味しい昼食の予定。
「ん?」
参拝直後にリルは足を止めた。細道の方で虹色がきらきらと光った気がして。
「リルさん、どうしました?」
ロイが尋ねると、リルは正直に話した。
「気になるから何か確認したいです」
「向こうは……特に立ち入り禁止ではなさそうなので行きましょうか」
二人は細道へ向かい、そのまま進んだ。
大神宮の裏庭へ続いていて、池が見えてきた。
水面がきらきら、きらりと虹色に輝いているので、ロイとリルはご利益がありそうだとしゃがみ、手を合わせた。
リルは、家族親戚や友人がみんな元気でいられますようにと祈った。
その時だった。不意に、ロイの体が何かに押された。彼は体勢を維持できずに池の中へ落下。
「旦那様!」
リルはすぐに手を伸ばしたけれど、ロイはあっという間に池の中へ沈んでしまった。
浅そうな池なのに、背の高い夫が飲み込まれるなんてとおののく。
「兵官さんか火消しさん!」
リルが叫んだその時、池がパアアアアアッと光った。目が眩んでまぶたを閉じる。
「そなたに問おう」
女性の声がしたので、リルはそろそろと目を開いた。
真っ白な異国の服——ドレスを着た、金髪の異国美人が夫を横抱きにしている。
ロイの体には、沢山の金色の宝飾品がつけられている。
リルはポカーンと口を開き、瞬きを繰り返した。
「我はこの聖なる泉の化身である。そなたが落としたのはこの金ですか?」
「……落としていません」
リルは「夢?」と首を傾げながら正直に答えた。
すると、ロイの体がパアアアアアと青白い光り、黄金装飾が銀細工の装飾品に変わった。
サファイア、ルビー、ダイヤ、エメラルドと種々の宝石が飾られている。
「では、そなたが落としたのはこちらの銀か」
その問いに、リルはまたしても正直に告げた。
「落としていません」
「金も銀も落としていないと申すか。正直なそなたには、これら全てを与えましょう」
そう告げると、池の精はロイをリルの前にそっと降ろした。またしてもロイの体が青白く光り、消えたはずの金の宝飾品が増えた。
リルが即座にロイに話しかける。
「旦那様、起きて下さい」
「ん……。ん? リルさん?」
目を覚ましたロイは、妻の顔を見つめた。リルは困り顔である。
「旦那様が池に落ちて副神様が助けてくれました」
「そうなんですか。しかし、池に落ちたにしては……」
冷たくないし濡れていないと、ロイは自分の体を見てギョッとした。身に覚えのない宝飾品がわんさか体についている。
「なんですかこれ⁈」
「誰かの落とし物です。副神様が落とした人を探しなさいってくれました」
リルは夫に何があったか伝えた。若干、独自解釈を加えながら。
「奉巫女様に教えましょう」
「奉巫女は神社の偉い人ですよね?」
リルは勉強した知識を頭の引き出しから取り出した。
「そうです」
こうして、リルとロイは大神宮に仕える神職にこのことを報告した。
驚いたことに、神職の一人と戻ったら池は消えていた。しかし、金銀財宝は残っている。
「新聞で海賊のせいで漁師の船が壊れたって見ました!」
「ああ、例の事件ですね」
ロイはリルが何を言いたいか察した。
「海の大副神様が、漁をするための船を直す資金を下さったんでしょう」
こうして、リルとロイは金銀財宝を奉巫女に任せて「魚介類の不足が終わる」とウキウキしながらデートを再開。
池の精は「普通に話が通じる人間に久々に会えた」と微笑み、他人を慈しめる夫婦に祝福を送った。
そうして、その日の夜、リルの枕元にそっと大粒の真珠を置いた。
結果、朝起きたリルはその真珠を踏んですってんころりん。
寝ぼけた頭と目で、「危ない石だな。私の掃除不足だ」とイラつきながら、真珠を「石」だと思って掴んで窓の外へ放り投げた。
「もっと掃除しないと。危ない石がなくなってせいせいした」
申し訳ないと思った池の精は、リルが玄関を掃除している時に、彼女の足元に真珠をコロコロっと転がした。
「ん?」
リルは真珠を見つめた。
「丸くて危ない石だな」
貧乏な家で育ったリルは真珠を真珠だと思わなかった。
夫が買ってくれた小さな真珠は彼女の宝物。宝物はお店で売っているもの。そこらに落ちているなんて考えはない。
宝物みたいな松茸を、すぐそこの公園で獲ってくることがあるのに、宝物はお店という考えを展開した。
リルは真珠をつまんで、ポイっと投げようとしてやめた。
投げた結果、誰かが踏んだら怪我をする。それが大好きな義母や嫁仲間やその家族だったら最悪だと。
リルは真珠を割烹着のポケットに入れ、玄関掃除が終わると家の井戸の中へ入れた。
これで誰も転ばない、せいせいしたと笑う。
池の精は、リルが真珠を手に入れたところまで見て満足していたのでそこまでは知らない。
☆
約十後——。
井戸の石の隙間に挟まっていた真珠が、偶然にも水汲みをする桶に落っこちた。
桶を引き上げたのはリルで、彼女はその桶の水を養殖しているプクイカの水瓶へ入れた。
それから数日後、リルは水瓶の水をかき混ぜている時に真珠に気づいた。
昔と違って、リルはもう真珠に気づくような生活をしている。買うことはなくても商品を見ているから。
ご利益の山エドゥアールの川のイカを増やして大金持ちの夢は全然叶わない。
なにせ、プクイカは増える前に死んでいくから家で食べるくらいにしかならない。
けれども、真珠を作るなら大儲けできる、みんなで旅行をして大宴会ができるとリルは万歳した。
こうして、リルとその家族はプクイカはごくごく稀に真珠を作り出すと信じることになった。
もちろん、リルが真珠で大儲けする日はこない。




