元死神騎士
暖かな気候が続いているので、フィラント王子とエトワール妃は、瑞々しい緑が多い森へ散策に来た。
二人が辿り着いた場所は、実に幻想的だった。
泉の水は底まで見える程澄んでいて、その中には苔むした白い岩が煌めき、カラフルな魚が泳いでいる。
「まあ、素敵ですね。王家の庭森にこのような泉があるなんて」
「ユースが行って来い、君が喜ぶと言ったのはこれが理由か」
フィラントは友のアドバイスで妻が可愛らしい笑顔を浮かべて瞳を輝かしたことに満足した。
その時だった。背後に何かの気配を感じたフィラントは抜剣した。妻を抱き寄せながら。
強風が吹きつけたが何もいない。またしても背中に何かを感じたフィラントは、妻を片腕で抱き上げながら軽く跳ねた。
変な気配がした泉の方を向き、ジッと様子をうかがう。
「フィラント様、どうなさいました?」
「何もいないが、妙な気配がして。視線も感じないが……」
無血ですぐに終わったとはいえ、アルタイルは革命が起こったばかり。
政敵が自分たちを狙っているのかもしれない。フィラントはそう考えて注意深く周囲を見渡した。
(エトワールに手を出す者は殺す……)
誰かいるか確認しながら、フィラントは殺気を放った。夫のただならぬ様子にエトワールは唾を飲む。
「誰も居ないようだ」
「フィラント様……。日々の仕事で神経が疲れているのですね。散歩なのに、気を休めることもできないなんて」
「いや。休まっている。君が居てくれるから」
誰も居ないようだと、フィラントは妻を地面に降ろした。
そうしてそのまま、エトワールを一本の木の幹へと追いやった。
「あの、人は居ないとはいえここは外です」
「ん。少しだけ」
妻に手を伸ばしたフィラントは、瞬間、背中にまた何かを感じて振り返りながら、思わず小型ナイフを投げた。
二度ならず三度も気配があった、しかも相手は隠れるのが上手過ぎると警戒心は最大級。
その小型ナイフは、まだ空気と同じように透明な泉の精をすり抜けた。
泉の精は人あらざる者ではあるものの、あまりの殺気とナイフが飛んできたことに驚いて固まった。
(何も落とさなそうだから、片方を落としてみようとしたけどあの男には隙がない)
王族なのに最前線で戦って、国を護った者に褒美でも。王家の泉に宿る精はそう考えていた。
親戚のように、問答をするつもりだったが、この男は泉に何も落とさないし、自分の神通力で泉に落とすことも不可能だと結論づける。
それなら、普通に姿を現して、褒美を授けようとした。
しかし、周囲が光った瞬間、フィラントは妻を抱き上げて走り出した。
「フィラント様、あれは何の光でしょう」
「分からないしどうでもいい! 君の身を害するかもしれないから行こう!」
「光るなんて不思議な庭ではないですか。楽しそうですよ!」
冷や汗混じりで走る無表情のフィラントの腕の中で、エトワールは軽やかな笑い声を出した。
この後、フィラントは騎士団を引き連れて王庭にある泉へ戻ったが、泉自体がなくなっていた。
それを聞いたエトワールは、フィラントを連れて意気揚々と泉を探した。
変な気配はきっと森の妖精だと言って。
エトワールは、妖精は花が好きだからと花を持って、ウキウキしながら夫のフィラントと王庭を歩き、確かこっちだと先導。
彼女たち夫婦は再び泉に辿り着いた。
「あれだけ探して無かったのに。どういうことだ?」
「やっぱり妖精さんですよ」
エトワールは「妖精さーん」と叫びながら歩いた。
妙な気配に殺気を振り撒くフィラントがついて回る。
池の精は、その殺気に言い知れぬ恐怖を抱いて姿を現すことはなく。
翌朝、フィラントとエトワール夫婦の枕元に金銀財宝が置いてあった。
先に目を覚ましたフィラントは「ユースか……」と呟いた。
「ったく、あのお節介。エトワールは装飾品に興味が無いって言ったのに」
自分が買ったものは大事にして愛でているけれど、妻は宝石が好きなわけではない。フィラントは心の中でそう惚気た。
そうしてから、替えのシーツで宝飾品を包んで塔を出た。
親友であるユースの部屋へ行き、まだ寝ていた彼を起こして「こういうことはやめろ」と告げた。
「こういうこと? なんのことだ?」
ユースの問いかけに、フィラントが答える。しかし、ユースは何もしていないので否定した。
「君のことを、賄賂を受け取ったって足元をすくおうってか? 犯人を探しておく。それは大司教様に寄付しよう」
「ユースは頼りになるな。よろしく頼む」
こうして、泉の精は問答することなく、褒美を与えても良さそうな人間に財を与え、満足のいく使い方を見ることになった。
ユースは犯人を探さず「宝物庫を新たに見つけた」と設定を作り、チャリティーと評して宝飾品を売り飛ばした。
そうやって作られた金は、国内の福祉関係で使われた。
泉の精は、変な問答は色々あるが、話もできないのは初めてだと愉快そうに肩を揺らした。




