第9章 承陽殿奥庭の茶席
承陽殿の奥庭は、都の喧噪を遠くに隔てた、小さな静寂の島だった。
竹の葉が風にこすれ、低くささやく音が水面に触れる。
池には睡蓮の葉がいくつか浮かび、白い砂を敷いた小径が、庭の奥へと続いている。
その先に置かれた円卓と凳は、淡い青磁。
釉薬の肌が、夕陽にわずかに揺れて、水面のような反射を返していた。
やがて、明玉が現れる。
手に托盤を掲げ、その上には茶碗と蓋椀。どれも同じ青磁で揃えられていた。
釉の下に散る氷裂のような紋様が、陽を受けてほのかにきらめく。
明玉が盆を卓の中央に置いた瞬間――
卓と器と、庭とが溶け合った。
薄青が重なりあい、まるで、静けさそのものが形を取ったかのようだった。
「殿下、どうぞ」
明玉の声は、風と同じ高さで響く。
允成はわずかに頷いて応えた。
蓋をずらすと、湯気が立ちのぼり、茶の香がふわりと庭に満ちた。
竹の青さと、湿った土の香と、そしてかすかな焦げのような焙じ香が混ざり合う。
まるで奥庭そのものが、ひとつの茶器になったようだった。
允成は茶を口に含み、ゆっくりと息を吐いた。
「……やはり、そなたが淹れる茶が、一番うまい」
そう言いながらも、声音はごく柔らかい。
心の奥で、何かがほぐれていくのを自分で感じていた。
明玉は微笑む。
けれど返す言葉はない。ただ、隣に腰を下ろし、自分の湯呑に口をつける。
竹の葉擦れがまた微かに鳴り、睡蓮の葉が一枚、風に揺れて水面を撫でた。
ふたりの間に、言葉はなかった。
けれど、青磁の器と湯気と光のなかで、その沈黙は、いくつもの言葉よりも確かだった。
目を合わせなくても、語らなくても、
そこにふたりの時間が流れている。
允成は、器の底に揺れる影をじっと見つめていた。
その向こうに、五年の記憶も、戦場の汗も、すべてが湯気に溶けていくようだった。
――それだけで、よかった。
静かな、確かなものがそこにあった。
承徳王と蘭明玉は、
ただ青磁の卓をはさんで、静かに茶を飲んでいた。




