第7章 凱旋と茶
戦が終わって、都に戻るまでに三日。
その間、允成は一言も戦功を語らなかった。
鉄騎国の皇族を捕縛し、敵の主力を潰滅させ、砦の包囲を解いた――
それは、誰が見ても歴然とした“勝利”だった。
けれど、承徳王本人は、ただ静かに馬を進め、
凱旋の道中でも民の歓声に微かにうなずくのみ。
城門をくぐる頃には、彼の白い衣の裾には、まだ戦場の砂がこびりついていた。
芳都が、変わったように思えた。
それは街がではない。
人々の目だった。
民も、廷臣も、宦官たちも――
あの紅の御旗の下に立った少年のことを、もはや「お飾りの東宮」とは呼ばなかった。
承陽殿に戻ると、室内はぬるく暖められていた。
火鉢の炭が落ち着いた赤に灯り、香が弱く漂っている。
衣を脱ぐ。
甲を外す。
砂を払う。
着替えを手伝おうと近づいた石鼠を、允成は軽く手で制した。
「……ひとりで、よい」
そう言った声に、石鼠は、疲労と、なにか柔らかな余韻の混じった気配を読み取った。
「では、わたくしは茶の支度を」
「……茶は、明玉に淹れさせろ」
石鼠の眉が、ぴくりと動いた。
「殿下、明玉さまはまだ――」
「妃だ」
きっぱりと断ち切るような一言だった。
だがその声の下に、少しだけ熱がにじんでいた。
「妃が、戦から戻った夫に茶を出す。……当然だろう?」
石鼠は深く頭を下げた。
「承知いたしました」
明玉が入ってきたのは、日が西に傾く頃だった。
音もなく立ち、膝をつき、湯を注ぐ。
白磁の湯呑に、龍珠の茶が香る。
允成は、それをじっと見ていた。
彼女の手。
白く、節の細い指が、茶器を支えるとき、わずかに震えているように見えた。
「……久しぶりに、戦った」
「はい」
「剣は、重いな」
「……存じません」
二人の会話は、あまりに短い。
けれど、間にある沈黙は、疎遠ではなかった。
允成は、茶を一口啜った。
火傷しそうな熱さだった。
けれど、それが妙に嬉しかった。
「そなたは、誰かに救われたと思っているか」
明玉は少しだけ、視線を上げた。
「わたくしは……殿下に拾われたと思っております。
ですから、居場所を得たいなどと、望んではおりません」
「望まぬ者にも、“席”は必要だ。
誰かの後ろに立っていては、いつか消える。
……だから、座らせる。私の隣に」
明玉は、返事をしなかった。
けれど、もう一杯、茶を淹れ直した。
その湯気の向こうに、允成はわずかに笑みを浮かべた。
「明日、朝議で宣言する。
承徳王妃として、そなたを据えると。……誰にも文句を言わせない」
「殿下、それは……」
「私が戦ったのは、そなたを妃にするためだ。
これを“私情”と呼ぶなら、笑わせておけばよい」
明玉は小さく首を振った。
けれど、それは拒絶ではなかった。
「……ありがとうございます」
その声は、初めて“席に着く者”の声だった。
允成は、湯呑を手に取り、もう一口飲んだ。
やはり、熱かった。
けれど、喉の奥まで、じんと沁みた。




