表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北征  作者: 早坂知桜
10/10

番外編 承徳王妃宣言の裏側

その日、簡略な文書が一枚、机の上に置かれた。

承徳王の署名と印璽が押され、蘭明玉を承徳王妃とする旨が記されている。

儀式も祝宴もなく、ただそれだけで決まった。


允成は朝議を終えると、午後にはいつも通り承陽殿東宮房にこもり、書類の決裁を進めていた。

側近の宦官・李少監は、片付けた文書を束ね、吏部へと届けに走った。

戻ってきたのは日が傾き始めた頃だった。


承陽殿の門をくぐった瞬間、背後からか細い声がした。


「……李少監さま」


呼び止めたのは明玉だった。

日頃から言葉少なな彼女が、自ら声を掛けるのは珍しい。

李少監は足を止め、慎重に頭を下げる。


「このようなところで、いかがなさいました、明玉さま」


明玉の表情には困惑が浮かんでいた。

いつも毅然としている彼女にしては珍しく、目が揺れている。


「承徳王妃ともあろう御方が、なにごとでしょう」


促され、明玉は小さく息を吐いた。

「……殿下のお耳には入れたくない話があります」


李少監は思わず眉をひそめる。

「わたしなどにお話しになってよろしいのですか?」


「はい。李少監さま以外に、相談できる方がおりません」

その声は、決意と諦観の間を揺れていた。


「わたくしが宮城を去ることになったときの……働き先を考えていただきたいのです」


一瞬、空気が止まった。

李少監は思わず言葉を失い、やがて低く問い返した。

「それは……」


「殿下は、わたくしを手放すおつもりがないのは、よくわかっています。ですが、どこまで通じるか。先がどうなるかはわかりません。万が一の落ち着き先は必要です」


「楊家ではなく?」


「元々お世話になっていた楊家からは、受け入れると再三言っていただいております。けれど……わたくしは行きたくないのです」


李少監は沈黙したまま、彼女の顔を見つめた。

やがて小さく頷く。

「……それは、楊家が殿下への交渉材料として、明玉さまを利用するからですか」


「たとえ、楊家にその気がなくとも……殿下は配慮なさいます。そういう方ですから」


明玉の声は淡々としていたが、そこには允成への深い理解と、切ない思いやりがにじんでいた。


「王家の方も放ってはおかないでしょう。確かに、考えるべきことかもしれません」

李少監は低く言った。

「ですが、殿下への裏切りであることは……ご承知のうえですか」


「……はい」


明玉は迷いなく答えた。

その瞳には、愛する人を守るために自らを切り捨てる覚悟が映っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ