悪役令嬢に転生しましたが、全部諦めて弟を愛でることにしました
あとがきに『弟の気持ち』『家庭教師の事情』『婚約者の心情』追加しました!
悪役令嬢に転生した。
お母様のお腹の中にいる時から、記憶がある。
いやむしろそれ以前の前世の記憶まである。
だから分かる。
私はこの「乙女ゲームの世界」の「悪役令嬢」だ。
「まあ幸いなのは、お腹にいる時からの記憶もあるってことは身体を奪われた可哀想な女の子はいないってことかな」
最初から私は私だったのは、幸いだ。
それに、もっと幸いなのは両親が私に興味がないこと。
両親ははっきり言って、公爵様という立場に胡座をかいたクズだ。
構われないのはむしろラッキー。
「まあそれはともかく、一旦色々整理しよう」
ここは乙女ゲームの世界、私は悪役令嬢。
両親からは放置されて、弟にはいじめをして嫌われる。
婚約者からも嫌われる。
でも、現段階で私は弟をいじめていないし、婚約者も決まっていない。
ただ、残念なことに。
「私、前世からずっとバカなんだよなぁ」
なので知識チートは期待できない。
悪役令嬢になるのを回避する方法も思いつかない。
そもそも回避したらヒロインがどうなるかもわからないし…。
弟をいじめることはしないし、わざわざ婚約者になった人に嫌われるような言動もする気はないけど、それでも悪役令嬢になるならそれはそれで仕方がないと全てを諦める。
その代わりに。
「おー、可愛いでちゅね、よしよし」
五歳も離れた生まれたばかりの弟を猫可愛がりする。
断罪されるまでの間、可愛い弟を愛でることにした。
乙女ゲーム本編では、「私」は断罪されて貴族籍も戸籍も抜かれるし国外追放されるが…実家に罰は与えられなかったはず。
これから猫可愛がりする弟に悪影響は…まあ醜聞は広がるだろうけれど優秀に育つはずの弟ならきっと大丈夫。
「お姉ちゃんがお歌を歌ってあげますからねぇ」
この世界の言語は、さすがに五年もここで生きていれば喋れるくらいにはなった。
読み書きも問題なくできる。
算術は足し算引き算掛け算割り算くらいはできる。
貴族のマナーだけは本気で叩き込まれたからもう形にはなってるけど。
でもそれだけ。
貴族の娘としては、今はまあまあだけどその内前世のように落ちこぼれになるだろう。
だから勉強はかなぐり捨てて、弟のために時間を割く。
「〜♪」
私は弟に、前世で流行っていた歌を聞かせる。
抱っこして、歌を聞かせて、ねんねできるようにあやす。
乳母も「仕事を奪われた」なんて言わずに好きにさせてくれている。
私につけられた家庭教師の先生は全力でスルーしてる。
勉強している時間があるなら、弟を愛でたい。
でも。
「さすがはお嬢様。歌の才能がおありだ」
家庭教師の先生は、勉強を一切しない私に何故かそれでもくっついてくる。
「お嬢様はやはり天才ですね」
「いや、それはないです」
「その歳で読み書き計算が完璧なら十分大したモノですよ」
「今はまだそれで満足ですが、その内落ちこぼれになりますよ」
「何を仰る。その歳でマナーも完璧、歌の才能もあり、編み物や刺繍も完璧。言うことなしです」
編み物と刺繍と歌は前世からの趣味だ。
なので褒められてもなぁ。
ちなみに編んだ物や刺繍した物は弟に全部あげている。
弟が私の作ったものを着ている姿を見るのが楽しくて仕方ない。
「お嬢様読み書き計算は本当に完璧ですし、マナーも完璧、歌の才能があり、編み物や刺繍も完璧。あとは詩を読み、歴史や哲学を学び、魔術さえ使えるようになればパーフェクトレディですよ」
この世界は魔術に頼っているので、理数系の勉強はほぼ必要ないらしい。
なのであとは本当に詩と歴史と哲学を習い魔術さえ使えるようになればいいらしいけど…。
「いや、大丈夫です」
「そうですか…お嬢様はせっかく神童だというのに、もったいない」
「そうですか」
まあ、ともかく。
私は弟を愛でるのに忙しいのでそんな暇はない。
そうすると、先生は言った。
「ならば、お嬢様が坊ちゃんに詩を読み聞かせるのはどうです?坊ちゃんにとっても、幼い頃から教育を受けられるのは悪くないでしょう」
「乗った!」
弟のためになるなら話は別だ。
私は弟が一歳になるまで、詩の読み聞かせを行なった。
結果、私まで詩をいくつも覚えてしまった。
そして、詩を読むのがちょっと好きになった。
「お嬢様、次は坊ちゃんに歴史小説を読んで差し上げるのはどうでしょう」
「乗った!」
弟のためなら努力はする。
この世界における歴史小説を何冊も、弟が二歳になるまで読み聞かせ続けた。
結果私はこの世界の世界史にも、この国の歴史にも詳しくなってしまった。
ついでに、この世界の地理にも詳しくなった。
これは先生が、ところどころで私にこの国はどこでこの国はどこと読み聞かせの際に聞いてもないのに地図で教えてきたからだ。
「次は弟君に哲学書を読み聞かせてはいかがでしょう」
「乗った!」
弟のためならそのくらいはしてもいい。
ということで、弟が三歳になるまで哲学書を読み聞かせた。
私は結果的に、哲学にも明るくなった。
で、肝心の弟はというと。
「三歳なのにもう詩を覚えてるの!?やだー、弟が天才すぎるー!?」
「貴女の教育の賜物ですよ」
「え、さらに世界史や国の歴史も覚えてるの!?天才ー!」
「貴女の教育の賜物ですって」
「さらには哲学まで理解してるの!?やだすごーい!」
「貴女のおかげなんですよ、お嬢様」
ということで、弟は天才となった。
あとは読み書き計算とマナーさえ覚えれば完璧超人だ、頑張れ我が愛しの弟よ!
「弟君も四歳になるまでに読み書き計算とマナーを叩き込みます。なのでお嬢様だけに構っていられなくなりました」
先生がそんなことを言うのでにっこりと笑って言った。
「別に良いですよ、でも私も弟に読み書き計算とマナーを教えてもいいでしょう?」
「もちろんです」
ということで、八歳にして三歳の弟に勉強を教えることになった。
私が九歳、弟が四歳になると弟は先生と私の指導で読み書き計算とマナーを完璧にした。
「ということで、私がお嬢様や弟君に教えられることは…あとは魔術と剣術くらいです。お嬢様、弟君のためにも一緒に魔術と剣術を習ってくれますね?」
「弟のためなら!」
ということで、一年間みっちりと過去に学習したことの復習と魔術と剣術の稽古をつんだ。
結果、一年で弟は極大魔術、私は上級魔術をマスターした。
さらに剣術は弟も私も、先生の流派の免許皆伝を言い渡された。
いや、弟のためとはいえバカな私がよくぞここまで成長したものだ。
さすが先生、生徒への教え方がうまい。
ここで先生はお役御免となり、新しい生徒さんの元へ向かった。
さて、この時点で私は十歳…弟は五歳。
そろそろ私に婚約の話が出る頃だ。
「フォルトゥーナ、お前に婚約者を紹介する」
「初めまして、フォルトゥーナです」
「お初にお目にかかります、辺境伯家の後継になりますニクスです。お噂はかねがね。鬼才と噂されるフォルトゥーナ様と婚約できて嬉しいです」
「あら、ありがとうございます。ニクス様と婚約できて私も嬉しいです」
まあ、「私」の婚約者はヒロインに取られる運命なのだけど。
「これから仲良くしてくださいね」
「こちらこそ」
ということで、婚約者との初対面は上手く行った。
婚約者はまめな人で、手紙も贈り物もたくさんくれるし逐一デートに誘ってくれる。
デートもすごく楽しくて、私は彼に惹かれてしまった。
どうせ捨てられる相手なのに。
そして相手も、今は私に好意的だ。
だから余計に苦しい。
そして婚約者と嫌でも信頼関係を結んでしまって六年。
私は十六歳になった。
乙女ゲームの舞台、貴族学園。
そこでの生活が始まった。
案の定ヒロインはニクスに付き纏う。
なんか、転生者っぽい雰囲気はしない。
素でアレなのだろう。
けれど、ニクスは想定外の行動を見せた。
「悪いが、俺は婚約者を愛している。君とは付き合えない」
ニクスは、ヒロインの誘惑をきっぱり拒絶したのだ。
そして私を選んでくれた。
「ニクス様…よかったの?」
「よかったもなにも、君を愛しているのだから当然だ」
「…!」
何故かバカなはずなのに教養を身につけてしまった私は、こうして悪役令嬢から卒業して幸せになったのでした。
でも、ブラコンは消えずに今でもせっせと弟を溺愛しているけど…ニクス様は許してくださるからオッケー!
『弟の気持ち』
ぼくはあかちゃんのころからのきおくがあります。
そのきおくにはいつもねえさまがいます。
ねえさまはいつもおうたをうたってくれました。
だっこして、ねんねできるようにあやしてくれました。
だからぼくはとうさまとかあさまなんかよりも、ねえさまがだいすきです。
そんなねえさまは、あるときからしをよみきかせてくれれるようになりました。
だからぼくはしをおぼえました。
しがだいすきになりました。
またあるときかられきししょうせつをよんでくれるようになりました。
ぼくはれきしを『りかい』はしてないけど、『おぼえ』ました。
ちりもおぼえました。
そしてあるときから『てつがく』をよんでくれるようになりました。
ぼくはてつがくを『りかい』はしないけど、『おぼえ』ました。
そしていつのまにか、おぼえたれきししょうせつとてつがくを『りかい』できるようになりました。
そうしたらこんどはねえさまとせんせいが、まなーとよみかきけいさんをおしえてくれました。
それもりかいしておぼえると、さいごにまじゅつとけんじゅつをねえさまといっしょにせんせいにおそわりました。
ぼくとねえさまは、しんどうとよばれるようになりました。
やがて姉上は、婚約者を紹介された。
婚約者は姉上に一途な良い男だ。
姉上はあの男の前ではすごく良い笑顔なので、これでよかったのだろう。
それでも悔しいのは、まあ、仕方がない。
でも、僕にも愛おしい婚約者がいる。
姉上とはまた別枠ですごく特別で愛おしい女の子だ。
だから相変わらず僕を猫可愛がりする姉には甘えつつ、婚約者に愛想を尽かされることのないようにいつもこまめにデートに誘ったり贈り物をしている。
…参考にしてるのは姉上の婚約者なのが、自分でも腹が立つところだけど。
でも、そのくらい姉上に対して完璧な男なのだ。
悔しいけど、仕方がない。
だけど、姉上をもし万が一にでも姉上を傷つけたら絶対許さないんだからな!
『家庭教師の事情』
私はとあるやんごとなき方の家庭教師に選ばれた。
ところがそのお方は全く持って勉強にやる気がなく、弟君ばかり構われる。
が、歌の才能があり読み書き計算とマナーは完璧、編み物や刺繍も完璧と来たらこれ以上才能を無駄にするのは勿体ない。
そこで私は弟君に勉強を教えることを姫君に提案した。
そうすることで自然と姫君にも知恵がつくと思ったから。
結果それは当たりで、姫君は完成された美しい姫君となった。
ついでなので、弟君へマナーと読み書き計算を教えるのも手伝っていただき結果弟君も天才となった。
そして姉弟揃って剣術と魔術を教えた。
なんとすぐに免許皆伝になったのはさすがと言うべきか。
そして私は他家に家庭教師として移ることになったが、あのお嬢様と弟君の家庭教師ということでものすごく持て囃された。
まあ、これでも一千年を生きる魔術師なのでさもありなん。
今日も若い頃に作ってしまった借金の返済のため、そして次世代の子供達の成長を見守るため、お仕事に励むとしよう。
『婚約者の心情』
初めて婚約者を紹介された時の素直な感想は『可愛い』だった。
今はもう他所に行ってしまった家庭教師の先生の指導のもと、メイドたちや侍女たちが磨きあげたという婚約者の美しさ。
白いすべすべな肌、整った眉毛、くりくりだけどちょっと勝気そうな瞳、赤みが差した頬、ピンクの唇。
『可愛い』『綺麗だ』そんなありきたりな言葉しか出ない自分の語彙力の無さが憎い。
おまけに神童、鬼才と謳われただけあって教養のレベルも高い。
さらに弟とも良好な関係らしく、えらく懐かれている。
そして優しい。
両親とはどうも距離があるようだが、あのご両親ならさもありなん。
………完璧すぎる、高嶺の花か?
そんな彼女の婚約者に選ばれたことが誇らしくて仕方がない。
彼女を大切に、大切にする。
手紙も贈り物もたくさん出すし、逐一デートに誘う。
デートも毎回すごく楽しい。
そうして信頼関係を築いて六年。
貴族学園での生活が始まった。
なんか知らないご令嬢から付き纏われたが、早々に断りを入れて婚約者を愛でる。
ああ、君がいてくれるだけで俺は幸せだ。