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開かれた扉のほうを集められた人々は全員が見る。政府の役人らしき人と自衛隊の制服を着た屈強な男たちがぞろぞろと入ってきていた。
屈強な男たちがそれぞれが会議室の四方八方に位置取り、政府の役人らしき人たちは前方壇上の左右に陣取った。最後に一番偉いと思わしきスーツの男が入ってきて、会議室の檀上に立った。
「申し訳ありません。全員着席をお願いします。」
会議室全体にするりと響き渡りその声に、集まった面々は着席を強制させられる。屈強な男たちににらまれてはさすがに権威のある人たちでも座らざるを得ない。祐一も人探しをするために立っていたことを思い出して、仕方なしにすぐに座りなおす。その時、壇上に立っていた男から視線を向けられた気がした。
前方と背後すべての扉が閉められる。携帯の無線も繋がらなくなっていた。完全に外界から閉ざされてしまった。今更逃げることなどできなくさせているかのように。
役人の男は手元のPCをいじりスクリーンを起動させる。スクリーンにはある資料の先頭ページが映し出された。そこには、WWSに関する題名が書いてあった。
男がひとつ咳払いをする。
「さて、私は越ケ谷小太郎と申します。WWS安全保障局の長を務めております。さきほど部下のものたちから聞いた限り、今回招聘していただいた方全員集まってくれたようですね。まずは感謝を。」
役人が数秒頭を下げる。そして、頭を上げたタイミングを見計らって誰かが声を上げる。
「まったく。忙しい身でありながら、政府の要請ということで仕方なく来てやったんだ。大したことでなかったら帰らせてもらうからな。」
「そうですよ。日本が誇るWWS研究の第一人者たちの時間をこんなところで消費させているだけの価値は見せて欲しいものですね。」
彼らの言葉はごもっともだった。常に情報が更新され続けるWWSの世界で、時代の流れに置いていかれないよう必死に仕事をしている彼らの時間は貴重なのだろう。その人たちをこれだけ集める必要があるという事態。いったいどれほどのものだというのか。
「ええ、あなた方の意見は尊重致します。我々としても、あなた方には自分の分野で働いてもらいたいと考えていますので。」
「どういうことだ?」
「諸君、あなた方をここに集めさせていただいたのは、それぞれ最も得意とするものを活用していただきたいからです。」
「改めてスクリーンを見ていただきたい。今回の主題はWWSの大改革プロジェクトになります。WWSが登場してからはや5年。法整備に倫理学習も全く追い付いていないWWSに、ここで一度手を入れるべきだと我々は考えました。一人の天才しか扱えないものから誰もが扱えるものに。そのための第一歩をあなた方にやってもらいたいのです。」
スクリーンが切り替わる。次のページからはWWSが現在直面している問題がつらずらと書かれていた。プログラムが理解できない。構造が理解できない。機能が理解できない。理解できないものに対する当たり前の問題から、果てには和泉京華の話している言葉が理解できないことも挙がっていた。
「皆々が内心思っていることかもしれませんが、日本のWWS研究は彼女一人が支えていると言っていいでしょう。・・・はっきり言ってしまうと、彼女以外はその零れ落ちた産物を享受しているだけにすぎません。」
「「「・・・。」」」
役人の言葉に会場にいる面々は言葉にならない怒りをにじませていることが感じられた。隣にいる未来さんですらそうだ。
「そこで、今回の計画になります。」
さらにスクリーンのスライドが進む。先ほどまでの文章主体から図・表主体の仮の体制図・日程表・未来予想が表示される。
そして、これから僕たちにおこなってもらおうとしているプロジェクトの詳細を説明していく。各分野の専門家が国立科学研究所でおこなわれているWWSに関する業務に携わり、技術を吸収、直接WWSの改良・改善を行っていくものだった。
「今回皆様が一番気にされているだろう件についても触れておきます。・・・皆様が国立科学研究所に滞在されている間、プロジェクトの進行を妨げる行為・国益に反する行為をする以外自由に過ごしてもらって構わないです。さすがに、重要機密区画には許可が必要ですがね。」
それは暗に、集められた科学者たちは国立科学研究所で扱っているすべての研究資料の閲覧、設備の利用許可がおり、そこで得た知見に限ればプロジェクトが終えた後でも使用して構わないということだった。
集められた科学者たちにとっては夢のような提案の連続、誰もが固唾をのんでいた。祐一も同じ気持ちだった。国立科学研究所で働くことができるのであれば、彼女に会うことができるのではないかと淡い期待を持っていた。
そう、和泉京華。
WWSの開発者にして、今もなお、この国立科学研究所で新発明を生み出している女王。彼女がいるにもかかわらず、保安強化、セキュリティシステムの解析、WWS関連の不具合・事件調査と、国防に関する部分までここにいる者たちに任せようとしている。祐一はそこに違和感を持つ。
「(自分で作ったものの安全を他人に任せるようなことはしなかったはず。僕にすら簡単に触らせてもらえなかったんだから。)」
「(その彼女は、まだここには来ていない。)」
説明が始まって三十分ほどたったが、扉から新たに現れるものはいなかった。疑惑が確信に変わりつつあることを祐一自身は怖いと感じていた。
「説明は以上になります。我々は諸君に期待しています。必ずや我が国のWWS事業を飛躍的に発展させてくれると信じていることを。」
政府の役人の説明が終わったときには、多くの科学者が好意的な視線を送っていた。それとは別で、初めから疑ってかかっていたものは、より疑念を抱かざるを得なかった。
前方にいた一人の科学者が手を挙げる。質問を受け付ける前からの挙手にも関わらず、気にすることなく政府の男は指名した。
「いやー、実に素晴らしい提案ですよ。我々にとっても、あなた方にとってもウィンウィンの関係です。」
「好意的な意見、ありがとうございます。」
「それだけに解せない。あなたたちのやろうとしていることは、まるで第二のWWSを作ろうとしているかのようだ。」
他の参加者の顔が狐につままれたように移り変わる。先ほどまでの感触はどこへ行ったのか、一気に会場に緊張が走った。
「WWSを作る、ほかでもない我々が・・・」
「それはそれで夢がある。あるにはあるが・・・」
「彼女はどうなんだね? WWSの生みの親は。」
全ての視線が政府の役人に向く。挙手していた人が言葉を続ける。
「和泉京華先生はなぜここに呼ばれていない。この計画は彼女の許可ありきで進められているのかね?」
役人は、一分二分と長い沈黙を経てから、重々しく口を開く。
「彼女はここにはいないです。当然、彼女の許可も取っていないです。」
「・・・どういうことだ?」
「君たちにいつ伝えるべきか迷っていました。伝えれば最後、君たちはしばらくここから出ることはできなくなるでしょうから。」
「・・・おいおい、これはヤバくないか。すまんが、もう聞きたくない。さっさと帰らせてもらうぞ。」
誰かが突然席を立つ。一直線に扉へと向かおうとしたところを、周囲を囲んでいた自衛隊の制服たちが横からがっちりと拘束した。
「離せー。私はまだ自由でいたいのだー。」
遠目に拘束され暴れる人を見ながら未来さんが耳打ちしてきた。
「このための配置だったわけね。最初から逃がすつもりはなかったのね。」
「そうですね。ここに来た時点でもう選択肢はない。僕たちは協力せざるを得ない状況だった。でも、誘拐同然のことまでするなんて、どれだけ時間がないのかと気になります。」
「和泉京華の行方不明。それだけではないということね。」
「っ、そうですね。。。」
祐一は未来さんの言葉に言いようのない不安を覚えた。それでも、役人の口からその事実が発せられるまでは信じたくなかった。祐一たちの周りだけでなく会場全体がざわめき始めたことを無視し役人は言葉を続ける。
「ここにいる皆さんには知っておいてもらいたいのです。・・・今世界は危機に瀕していることを。」
「「「・・・!!」」」
「我々はこのことを知ったのはつい二日前。一日で招集メンバを決め、本日部下を各地に派遣してあなた方を呼びました。それほどまで急を要せねばならない事態です。」
「我々だけで解決を図りたかったですが、すぐに無理だと悟りました。なのであなた方の力が必要なのです。」
役人は言葉を区切った。先ほどと同じく言葉を選ぶ。それを本当に伝えてしまってもよいのかと自問するかのようだった。そして意を決して言葉を紡ぐ。それが世界を揺るがす大事件だろうとも。
「和泉京華はテロリストに拉致されました。」
「彼らの目的は不明ながら、WWSのすべてを奪われたといっても過言ではありません。今、この場所は、WWSという世界を支配することができるシステムを賭けた戦場のただなかにあります。」
「はあああっ!?」
「なんだと!!」
視界がぼやける。頭の中が真っ白になる。後半の言葉の何一つとして祐一の耳には入らなかった。
拉致された。・・・まただ。自分の手が届きそうなときに、離れていってしまう。世界が僕と彼女を引き離しにかかる。
遠い場所で怒号と悲鳴・言葉にならない驚きが混ざり合っていた。中には警備している軍人に取り押さえられている人もいる。
それらを遠い景色のように思いながら、祐一は自己嫌悪のループに陥ってしまった。
会場が落ち着いたころ、
続いて、各部署への配属が発表される。専門分野に見合った部署へとそれぞれ配属される中、祐一の心は、ここにあらずだった。
「・・・伊予島祐一君。」
「はっ、・・・未来さん。」
「名前呼ばれているよ。君が最後とは思ってなかったけど。私はWWSの基幹システム開発だったよ。」
「そうですか。すみません、ありがとうございます。・・・行ってきます。」
周囲の視線がただ一人に注がれる。先ほど役人に向けられていたすべての目が、今は一人の少年へと向けられる。その視線は祐一にはもうどうでも良いことだった。振り向くことせず役人の前まで足を進めた。
役人からの第一声は、謝罪とねぎらいの言葉だった。
「本当に申し訳ない。君が来てくれて本当に助かります。研究所の職員達に代わり感謝いたします。」
「・・・。」
「言いたいことは分かる。だが、ひとまずそれを飲み込んでほしい。・・・君はどこに行きたい?」
「・・・どこでも良いんですか?」
「ああ、君ならどこでもやっていけるはずさ。ほかでもない和泉特別顧問が望んでいたことだからね。」
祐一は役人の言葉が引っ掛かった。だれが望んでいたと。ほかでもない彼女が望んでいたと。その言葉の真偽は問いただしたくなった。
「それは本当ですか? ・・・僕はもう必要ないのではないかと思ってましたよ。」
「っ、そうではないのだがね。ああ、すまない。詳しい事情は言えないのだ。」
「・・・。 彼女を助けるために一番良い方法は何ですか?」
祐一の提案に、役人は少し驚きつつも、周囲を気にしながら耳打ちしてくる。
「警備・セキュリティあたりだろう。ここだけの話今回の件、内通者がいてもおかしくないだろう。そこから彼女を連れ去った組織、連れ去られた場所を探れる可能性が高い。」
それだけを告げて、顔を戻す。これ以上は答えないということだろう。
「セキュリティ関連の部署でお願いします。」
「分かった、手配しよう。配下の職員にもよく伝えておく。」
「「「っ!?」」」
「ありがとうございます。それと、各部署も横断的に参加しておきたいです。どこも、基礎部分は知っていますから。何か力になれると思います。」
「彼女が渇望していた君のことだ。ブラックボックスと化している基礎部分をぜひとも解き明かしてほしい。」
「茶番は良いです。そのために僕を呼んだんじゃないんですか?」
「そうだね。・・・君はまだ若い。なんの権威もない人間のいうことをここの職員も会場にいる彼らも簡単に話を聞いてくれないだろう。よかろう、君だけの役職を用意しておこう。それがあればうちの研究員たちも学生である君の言うこと聞いてくれるはずさ。」
「ありがとうございます。」
「望みがあれば今のうちに聞いておくよ。君の目的は、この場所ではないことは知っている。」
「今更すぎて勝手が過ぎますよ。もう五年です。」
「ああ、そうだね。君には本当に申し訳ないことをした。」
役人は本当に申し訳なさそうに頭を一度下げた。最初に挨拶をした時と違い、はっきりと九十度の角度だ。
「僕の願いはただ一つ、彼女を無事に連れ戻すことです。」
「分かった。・・・言うまでもないが、日本政府としても全力を上げて支援をする。我々にとっても彼女は欠かせない存在だからね。」
「その言葉信じますよ。」
それだけ告げて席に戻る。明らかの特別扱いの少年を周囲は訝しげに見ていたが、周囲の目線はもう気にしてなかった。もう覚悟を決めるしかなかった。彼女を助けるための覚悟を。
だからだろうか、封印していた記憶がいくつも蘇ってくる。この頃夢の中でしか見ることができなかった和泉京華との思い出を。初めて出会った日のことを思い出していた。
あれは、今日と同じくらい暑い夏の日だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ストック尽きたので、しばらく不定期更新になります。