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思い思いに学生達が解散する中、祐一は大介と一緒に自分たちが所属する研究室へと足を運んでいた。歩きすがら手元のスマホで直近のニュースを見る。新資源の発見や音楽業界に巻き起こりつつある完全AIによる歌唱の実現。WWSによる革新は留まることは知らない。
一方でWWSによる犯罪も目に付くようになってきた。WWSを構築しているう領域に不正アクセスして他人の情報を横取りしていただの、会社に設置してある中継器を直接破壊して業務を妨害したりと。
WWSに集約することへの弊害はでてきているものの、WWS本体に対しては世界中のどこも侵入することが出来ていないため問題視されなかった。むしろ、できるものならやってみて欲しいと注目されるぐらいだった。
3D化したニュース達を閉じながら、今日のゼミの内容について友人のことが気がかりとなったので確認してみる。
「今日は中間発表の日だが、大介はちゃんとやってきたか?」
「あー、いや。そこそこサボってた。」
「まったく。就活終わったからと言って遊びすぎじゃない?」
「いいじゃないか。残り少ない学生生活を謳歌したって。そういう祐一はどうなんだよ、卒論。」
「分かってて聞くの? 完璧だよ。」
「うへー。・・・書き方教えてください、頼みます!!」
「あとでなら良いよ。」
「まじで助かる。」
他愛のない会話をしながら研究室を目指す。研究室のある場所は科学史の講義が行われた棟の三つ上、屋上を除けば最上階だった。暗黙的に序列があり、高ければ偉いと噂されるその場所は、現代科学の最先端を垣間見ることができるとされている。
今日は卒論の経過報告の日のため、講義がなくとも大学には来て図書館でWWSに関する書籍を漁っていただろう。
WWSに関する新情報は毎日のように更新されていく。それは紙もネットも同じだった。一を知れば百を知ることができるという名言の通り、WWSは常に時代の最先端を走っている。それを見ながらああでもないこうでもないを頭の中で反芻し、最後にすべて片隅においやる。無駄な情報として処理するかのように。
そんな風に時間をつぶしてから研究室に向かっていただろう。
すでに祐一は卒論を書き終えているので、研究室でやることは発表の練習と内容の最終チェックぐらいだけになっていた。そのため大学に頻繁に通う必要はなくなっていたが、自宅より環境の整っている大学の方が作業が捗るので頻繁に通っていた。いまではもう研究室までの道のりに迷うことはない。
二人そろって研究室に入ると、すでに何人ものゼミ生が思い思いに集まっていた。軽くあいさつをして、二人も準備を進める。十数分もしないうちに教授もやってきたので、そのまま研究室で各々が発表を始めた。
ゼミの参加者は三・四年生合わせて14人。今日は四年生の卒論発表会を模しての開催だった。まだまだ準備の足りないものがいる中、祐一はすでに卒論を書き終えているため本番を見据えた形式で発表を行い、指摘を受けたらそれをメモして修正するだけとなっていた。
「以上で「WWS基幹構造の解析と活用方法の模索」についての発表を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。」
祐一の発表は滞りなく終わった。
発表内容はすべて頭の中に入っている。調査した結果も聞き手に伝わりやすいよう図と表をWWSを駆使して表示したり・入れ替えたりする。
三年生のゼミ生たちはすでに聞きなれた内容かつ完成したものに飽き飽きしており追加の指摘なんてものはでようもなかった。むしろ、合間合間にやっていたWWSを使ってのパフォーマンスの方が気になっていた。
四年生はというと、祐一を指摘できるようなレベルで論文を作っている者などいなく、最後に教授から一言二言もらうだけで講評は終わった。
「伊予島くん、君の発表はすでに完成しておる。あとはどれだけ完成度を高められるかと、ほかの研究者に先取りされないことを祈るぐらいかの。」
「ありがとうございます、先生。業界の動向については把握するよう気を付けてはいます。」
「うむ。私の方も、ほかのものと被らないか気にかけておこう。」
祐一に変わって次は大介が前に進み出た。大介の発表はお世辞にもよろしくなかった。WWSによる物流の改革をテーマに発表していたが、まだまだ内容が粗く質問攻めにもあって祐一の三倍の時間がかかっていた。
他のゼミ生もWWSに関する発表を二人がするとのことで、どんなものかと内容を聞いてみたが、WWS以外のテーマを扱うことが難しいのが今の時代ということを表していてなんとも言えない気持ちになった。
なんでも「WWSでできるんじゃないのか」と言われてしまう。そんな疑問が世間でまかり通っている。
二人の内容はそれぞれ自然環境、生物環境を取り巻く問題に対してWWSを活用して解決できないかをアプローチするものだった。
もともと科学的な分野での研究が盛んなその2つは蓄えられたデータをWWSに読み込ませれば、詳細な分析・推測ができるようになるだろう。
二人はそれを地域ごとに調査して、それぞれの地域に合った対策をできないかを発表していた。
「(僕も昔やっていたから分かるよ。便利だからね、そのやり方。でもそれは論文としてはよろしくないんだよね。)」
「発表ありがとう。内容は悪くないよ。だがそれはWWSを一ツールとして使っているだけにすぎない。別にWWSがなくてもできるだろう。」
「それは・・・」
「WWSの本質はモデルの構築・再現にあると私は考えている。それを使ってどうこうするまで考えるのは私たちの役目ではない。ゆえに、論文の形は、調査・分析をするところに重きを置いた方が良いのではないかね?例えば、今までの結果を踏まえて今後何もしなければどう推移していくとかね。」
「はい。考えてみます。」
逆に言えば、その反論をしっかりできれば「WWSを使う理由」を証明できたとして高く評価されるだろうが、それが難しい。
「(僕なら・・・仮想の自然環境を作って、そこに仮想の動物を放つ。データは膨大にあるのだから可能だろう。そして、世界中のあらゆる気候・生態系・体質をインプットしてそれぞれが最適な状態となるまで繰り返す。その結果をリアルに反映するためにはどうすれば良いか。そこまで考えられるか。)」
二人の発表者はそれぞれ項垂れつつ、席に戻っていった。たった五年で当たり前のものとなったWWS。理解する段階をすっ飛ばして慣れてしまった人間に、考えられるものだろうか。
「祐一君、すまないがどうしても詰まったのであれば君のほうからもヒントをお願いするよ。」
「はい、わかりました。」
「どうしても詰まったら教えてくれー。」
「頼りきりはいかんぞ。」
「はいー。」
その後、今日予定していた他数名の発表もすべて終わり、指摘が足りないものだけ残らされ、他のゼミ生は用もないので帰路につくことになる。
「ああ、伊予島くん。君とは別件で会話したいのですまないが残ってほしい。」
「そうなんです? わかりました。」
祐一はもう用がないはずだったが教授に呼び止められる。大介に先に行くよう促すが待っていると言われたので、納得して他のゼミ生が終わるまで待つことにした。
「藤森君、君も残るのだよ。」
大介は残らされる側だった。
「やっと終わったぜ。じゃあ、廊下の先の休憩スペースで待っているぜ。」
「ああ、すまない。」
別れの挨拶をしてから、教授の方へと向かう。友人はそそさくと退出する。
「最後まで残ってもらって悪いね。卒論は本当に問題ないんだがね。」
「いえ、大事な話のようですので、構わないです。」
「そうだね。これは前々から言おうか迷っていたのだが、さすがに放置できなくなってきたからね。」
二人分のお茶を入れて席につく。教授は待たせたお詫びをしてから本題に入る。
「・・・君の進路についてだ。すでに6月に入るのに、君はいまだに進路を決めていない。どこかの企業にいくということもなければ、公務員への試験勉強をしているとかも聞こえてこない。」
内容は祐一の進路についてだった。はっきりと進路を決めろと催促をしてきていた。
「君のことは高く評価している。このまま大学において手放したくないくらいだ。故に、君には無断で申し訳ないが本学の大学院への推薦もひそかに進めさせてもらっている。」
いまだに道を決めかねている祐一に対してWWSに未練があるのであれば大学院に進むことを打診してくる。目の前の教授の視線は本気だった。
「それは・・・ありがたいです。」
卒業の心配は皆無の祐一だが今だ進路が決まっていないことは周囲から訝しまれていた。就職活動をしているわけでもなく、かと言って国や役所に行くための勉強をしているわけでもない。
「君は、私のゼミに入る時、WWSの研究の総本山である国立科学研究所に行きたいと言っていたね。私もそこに行けるだけの才能はあると思っている。
ただ、諸外国との事情を鑑みて門戸を開くことをしなくなって数年、あそこは新人を採用することはなくなった。たとえ国内有数の大学の成績優秀者であってもね。
残念だが今もそうだ。・・・そこ以外でもWWSの研究をすることは可能だと思えるのだが、何か行くことのできない理由があるのだろうか。」
その質問は何度も聞かされた。友人に、先輩に、職員たちに。そのたびに答えは決まりきっていた。
「まあ、そうですね。WWSの知識を活かして何かを作りたいという気持ちはずっと持ち続けています。ただ、それとはまったく別のところの問題なんです。自身でもわかってはいるのですが、なかなか踏ん切りがつかないままで。」
そんな中途半端な状態であることを祐一自身も危惧していた。将来の道を定める事を、過去のある後悔からいまだに踏み切れていなかった。今の成績と実績であれば、たいていのところでやっていけるだろう。しかし、問題はそこにはない。
「(大学院に入ったところで、結局将来のどこかでWWSに関連する仕事に就くことになるだろう。その時、国立科学研究所に絶対行きたいというわけでもない。)」
行きたい気持ちと、行きたくない気持ちで揺れる。他の道からも国立科学研究所に行くことは遠回りだが可能だろう。それでも、
「(あそこには彼女がいる。・・・いまさら、どんな顔をして会えば良いのか。)」
「君は私のゼミ生であると同時に、私は君の指導員だ。なにか困ったことがあれば可能な限り相談してくれ。」
「はい。それはまあ、今までしてきています。ただ、今回の件は・・・やっぱり自分の中だけで決めたいもので。」
「・・・そうかい。今回はあくまで君の現状に対する理解の確認だけだ。だが、今後も同じ答えのままではいけないことは理解しておいてくれ。」
「わかりました。」
教授からはまだ時間はあるとして、しっかり考えておきなさいと言われ、一旦保留としてもらった。
その後も他愛ない話が続いた。教授の研究のお手伝いの内容の詰めや、夏休みにあるオープンキャンパスに出す企画の提案など、ほぼほぼ卒論を終わらせている祐一が主導している内容を中心に半刻ほど会話してから研究室を後にする。
「よう。早かったな。」
待っていた大介と合流し、帰路につく。二人とも一人暮らしで大学からそう遠くないところで暮らしている。途中までは道がおなじなので自然と一緒に帰る事になっていた。友人の方から話を切り出す。当然教授との会話も予想済みだった。
「進路のことか? お前、まだ決めてないものな。」
「わかる? 自分でも決めなきゃと思っているんだけど、なかなかね。」
「別にWWSにこだわらなくてもお前だったら良いところいけるけどさ、もったいなくね。」
「もったいない?」
「そうだよ。この大学でWWSに関してお前の右出るものはないだろ。」
「そうかな? さすがにそれは自分でもうぬぼれだと思うよ。」
「いいや、俺が断言する!! 色々付き合ってきたがお前が一番だぜ。なにより一昨年の文化祭。あん時、WWSの親機が壊れてメインステージの出し物が出来なくなるって時に、お前だけが動けたじゃん。」
「ああ・・・あの時ね。・・・あれはたまたま運が良かっただけだよ。」
一昨年の文化祭は一般向けに世に出回り始めたWWSを本格的に使ったショーをメインイベントに据えていた。最新のものだけあって、念入りに調整は行われ、本番前のリハーサルに本番中の別の出し物の時は問題なかった。それなのに肝心のメインのステージショーの途中で使用していたWWS端末が故障してしまう事件があった。
大学の教授たちや職員は理工系で揃っていても当時はまだWWSの研究は始まったばかり。ブラックボックスであるWWSをどうすることもできず、専門の技術者を呼んでも来るころには文化祭は終わっているという状況の中、祐一が名乗り出て、WWSの端末を解析・修理して見せた件だ。
「君、このシステムを、WWSを理解できるのか?」
「基礎設計なら。一般に出回っているものは政府の管理しているものより廉価版です。つまり、解析されても困らないレベルです。」
装置に手を付け始めてから、会話している間も手は止まらない。
「基本はそうそう変わるものではないと思っています。なので、自分が知っている範囲で修理はできると思います。」
教授の一人は明らかに難色を示す。
「それでもソフト・ハード両方駄目になっているんだよ。見た感じは。専門の技術者でも簡単に治すのは難しい。本当に大丈夫なのかね?」
祐一に話しかけている先生は、祐一が情報系の学科の人間というのを知っている。だからこそ、どちらもあってのWWSの貴重な設備を壊さないか心配をしている。
「大丈夫です。WWSはソフト・ハード揃ってひとつ、僕にとってそれは当たり前のことですから。任せてください。」
会話をする間も手を止めずPCとにらめっこし、原因を見つけるたび修正をし、ハード側のせいでシステムが動かないなら、時には工具を駆使し修理を進め、30分と経たずに、WWSのシステムを復旧させた。
「・・・驚いた。こんなに早く終わらせるなんて。」
「君っ、是非とも私のところに来てくれないかっ!!」
「いや、私の方が先に目を付けていたんだ。」
「まあまあ。あっ、復旧終わったのでステージ再開しても大丈夫です。」
「ありがとうございます~!! この恩は忘れません。・・・みんな、お待たせ~!!」
メインステージの余興もそろそろ持たなくなってきたところの復旧報告に会場は大盛り上がり。文化祭は盛況のうちに幕を閉じた。
この件以来、大学内で祐一は有名となり教授たちの間でもひそかな取り合いが始まった。結果は今の教授のゼミにいるのが証拠だが。
また文化祭での出来事はいまだに話題が尽きず、あの時のことが原因でWWSの研究者で普通に優秀だったことで脚光をあび、女性たちからも熱い視線を送られるようになったが本人は気づいていない。モテるのに意に介さないのは、友人には突っかかるようだ。
その文化祭の一件がなかったとしても、もともとWWS関係をやりたいと志望して大学に来た人間が、WWS関連の職に就かないというのもおかしな話だった。
今にして思えば少し恥ずかしい過去を掘り出されながらもあいまいにはぐらかし、二人そろって構内の正門を出ようとしたところ、二人の前に影が現れる。
夕刻に差し掛かり夕陽に照らされながらも駆け寄るその色ははっきりと分かってきた。他の学生とかでは全くない。ずっと待ち構えていたのか黒塗りの車からこれまた黒服がぞろぞろと降りてきたのだ。
その一団は一直線に祐一たちのもとへ来ると周囲を囲む。明らかに威圧的な行動に二人は緊張する。黒服たちの中から一人、代表で出てくる。
「伊予島祐一さんですね。」
「・・・そうですが、あなたたちは?」
「申し遅れてすみません。私はこういうものです。正式な所属は明かせないのですが、ただ、政府の者とだけ。」
名刺を差し出される。そこには聞いたことのない部署が書かれていた。「WWS安全保障局職員」と。肩書と名前だけが書かれていたそれの、最初の文字を見た瞬間、祐一は先ほどまで考えていた漠然とした将来とか過去の思い出で占めていた頭がはっきりする。
「・・・なるほど。理由は分からないですが、これは連行みたいなものですか。」
黒服たちは意表を突かれたように顔を見合わせる。その答えを予想してなかったようだ。
「そう捉えてもらっても構いません。すみませんが、一緒に来ていただけますか?」
「・・・構わないですよ。」
「ちょっとちょっと、突然なんですか。あんたたちは。政府の人間とか言ってめちゃくちゃ怪しいじゃないですか。それに突然連れていくってなんでですか!?」
「祐一も祐一だぞ。何勝手に納得しているんだよ。」
祐一と黒服が簡潔なやり取りで連れ去られることに納得しかけているのに驚きつつ、大介は友人が連れ去られるのを黙って見過ごせない情に厚い男だと知っているからか、こうなることは薄々予測できた。
「申し訳ないですが、部外者に理由は明かせないです。ただ、事態は急を要するので。。。」
「だからって、勝手すぎですよ。祐一、ここはまだ大学の敷地内だ。上を通さないとだめなんだから、ここにいろ。」
「くっ、それでは間に合わないのです。一日すら惜しいというのに。」
「だから駄目だって。」
「かくなる上は・・・」
黒服と友人が一色即発な状況になる。周囲で遠巻きで見ていた通行人も、さすがに異常を察したのか、職員に連絡をとろうとする者もあらわれる。そんななか祐一の頭は冷静のままだった。人間思いがけないチャンスを目の前にすると逆に落ち着くとはよく言ったものだ。
「大介、大丈夫だよ。彼らはちゃんと政府の人間だよ。」
「なっ、何を言うんだよ。」
取っ組み合いになりそうな寸前の二人が止まる。周囲の黒服も一歩下がる。
「僕のことを知っているから。・・・いまさら過ぎますけどね。」
「・・・」
「わかってますよ。あなたたちにそれを答えられないことも。・・・僕が必要なのでしょう。だから、連れて行ってください。」
「祐一、お前・・・」
「大丈夫。連絡取れるようになったらすぐに連絡するから。教授にもそう伝えておいてほしい。」
「ご協力感謝します。さあ。」
「ゆういt・・・」
黒服に連れられて車に乗り込む。座るなり、両隣から黒服が入ってきて脇を囲まれる。全員が着席するや否や急発進し大学を後にしていた。あっという間に置き去りにされた背後では友人の叫びが音もなくむなしく木霊する。