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フォースサマー  作者: 青空の吟遊詩人
一部 再開
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 8月のある日の午後。太陽は天高く燦燦と輝き、日本全国晴れ模様。

 夏が永遠と続くのではないかと錯覚するような暑さは都会から離れたとある半島も例に漏れなかった。

 海沿い特有の植物が今が全盛期と言わんばかりに生い茂り、岩場の上では餌を求めて多くの海鳥達が鳴いている。


 青い海と翠緑の植物に囲まれたその半島の中、ぽっかりと穴が開いたかのような場所に一軒の邸宅が建っていた。


 邸宅の二階の窓からは、木々の絨毯の先に穏やかに凪いでいる海が、さらに遠くには汽船が静かに進んでいる様子が見て取れる。それに反して森の中からはひっきりなしに獣が鳥が飛び出し、ここが静かになることはない。


 邸宅の周りは、木々の侵食を遮るかのように柵が張り巡らされ、柵の内側に手入れが行き届いていない庭園があった。ところどころ荒れているが、一部は今も手入れされており美しさを保っている。


 邸宅の高さは二階分までしかないが、横幅は数十メートルもあり、端はL字型で内庭を囲うように四角形の海外でその昔主流だった構造だった。


 その一室で、少年が心地よさそうに寝息を立てている。少年の目の前には英語で書いてある書きかけの資料が置いてあった。部屋の中のあらゆるところには紙の束が積み重なり、一般の人がみたら何に使うのか見当もつかない道具も散乱している。ここは少年の部屋だが、歳ににつかわしくない規模の研究室だった。


 部屋の中には、窓から差し込む夏の陽光が燦燦ときらめていた。夏の暑さに煩わしさを感じつつも、同時に涼しい潮風が心地よく吹き抜けて、室内にも風の潮の香りと涼しさを運んでいる。風にさらわれて何枚か散らばっている書類が舞っていた。


 8月の暑さも、海風と自然の声に包まれることで、心地よい時間に変わっていた。 海辺に建てられた家は、自然の静寂と環境音の調和が、研究における新たなる発見と平穏な思考をもたらすのに最適である。しかし、世のほとんどの研究者は騒音と片付けてそれを否定するだろう。

 少年にとってはそんなことは理解できないからこそ、ここにいるのだ。


 ふと、少年の前に影が落ちる。


「・・・祐一、起きて。まだ十五時よ。」


 何者かに身体をゆすられる。気持ちよさそうに寝ていたところに不意の衝撃で気怠げながらも反応する。


「・・・、うーん。」


 深い眠りから覚醒する。眠りまなこをこすって目を開ける。朧気だった視界が鮮明なると、目の前に少女が立っていた。


「京華か、おはよう。」


 目の前の少女に挨拶をするついでに机に立てかけてある時計の針を見る。小さい方の針は確かに右を指していた。


「あれっ、もう十五時だっけ。」


 少女は黒い長髪をたなびかせてこちらを見下ろしてくる。その顔は逆光で良く見えない。


「おはよう。もうっ、寝ぼけてるわね。昨日夜遅くまでやっていたのが原因かしら・・・。」


 事実、昨日は夜遅くまで研究に付き合わされていた。ある端末から別端末に仮想空間を通じて3D映像を繋げられる通信装置が出来たとかで、その勢いのまま実験に付き合わされてた。もちろん断ることは目の前の少女が許さない。


「ごめん。それもあるけど、この陽気にあてられてつい寝てしまった。」


 祐一は先ほどまで考えていたことを思い出す。

 昨夜の実験が終わって眠りについた後、目覚めの勢いで内部のパスを改良すればもっと効率よくなることを発見してから、その設計をしていたはずだった。目を机の上の設計図に向けようとしたが、顔に当てられた手によって少女の方へと強引に顔を向けさせられた。


「怒りはしないけど、しっかりしてね。あなたといる時間は有限なんだから。・・・それで、何か思いついた?」


「それ怒ってるよね。」


「ん? 何か言った?」


 こそっとつぶやいた一言は、目の前の少女の笑顔の前に虚空へと消える。


「・・・いいえ、なんでも。思いついたと言えば思いついたけど。ここの設計について・・・」


 目の前の少女との二人きりの夏休み。世界を変える発明を二人で作っていたあの頃、今は遠い過去。


 毎日朝起きて、食事をしたら実験。お昼を食べてまた実験。夜は食べないで実験を続けることもあった。彼女と会えるのは夏休み中の二か月間のみ。それ以外は設計と実験の準備を通話でやり取りしていた。


 直接会える時間はほかの何にも代えがたい時間だった。自分のやりたいことができていた。彼女の手伝いができることが嬉しかった。彼女のことをもっと知ることができた。


「どうしたの、祐一? 上の空になっていたわよ。」


「ああ、ごめん。なんだか今の時間がとても楽しくて・・・。いつまでも続けばいいなってね。ちょっと思ってしまった。」


「・・・馬鹿ね。あなたを私が手放すと思っているの? 私の野望が果たされるまでずっとつきあってもらうわよ。」


「はははっ、そうだよね。 僕もいつまでも続くと良いと思っている。」


「変な祐一。それよりも、この後も実験に付き合ってもらうわよ。嫌とは言わせないわよ、寝てたんだからね。」


「わかった、すぐに支度していくよ。」


 周囲のものをかき集めて、軽く支度をしたら二人して部屋を出ていく。しかし、祐一の意識はそれを見送ることしかできなかった。

 いつの間にか世界が白くなっていた。背後から白紙の世界が塗りつぶしに来ていたのだ。


 今見ているものがただの夢だと自覚してしまったからこそ二度目の意識の覚醒。まだ半覚醒状態だからこそ幽体離脱しているような感覚で、目の前の光景を見ている。


 祐一にとって目の前の光景を見たのは一度だけではない。この数年間、何度も見た光景の一つになっていた。


 あの時ほどの幸せを超えるような現実はまだどこにも来ていない。いつまでも夢の中に居られたらどれだけ良いのだろう。夢に見るのはいつも決まって高校1年生までの夏。そこから先の、夢の続きを見ることは一度もなかった。




 暗闇の中から光が差し込んでくる。目を開けるとそこは大学の講義室の一角だった。スマホの時計を見る。夢の中と同じ十五時。これから四限目が始まろうとしていた。次の講義は現代の科学史。知らない人はいないであろうあの技術が今回のメインテーマだった。だからだろうか、昼間から昔の夢を見てしまったのだろう。


「よっ、お寝坊さん。」


「うん? ああ、大介か。」


「意識ははっきりしているみたいだな。いやー普段居眠りなんてしないお前が寝ているなんて。この教室に来たら眠っていたもんだから驚いたよ。」


「三限の講義はないからね。早めにきていたんだが。そうか寝ていたか。」


「おいおい、しっかりしてくれよ。四年生にもなって講義を落としたくないだろう。」


「昨日は論文の推敲で遅くまで作業していたからね。今はばっちり起きているから大丈夫。」


「そりゃ、良かった。次の講義は前々から楽しみにしていた例の技術の登場回だろう。俺も楽しみだよ。」


どうやら目の前の友人も次の講義が楽しみなようだ。


 藤森大介。大学に入学して以来ずっと付き合っている友人。天然パーマの髪型にオタク気質の服装をしているのに性格は祐一と違いアグレッシブ。誰とでも付き合える人間だが、こと祐一とはすごく波長が合った。


 この大学で僕がまともに過ごせているのは大介のおかげでもある。


 ふと、周りを見渡す。心なしかいつもより人が多い。この回を聞くためだけに、講義を取っていない学生も聞きに来ていそうだ。見知らぬ人が多いのでおおかた後輩だろう。


「しかし、なんで四年生のこの時期なんだ? 今や世間で知らぬものはいないってのに、いまだにちゃんと学べる講義が少ないんだよな。」


 大介が言っているのは、四年時の第一四半期である四月から六月にいまさら科学史の講義をやっていることを言っている。


「・・・まだ五年だよ。僕達がここに入る一年前に世に出て、今も多くの未知を残している技術をおいそれと扱うことなんてしないだろう。テーマ自由でそれを選んだ人たちの悲惨な末路を見てきたでしょ。」


 手元のスマホアプリを適当に開くと、3Dのモデルが飛び出し様々なポーズをとってくる。


 周りの学生たちも思い思い、手元にある機器から何らかの3D映像を表示して暇をつぶしていた。それはゲーム・テレビ・SNSに限らず、実験や学習目的にも使っていた。


「この技術を使うことはできても、それを解明することはすごく難しいんだから。」


「お前がそれを言うのかよ・・・。」


「僕は・・・いいんだよ。」


 その時講義のチャイムが鳴る。大介は仕方ないと自然と話を切り上げることになった。大介はまだ言いたいことがありそうだったが飲み込む。


「大人しく聞きますか。」


「だね。」


 一人の男が教室に入ってくる。理工系の大学なだけあって、情報工学の専門分野で活躍する人ばかりが教授となっている。

 この講義の担当は特に歴史分野の知識を買われて、「現代の科学史」の講義を受け持っていた。

そして、今回のテーマ回では毎回念入りに事前準備をしてきているそうだ。


 教授は教室にはいるやいなや、すぐに教室内の参加者を見回して、小言をつぶやく。


「全く、この回の講義だけ毎回人が多いもんだ。それまでの歴史を知らなければついていけないというのに。」


学生も気に障ったのか一角からやじが飛ぶ。


「先生、学生は学ぶのが本分ですー。それに、今回扱うテーマは既存の枠を超えているのだから関係ないんじゃないですか?」


「それを紐解くために今までこの講義をやっているんだ。・・・もういい、早速始めるぞ。」


 教授が手元のリモコンを操作する。カーテンが閉め切られ部屋の中は真っ暗になっていく。

もう一度操作すると、教壇全面にスクリーンが展開される。文書・画像・映像・図形。情報を表すあらゆる媒体が教室の前面に広がっていった。


「諸君らは、世界が一瞬で変わる瞬間というものを知っているだろうか。」

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