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6.変化

 翌日はお父様とランチに行くことになった。

 一晩寝たら不思議と心は落ち着きを取り戻していた。ステファノやジェンナに会うまでにはまだ五年ある。対策を立てる猶予もある。とはいえ記憶は鮮明で恐怖心は消えていない。


 でも今はお父様とのおでかけを楽しむことを優先する。お気に入りの小花のワンピースを着て支度をした。時計を見て玄関へと向かう。すでにお父様は待っていた。本当におでかけが出来るんだと実感する。お父様はそっと私に手を差し出した。まるで淑女にするようなエスコートに頬が緩む。


「では行こうか」


「はい」


 馬車に乗り着いたのは、かなり古い建物のレストランだった。予約をしていてくれたようで個室に通される。室内はシンプルな内装で古びていても清潔で心地よい。テーブルには白いマーガレットの花が一輪飾られている。その可愛らしさに思わず笑みがこぼれる。席に着くとランチのコースが給仕される。


「ここにはよく来るのですか?」


「いや、久しぶりだ。ここはアレッシアにプロポーズをした場所だ。いつかロゼリアを連れてきたいと思っていたが、思い出が強くてなかなか来ることが出来なかった」


「まあ、お母様に結婚を申し込んだ場所なのね!」


 私がはしゃいで言うとお父様は懐かしそうに目を細め微笑んだ。


「ああ、この部屋でロゼリアの座っている所にお前のお母さんが座っていたんだ。人生で一番緊張した瞬間だった。私はアレッシアを失った悲しみに随分と長い間囚われていた。ロゼリアだって辛かったのに寂しい思いをさせて悪かった。私はアレッシアにロゼリアを守ると約束した。それを忘れていた訳ではないが疎かにしていたことにやっと気付けた。これからはロゼリアを大切にするよ」


「お父様……」


 申し訳なさそうな顔だった。でもその言葉は素直に嬉しかった。私のことも思ってくれていた。前回の自分にも教えてあげたい。

 気を取り直して食事を進める。料理に派手さはないが素朴で美味しかった。お父様とお母様の思い出を聞きながら幸せな時間を過ごした。そのあとはジュエリーショップに寄った。


「ロゼリアもすっかりレディだ。アクセサリーにしよう。もう縫いぐるみでは物足りないだろう?」


「お父様がくださるならどんなものだって宝物になるわ」


 縫いぐるみだって嬉しいに決まっている。


「そうか」


 嬉しそうに頬を緩めながらお父様はいくつものネックレスを店員に出すよう言っていた。


「ロゼリアは瞳と同じエメラルドが似合うな」


 キラキラしい宝石に尻込みしそうだ。私は領地のために薬草や経営の勉強ばかりをしていてお洒落に疎い。こんなに煌びやかなネックレスが私に似合うのかしらと不安になる。特に好みがなかったのでお父様の見立てに任せることにした。


「ええ。お嬢さまにとてもお似合いです」


 リップサービスだと分かっていても女性店員の言葉に背中を押され決めた。


「お父様、ありがとう。大切にします」


 包んでもらったジュエリーケースを胸に抱え私は満面の笑みでお礼を言った。お父様は優しく頷いた。生きて時間を戻れてよかった。このネックレスは私の宝物でお守りにしよう。

 

 死に戻っただけでなく思いがけずにお父様と一緒に過ごすことが出来た。この二度目の人生の好転の兆しのように感じた。


「ロゼリア。私に何かして欲しいこととかないか?」


「お父様。突然どうしたの?」


「いや、今まで一緒に過ごせなかった時間を取り戻そうと思ってな。それにアレッシアが夢でロゼリアが笑っているかと聞いてきたよ。私は答えられなかった……。情けない父親だ」


「お母様が夢に? ……。それならお食事は毎日一緒に摂りたいわ」


「それだけか?」


「ええ。駄目ですか?」


 調子に乗ってしまったかしら。一週間に一回くらいでお願いすればよかったかも。


「駄目ではない。今日からは一緒に摂ろう」


「わあ。嬉しい」


 それから急なお仕事が入らない限り食事は一緒に摂れることになった。ときにはお茶の時間も設けてくれている。一回目で経験した寂しさが消えていく。


 そういえばそろそろお父様が領地に行ってしまう頃だ。前回はお父様が領地に着いて入れ違いで、荷物が王都に運ばれてきた。王都に入ったところで荷が賊に襲われた。荷は無事だったけれど二人の護衛が亡くなり一人が大怪我を負った。大怪我したおにいさんの看病をしたのを覚えている。彼は領地の運搬責任者を庇ったのだ。責任者がすごく感謝していたが犠牲者を出してしまったことを悔やんでいた。今回も同じことが起こるのなら亡くなる人もいておにいさんも大怪我をしてしまう。何とか防ぐ方法はないか考えないと。護衛を増やして……でも襲われることを事前に知っている理由が説明できない。


「お父様。いつ頃領地に行くのですか?」


「ああ、そのことだが私はなるべく王都にいようと思う。それで正式にマカーリオを代理人にして領地のことを任せることにした。今までは躍起になって領地内の薬草に係わるすべてについて把握しようとしていたが、頼れる人間がいるのにいつまでもでしゃばっていてはいけないと考え直したよ。王都でもやるべきことは多くある。領地のことは信頼できる人間に任せて必要な時に行くことにしたよ」


 マカーリオおじさまはお父様の従弟で子爵家の三男だ。もちろん家は継げないので平民だ。彼は学生時代から薬草について研究熱心で、ぜひモンタニーニの領地で働きながら研究を進めたいと領地で働いている。実質お父様の右腕であり研究第一で変な野心もなく領民たちからも慕われている。領地に行くと私のことも娘のように可愛がってくれていた。


「いつのまに決めたのですか?」


「最近、ロゼリアと過ごすようになって考えを改めたのだよ。領地には今度一緒に行こう」


「はい!」


 お父様とずっと一緒に過ごせる! 最近は側にいられる時間が長かったから領地に行ってしまった後はすごく寂しくなると思っていた。


「私が行かないので予定を早めて今日、薬の荷が届くことになっている。夜までには着くだろう」


「えっ?」


 荷の到着が早まった?! すでに王都に向かっているのなら襲われるのは今日になるかもしれない。でも前回はもっとあとの日にちだったし、お父様が領地に行かないから未来が変わって賊に襲われないかも知れない。でも万が一襲われたら大変だ。


「お父様。それなら騎士に荷を迎えに行ってもらってはどうですか? いつも希少な薬が狙われているのでしょう? 用心したほうがいいと思います」


「ん? だが護衛は多めにつけているから心配はないだろう」


 確かに護衛は多い。それでも一回目は犠牲者が出たのだ。なんとか騎士を出す理由を探さないと。


「でも、あの……何だか悪い予感がするのです。お願いですから増援してください」


 理由は……思いつかなかったので強引に頼んだ。無事ならそれでいいが後悔はしたくない。


「大丈夫だと思うがロゼリアがそこまで言うのなら念のため騎士に様子を見に行かせるか……」


 お父様は私を安心させるように笑うとすぐに騎士に指示を出した。我が家の作っている薬は他国からも評判がいい。盗んで売ればかなりのお金になる。何事もなければそれでいい。彼らの無事を祈るしか出来ない自分の無力さが歯がゆかった。






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