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5.裏切りの侍女

 ジェンナが我が家で働くようになったのは、ステファノと会う二か月前からだった。

 私の専属侍女スザナが結婚すると言い出した。五歳年上のスザナはなかなかいい出会いがないから一生独身で私の侍女を生涯続けると言っていた。結婚するしないはともかく、ずっといてくれると勝手に思い込んでいた。


「スザナ。このまま侍女の仕事は続けられないのかしら?」


「申し訳ございません。彼の仕事で王都を離れることになってしまったのです。出来るならこのままお嬢様にお仕えして、いずれは乳母になりたかったです」


 私にとってもそれは素敵な未来だった。悲しそうに言われてしまうとこれ以上引き留められない。それにおめでたいことに水を差すようで我儘を言うのは申し訳なかった。私はスザナを姉のように思っていた。お父様にも言えないことをスザナになら相談できた。信頼できる人が側からいなくなってしまうことは悲しい。ずっと献身的に仕えてくれたスザナには誰よりも幸せになって欲しい。彼女に心配をかけたくなくて無理矢理笑みを作った。


「その思いだけで嬉しいわ。ありがとう。スザナ、幸せになってね。王都に来た時はもちろん会いに来てくれるのでしょう?」


「もちろんです!」


 すぐにスザナの代わりの侍女を募集した。彼女以上の人は無理でもそれなりの人材が欲しい。複数人の応募者の中から身元の確かな者をと紹介状と経歴書を慎重に確認してジェンナに決まった。


 ジェンナは私より三歳上だ。もとは子爵令嬢だったが幼い頃に家が没落して平民となった。伝手を頼って貴族の家で侍女として七年以上働いている。その実績にも期待した。以前の家を辞めた理由を訊けば「仕えていたお嬢さまが結婚され家を出られたからです。それにこちらのお屋敷の方がお給料や条件が良かったのです」とのことで問題はない。もちろん以前の勤め先にも連絡をして確認済だ。


 ジェンナは考えていた以上に有能だった。仕事はもちろんだが明るくて気が利く。そしてお洒落好きなので流行にも詳しい。


 私がステファノと出かけるための服を選ぶのも髪型を決めるのも彼女にアドバイスをしてもらった。私は自分に自信がなく新しいドレスや髪型に挑戦しなかった。野暮ったいと思われていただろう。スザナもまた私の気持ちを尊重してくれていたのでいつも同じような地味な恰好をしていた。


 ジェンナは半ば強引に髪型を変えてしまう。それも最新の流行のもので私は青ざめた。きっと似合わなくて笑われてしまうと危惧した。でもジェンナはそれにあう化粧を施し、ドレスも似合っている物を用意した。結果的にステファノには誉められたし、自分でも悪くないと感じた。それ以降、少し華やかに着飾ってもいいかもしれないと思い、都度ジェンナに相談した。


「お嬢様。このドレスの方がお似合いですよ」

「それに合わせるならこのダイヤの宝石にしましょう」


 とくに宝石類のアクセサリーを熱心に勧めてくる。大きな石の派手なものが多い。私は大きさよりもデザインを重視したかった。


「確かに綺麗だけど、この宝石は私よりも顔立ちのはっきりしているジェンナの方が似合うわ」


 ジェンナは嬉しそうな顔をしたがそれを誤魔化すように視線を逸らした。


「そんなことありませんわ。お嬢様に良くお似合いです」


 結局、ジェンナの押しの強さで彼女の勧めるものを購入していた。宝石にあまり執着していなかったこともあり素敵な品物ではあったので一応納得はしていた。これは単純に好みの違いなのだ。ただ公爵令嬢が身に着けるものとしては素晴らしいと感じられた。婚約後も夜会に出席するための準備などはジェンナが率先して整えてくれた。


「完璧です。お綺麗ですよ」


 ジェンナは満足そうに頷く。彼女はあか抜けなかった私を美しく磨いてくれた。自分でも鏡を見て別人かと思うほどの出来だった。彼女の仕事はいつも完璧だった。それはステファノと結婚してからも変わらなかった。彼女が私に嫉妬や嫌がらせをすることもなかった。だからジェンナが私を裏切っているなど想像できなかった。


 思い返せばジェンナは仕事中に宝石を磨きながら自分の耳や首によく当てては頷いていた。年頃の女性が宝飾品に興味を抱くのは当たり前のことだ。憧れるくらい別段咎める必要もないと思っていたが、きっとこれが全て自分のものになると思っていたのだろう。だから私より自分に似合う物を勧めていたに違いない。ステファノと愛し合っていたのならジェンナは一体どんな気持ちで私に仕えていたのだろうか。馬鹿な女だと心の中で嘲笑っていたのかもしれない。もう二度とあんな思いはしたくない。


 理由は分からないが一度殺された私が、もう一度生き直すチャンスを得た。

 あの出来事を思い出したときに感じるのは恐怖だ。彼らがいつからあの計画を企てていたのか、今となっては知るすべもない。分からないゆえに憎しみ恨み復讐心は感じなかった。ただただ悲しく恐ろしい。だから彼らとはもう関わりたくない。そして新たな人生を幸せに生きたい。


 私の二度目の人生はこうしてはじまった。





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