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4.薄氷のような幸せ

 領地から王都に戻って来たお父様に早速報告をした。自分で婚約者を決められてお父様の手を煩わせずに済んだことで安心してもらえると思っていた。ステファノのような素敵な人を射止めたと喜んでもらえると浮かれていた。ところが話を聞くなりお父様は苦虫を噛み潰したような顔をした。不機嫌そうな声で考え直すように言われた。絶対に賛成してもらえると思っていたのでとてもショックだった。私はこのとき初めてお父様に反抗した。


「どうしてですか? ピガット侯爵家なら家格も問題ありませんし、彼は私の苦手な社交もそつなくこなしてくれます。我が家の不利益にはなりませんよね?」


「家の利益を考えて反対しているわけではない。あんな男ではお前が幸せになれるとは思えないから反対しているのだ」


 あんな男? 会ったこともないのに。彼のことを何も知らないのに。それに……。


「私の幸せ? お父様はいつも側にいてくれないのに私の幸せが分かるの? 本当は私のことが嫌いだから反対するのでしょう? そうでなければ好きな人との結婚を反対したりしないわ!」


 お母様が生きている時のお父様は私を「小さなお姫様」と言っては大切にしてくれた。親子三人でピクニックに行ったり、食事は必ず家族そろって摂ろうと言ってくれた。


 でも、お母様が亡くなってからは私の存在を忘れてしまったように仕事に打ち込んでいた。食事を一緒に摂ることも、ましてや外出することもなくなった。それどころか同じ屋敷にいても顔も合わせないし話もしない。私が王都の学院に通う頃は薬草の栽培に力を入れていて、一年の四分の三は領地にいた。王都にいる私のことは執事に任せきりだった。ただ、誕生日にプレゼントが届く、祝いの言葉はメッセージカード、それだけだった。私は直接顔を見ておめでとうと言って欲しかった。


 それでも全ての人に薬を届けたいという考えは、素晴らしいことだからと自分に言い聞かせ寂しさに耐えた。たまに会う時くらいは誉めて欲しくて、勉強を頑張り領地の仕事も学んだ。お父様が王都に来た時に報告すると「そうか」としか言ってもらえなくて落胆した。何をしても喜んでもらえない。でも結婚相手が見つかったのなら喜んでもらえると思った。それなのに……。今まで我慢していたその寂しさをぶつけてしまった。驚愕し悲しそうな顔のお父様にズキンと胸が痛む。


 寂しいだけの日々の中、ステファノと出会った。彼は危ないところを助けてくれた人。そして私の話を笑顔で聞いてくれる人。私の心は彼に救われた。ステファノ以外の人とは結婚したくない。

 私は翌日から部屋に閉じこもり食事を摂らなくなった。物分かりの悪い駄々っ子のようだと自覚はあった。


 私の強硬な態度にお父様はしぶしぶ許してくれた。そして約一年の婚約期間を経て私たちは結婚した。

 婚約期間中も彼はまめまめしく私を外出に誘った。植物園に美術館にショッピング、普通の女の子の幸せを経験していることに感動した。


 ただ最初に二人そろって出席する夜会は酷く緊張した。私はしばらく前からお茶会にも夜会にも出席していなかったからだ。久しぶりだからというよりも私には悪い噂があったことで避けていた。

「使用人に辛く当たる」「薬で儲けたお金で散財している」「男性を侍らせて遊び歩いている」などだ。一つも心当たりがないのに、社交場に出るとヒソヒソと聞こえるように囁かれる。

 私は怖くなって人の多い場所に行けなくなってしまった。知らない内に誰かから恨みを買ってしまったのだろうか。やっかまれるほどお金を使っていないし、男性の友人もいない。使用人とは良好な関係だ。


 出所の分からない悪意ほど恐ろしいものはない。理由が分からないので犯人の見当もつかない。火消しが出来ないのだ。公爵家の仕事に早くから携わり同世代の令嬢たちとの交流がなかったので親しい友人もなく、擁護してくれる人もいない。領地にいるお父様に相談すれば何とかしてくれるかもしれないが、もし私ではなく噂を信じて情けない娘だと思われたらと言えなかった。

 このことはステファノにも打ち明けていない。陰口を言われる女だと軽蔑されたくなかった。でも彼は交友関係も広く社交に長けているので知っているはずだが何も言われなかった。夜会に出て彼がそれを耳にしたときどう思うのか、どんな態度になるのか、内心ビクビクしていた。


 いざ夜会に出席したが何かを言われることもなく杞憂に終わった。ただ噂を囁かれることはなかったが令嬢たちから嫉妬で睨まれることはあった。そんなときもステファノが庇うように肩を抱いてくれたので心強かった。彼と出会ってからいい事ばかりだ。すべてがいい方向に進んで憂いがなくなっていく。

 そして無事に結婚式を挙げ、毎日が幸せで満たされていた。



 ――でも、本当にそうだっただろうか?――


 結婚してから知ったがステファノはお金遣いが荒い。高級家具や著名な絵画を欲しがる。身に纏う服も贅を凝らし自分を最大限に美しく見せるように気を遣う。貴族として当然だが彼は過剰に思えた。当然日常的にお金がかかる。


 お父様は領地の運営で王都にいない。王都での仕事や予算管理は私が任されていたが、屋敷や使用人の給料などとは別に私たちの自由になる分の金額は毎月決められている。お父様の許可なく大きなお金は動かせない。


「ステファノ。今月はもう予算がないわ。先日画廊で頼んだ絵画はキャンセルして欲しいの」


「ロゼリア。君はいずれこのモンタニーニ公爵家を継ぐのにお金がないから買うのをやめるなどみっともないとは思わないのかい?」


 私個人としては愛する人の望みは叶えてあげたい。でも私は公爵家を守る責務がある。ステファノに何を言われても譲れないものがあるのだ。


「領民から得たお金を見栄だけのために使い過ぎるわけにはいかないわ。分かって欲しいの」


 ステファノが一瞬目を吊り上げたように見えたが、すぐに柔らかく微笑む。


「そうだね。確かにロゼリアの言う通りだ。画廊にはキャンセルを伝えておくよ」


「ありがとう」


 ホッとした。ステファノは話せばちゃんと理解してくれる。だけどお父様から許可を貰っている予算だって十分多い金額なのだ。でもステファノの望みを叶えたくて私は自分の買い物を控え彼の予算に回している。それでも今月は足らなかったのだ。お金を湯水のように使ってはモンタニーニ公爵家といえどもいつかは困窮してしまう。品位を維持するのは大事だけど過剰な贅沢を私もお父様も好まなかったので、ステファノの要求には困惑してしまう。

 それでも一つずつ説明をして納得してもらえていると信じていた。だから部屋を出る時にうしろから舌打ちが聞こえた気がしたが気のせいだと思った。


 それ以外にも気になることがあった。友人たちと会うといっては帰りが深夜を回ることが度々あった。結婚前からの友人関係に口を出せない。男同士の付き合いだ、公爵家のためになると言われればなおのこと。浮気を疑ったが女性の影は感じなかった。ただ友人を屋敷に招くことも紹介してくれることもなく、それが不安を増長させた。


 彼の不審な言動にきちんと向き合っていたらお父様を巻き込んで死なせてしまうこともなかったはずなのに、自分の浅慮を呪いたい。


 一つずつ不安や不満が生まれてくるも、この幸せを失いたくなくて気が付かなかった振りをした。私の幸せは薄氷の上にあった。



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