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番外編。ロゼリアの趣味と楽しみ

本日発売です。これもみなさまのおかげです。

そして書籍化御礼SSです!

結婚後のロゼリア視点のお話です。

よろしくお願いします。

 私には趣味がある。

 それは絵を描くことだ。


 貴族令嬢の趣味と言えば刺繍や観劇、読書などが多い。絵を描く女性は少ない。なぜなら残念なことに貴族の中では、女性の趣味としてあまり歓迎されていないからだ。はしたないと考える人が多いが納得いかない。

 私が絵を描くことになったきっかけはお母様が亡くなったことだ。お父様は仕事で忙しく私はお母様がいない寂しさを紛らわすために屋敷にあるお母様の肖像画を眺めて過ごした。でも肖像画のお母様は私の知っているお母様ではない気がした。

 幼かった私はその理由が分からずモヤモヤした。肖像画のお母様は凛として美しい。でもそれは公爵夫人としての品格を持ったもので貴族として隙のない完璧な微笑みを浮かべていた。その近寄りがたい雰囲気がとても寂しく感じた。もちろん肖像画の中のお母様も間違いなくお母様だと分かっている。でも私の記憶のお母様は陽だまりのような暖かい笑顔を浮かべていた。


(私の知っているお母様の笑顔が見たい……)


 それならば私の手で本当のお母様の笑顔を描こう! と決めた。

 幼い子供の思い付きなので無謀だと笑わないで欲しい。当時の私は必死だったのだ。

 執事に相談して画材用具を取り寄せてもらった。我ながらいい考えだと思ったが、いざ描き始めるとひどい絵になってしまい悲しくて泣いた。

 お母様どころかこれは誰? もしくは人なの? というくらい下手だった。それも当然だ。今まで絵を描いたことはなく才能があるわけでもない。絵を描くことの難しさに直面し落ち込んだ。


 自分の記憶の中では鮮明にお母様の笑顔を思い出せるのに、それを絵で表現しようと筆を取るもお母様とは似ても似つかない人物になってしまった。時間が経ってお母様を忘れてしまう前に完成させたいのに満足できるものにはならなかった。

 落ち込む私を見かねたのか、執事がお父様に内緒で絵の先生を呼んでくれた。


 メリッサ先生は男爵家出身の老齢の女性で現役の画家さんだった。女性の画家さんはとても珍しい。先生は絵を描くことが大好きで家族の反対を押し切り身分を捨て旅に出て絵を描きまくったそうだ。なんて逞しいのだろう。尊敬する!

 旅先で出来上がった絵を売りそのお金でまた旅に出る。それだけで生活するのは難しく、時々貴族のお嬢様の家庭教師もして凌いだ。メリッサ先生は生活が苦しくても絵が描けるだけで幸せなのだと笑っている。後に知るのだがメリッサ先生は有名な画家さんで先生の絵は高額で売買されていてる。私はすごい人に指導してもらえた。


「メリッサ先生。私、一生懸命頑張ったのにお母様を上手く描けないのです……」


 もどかしくて悔しくて涙ぐむ私に先生は優しく言った。


「ロゼリア様。まずは基礎を練習してからにしましょう」

 

 そして書き方の基礎を教えてくれた。才能がある人は学ばなくても自分流で素晴らしい絵を描けるのだろうが、私は学びながら覚える方が向いていたようだ。少しずつコツを掴んで人物画が描けるようになった。するとメリッサ先生は私の絵を褒めて褒めて褒めまくる。ありがたいことに先生は誉めて伸ばしてくれる人だった。それが嬉しくて楽しく描いているうちに少しずつ上達して、拙いながらに満足のいく笑顔のお母様を描くことができた。

 そう、私は自分が満足する絵を描きたかっただけでプロになりたいわけではない。これで十分だ。


「メリッサ先生。ありがとうございました!」

「ロゼリア様。よくがんばりましたね。優しさが滲む素敵なお母様の表情が描けていますよ」


 先生はそれを見届けると嬉しそうに頷き、また旅に行くと言って公爵邸を去っていった。


 私はそれ以降も趣味として絵を描き続けた。スザナやお父様、迷い込んできた猫に綺麗な花壇の花。悲しいことや苦しいことがあったときに筆を取り絵を描くと、集中し没頭することで気持ちが落ち着いていくのだ。

 

 そして私は今、絵を描き続けてきてよかったと心から思っている。だって愛しの旦那様の姿を描くことができるのだもの。

 カルロは私と結婚するために騎士団を辞めたので、もう軍服を着ることはない。

 その姿を見れなくなることが残念だった。

「とっても凛々しくて素敵な姿がもう見れないなんて!」と絵に残すことにした。

 もちろんプロの画家にも描いてもらったものはあるけれど、私は自分の感じる表情のカルロを残しておきたかった。

 いざ描き始めると想像以上に楽しい。何しろ堂々とカルロを観察することができる!

 スザナには自分の夫くらい絵のモデルじゃなくてもいつでも観察すればいいのでは? と言われたが、まだ私にはハードルが高く恥ずかしい。

 だからこの機会を逃さず観察することにしたのだが…………つい彼に見惚れてあまり捗らなかった。

「はあ~」(幸せ!)

 カルロと目が合えば彼は柔らかく微笑んでくれる。幸せだけど、この絵……完成するのかしら?


「ロゼリア。そろそろ休憩しないか?」

「えっ? そうね。カルロはずっと同じポーズをしているのだから疲れてしまうわね。ごめんなさい」

「いや、俺は平気だがロゼリアが疲れてしまう」


 私の心配をしてくれる優しい夫に思わずニマニマしてしまう。


「私は大丈夫よ。でもそろそろお茶にしましょう。少しお腹も空いたし」


 スザナを呼びお茶の準備を頼む。私は筆を置くと手を洗いに行った。部屋に戻るとカルロは軍服を脱いでソファーに座っていた。私はカルロの向かいではなく隣に座る。

 スザナがワゴンを押して部屋に入って来た。ワゴンの上にあるケーキはザッハトルテだ。芸術的なまでに美しい形のザッハトルテ。味も美味しい。我が家の料理人の腕は最高だ。

 カルロは普段あまり甘味を食べない。甘いものは特別好きでもなく、また嫌いでも苦手でもないがわざわざ自分で食べようとは思わないらしい。一人で休憩するときはお茶しか飲まないそうだ。でも私が一緒だと食べる。色々な甘味を食べている姿を見て気付いたのだが、カルロはザッハトルテを好きみたいなのだ。本人は無自覚だがザッハトルテを食べてるときは頬がゆるゆるになる。その顔は……可愛い!


 スザナがお茶とケーキを私たちの前に並べ終えると、カルロがケーキを手に取った。彼が美味しそうに食べる瞬間を見逃さないように彼の手元を注視する。すると大きな手がフォークでザッハトルテを一切れ取った。そしてそのままカルロの口に運ばれると思いきや……。


「えっ?」

「どうぞ」

 

 私の口元に運ばれてきた。実はカルロが私に「あ~ん」をするのは婚約してから頻繁に行われている。それは結婚後も続いていて、恥ずかしいながらも嬉しいのだが、今は違う!! 彼がケーキを美味しそうに食べる顔を見るはずだったのに……。


「…………」

「ロゼリア? どうした?」

「ううん。いただきます」


 カルロが期待の眼差しを向けている。彼は私に食べさせるのが楽しいらしい。期待に応えなければ。これも妻の仕事なのだ。

 私はフォークの上のザッハトルテをぱくりと口に入れた。

 安定の美味しさに頬が緩む。顔を綻ばせもぐもぐと食べながらカルロを見ればニコニコと私を見ている。カルロはこんな些細なことですごく幸せそうな顔する。

 ケーキを呑み込むと次の一口が口元に運ばれてくる。お茶も飲みつつそれを繰り返しているうちに食べ終えた。


「じゃあ、今度は私の番ね!」


 うきうきと私はお皿に手を伸ばし持ち上げ、フォークで一口分のザッハトルテを切るとカルロの口元にそれを運んだ。


(さあさあ! 綻んだ可愛い顔を私に見せて!)


 普段はクールな表情が変わる瞬間にドキドキが止まらない。

 カルロは差し出したザッハトルテを口に入れ咀嚼する。


(あら? いつもと違う?)


 カルロはキリリとした顔でそれを飲み込んだ。


「…………」

「ん?」

「何でもないわ。はい!」


 気を取り直してもう一口食べさせたがやはりキリリとした表情のまま、いつもの美味しそうに綻んだ表情ではない。なんか違う……。内心のガッカリを隠しながら食べさせ続けたが、最後まで期待した表情を見ることはできなかった。今日は可愛いバージョンではなく格好いいバージョンだった。

 う~ん。ケーキが美味しくなかったのかしら? いやいや、いつも通り美味しかったはず。モヤモヤしながらお茶の時間が終わると、カルロは着替えるために自分の部屋に移動した。このあと彼は仕事で外出する予定があるからだ。


「ねえ。スザナ。カルロは体調が悪いのかしら? いつものザッハトルテを食べる時の綻んだ表情にならなかったわ」


 しょんぼりしながらぼやく。スザナはお茶を片付けながらあっさりと私の疑問の答えをくれた。


「奥様がじっと旦那様を見ているからだと思いますよ」

「?」

「あれほど奥様にじっと熱く見つめられたら、旦那様としては表情を引き締めたくなるのではないでしょうか。格好良く思われたかったのだと思います」

「ええ――?」


 私のためにキリリとしていた? それはそれで嬉しいけれど。

 そうか。でも美味しそうな顔って無意識にで出るものなのだわ。今度からはさりげなく観察しよう。

 

 私は心の中でそう決意をすると、スザナに明日もザッハトルテを用意するように頼んだ。


 ちなみにスザナは、カルロもロゼリアがザッハトルテを食べて顔を綻ばせるので、それを見るのを楽しみにしていることに気付いている。

 つまり似たもの夫婦というわけだ――。





お読みくださりありがとうございました。

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