30.祝福のそよ風
俺たちは一年後に結婚式を挙げる。結婚式の準備が面倒くさいという男がいるそうだが、俺には信じられない。
彼女に似合うウエディングドレスを一緒に考えるのも楽しいし、披露宴の打ち合わせだって興味深い。貴族の繋がりは確かに面倒だが必要なことだしいい勉強になっている。きっといつか子供が生まれその子が結婚するときにはこの経験を生かせるだろう。
毎日が目まぐるしいがとても充実している。モンタニーニ公爵領は薬草を取り扱っているが傭兵と護衛時代に自然と身についた知識があるのでその辺は大丈夫だ。あとは経営管理が難題だがロゼリア様がほぼ完璧に把握しているので心強い。半人前の俺の今の一番大切な仕事は頑張り屋のロゼリア様を程よく休ませることだ。
「ロゼリア。休憩しよう」
「そうね」
最初はこんなに休憩ばかりしなくても平気だから仕事をすると言い張っていたが、どう考えても働きすぎだ。執事や使用人たちも俺の意見に賛成してくれているのでロゼリア様は休むことを受け入れてくれるようになった。ちなみに公爵様は領地に行っている。俺を信用して留守を預けてくれているのだ。それに報いるつもりで張り切っている。結婚後は新婚旅行とお披露目を兼ねて領地を回ることになっている。今から楽しみで仕方がない。そうだ。いつか二人で海を見に行くのもいいな。ひとつ幸せを手に入れると人は欲張りになるのかもしれない。ロゼリア様と見たい景色がたくさんある。いつか叶えたい。
目の前でスザナが手際よくお茶とお菓子を並べていく。
「あら、このお菓子可愛いわ」
色々な花の形をした焼き菓子だ。カラフルな色で女性に評判だ。これはアロルド様の奥様のお勧めらしい。アロルド様に教えてもらって取り寄せたのだ。ロゼリア様はうんうんと感心しながら口に運ぶ。サクサクと咀嚼すると目を閉じ手を頬に当て味わう。
「美味しいわ!!」
「ロゼリアに喜んでもらえてよかった」
彼女の笑顔は俺にとって最高のご褒美だ。
ロゼリア様はお茶で喉を潤すと居住まいを正した。ん? なんだ?
「カルロにお願いがあるの」
「うん?」
「私たちはもうすぐ結婚して夫婦になるわ」
もうすぐなのに待ち遠しい。一日が早くも感じるし長くも感じる。
「ああ」
ロゼリア様のウエディング姿を想像すると頬が緩む。きっと素晴らしく美しいだろう。ドレス工房の職人も張り切ってくれている。
「だから私の前では俺って言っても大丈夫よ?」
「……」
気を付けていたのだがうっかり口にしていたのかもしれない。俺は騎士団に入ってから言葉遣いを直した。ロゼリア様の伴侶になるためには平民の時のような粗雑な言葉のままでは相応しくないからだ。俺も貴族になったのだから恥ずかしくないようにと意識するようにしていた。だが騎士団も乱暴な奴らが多かったのでつられてしまうこともあり気を抜けなかった。今は騎士団を辞めたので油断していたのかもしれない。
あとはモンタニーニ公爵家に馴染み緊張が解けてしまい無意識に「俺」と言ってしまったのだろう。実は俺は口では「ロゼリア」と呼んでいるが心の中ではまだ「ロゼリア様」と呼んでしまう。これは徐々に慣れるしかない。
「不快ではないか?」
「もう! そんなわけないわ。私の前では気を遣わないで欲しいの」
夫婦になるのだからそこまで気を張らなくてもいいのかもしれない。無意識に格好をつけていたのかも。好きでいてもらう努力は続けるが彼女の前では無理をしないでいようか。
「分かった」
ロゼリア様が破顔した。つられて俺も笑顔になる。
こうやって俺たちは一歩ずつ夫婦らしくなっていくのだろう。
そしてこの世界で一番幸せな夫婦になる――――。
******
結婚式前に俺は義父上とロゼリアに自分の生い立ちを打ち明けた。生まれた国は遠く関わることはないが両親のことを知っていて欲しかったからだ。もちろん俺が父と呼んだのは銀色の髪を持つ神官長ハリルだ。俺はそのことを確信していた。
「そうか、それなら領地にカルロのご両親のお墓を建てよう」
「いいのですか?」
「お母様の側がいいわ。そのほうがきっと寂しくないもの」
そう言うと公爵様はモンタニーニ公爵領の中で一番見晴らしのいい丘に連れて行ってくれた。街を見下ろせるその場所は、季節ごとに美しい花々が咲く。
そこにはロゼリアの母君のお墓がある。その側に俺の両親のお墓を建ててくれた。一応、用心して名前は刻まなかった。ただ「愛する両親が眠る」とだけ記した。亡骸はここにないが魂はきっと側にある。二人がここの美しい景色を気に入ってくれるといいと思う。
家族三人で丘に来た。春の日差しが暖かく花が満開で見頃だ。
「父さん、母さん、会いに来たよ」
「お義父様。お義母様。こんにちは」
「こんちはー!」
隣にはロゼリアがいる。そして俺の腕の中には二歳になるロゼリアによく似た最愛の娘がいる。元気よく大きな声で両親に挨拶をした。娘の首には母さんのペンダントがある。もう何の力もないのだろうがお守りだ。結局、俺が時間を戻ることの出来た理由は分からないままだ。でもこのペンダントのおかげだと信じている。
母さんのおかげで俺はロゼリアともう一度会うことが出来た。そして人生をやり直し幸せを手に入れた。
(ありがとう。母さんの言っていた通り、幸せになれたよ)
『カルロ。幸せに。愛しているわ』
「えっ?」
耳をすませばそよ風でさわさわと草の揺れる音がした。ロゼリアが不思議そうに俺を見上げる。
「どうしたの?」
「――いや、なんでもない。さあ、行こうか」
「さあ、いこーか!」
「まあ、アメリアったらお父様の真似をして」
アメリアが俺の腕の中で楽しそうに声を上げ、青く広がる空に両手を伸ばした。そして大きく手を振る。
俺は空に向かって微笑んだ。
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