29.返事
それからできる限り仕事の帰りにモンタニーニ公爵邸を訪れた。もちろんロゼリア様の顔が見たいからだ。今の俺にはその権利がある。本当は毎日ロゼリア様に会いたい。
最初の時よりは持ちやすい数に減らした白薔薇の花束を持って行く。彼女は屋敷中が白薔薇でいっぱいで幸せだと笑う。多すぎて迷惑かと悩んだが、それで俺の存在を感じてくれるなら嬉しいと贈り続けた。
ロゼリア様はいつもはにかみながらそれを受け取る。その度に彼女の心に近づいている気がした。屋敷に行けない時は花屋に手配をして届けてもらった。俺のことを忘れないで欲しかった。
俺は隊長としての業務が多忙で一緒に過ごせる時間は短いが、彼女と同じ空間にいられるだけで幸せだ。話下手なので沈黙してしまうこともある。でも俺はその時間すら愛おしい。ロゼリア様の顔を確かめると彼女も気まずそうな表情ではないので同じように感じてくれていると信じている。
それでも努力はした。俺は彼女に楽しんで欲しくて流行の歌劇やドレス、アクセサリー、お菓子などの話題を振った。最初は熱心に聞き入っていたが途中から悲しそうに眉を下げた。どうしたのだろうか。不愉快になることでも言ってしまったのかと焦った。
「ジョフレ伯爵様は流行に詳しいのですね。どこから情報を得ているのでしょうか? その、もしかして女性とお話しする機会が多いのかしらと思ったので……変なことを聞いてしまってごめんなさい」
もごもごと言いにくそうに打ち明けるがこれは純粋な疑問ではなく、他の令嬢と懇意にしてそこから情報を得たのかを案じているようだとさすがに俺でも察することが出来た。ここは変に誤魔化して誤解されては困るので事実を伝えることにした。
「騎士団の中で情報交換をしています。モテたくて女性の気を引くために皆情報を集め共有しているのです。私が相談するとありがたいことに部下たちが色々教えてくれます。ついでに冷やかされますが。それ以外にはアロルド様が奥方から聞いたことを教えてくれます」
「まあ、そうだったのですね」
ホッとする姿に誤解が解けたと安堵した。
二か月ほどの交流の後、ロゼリア様から求婚の返事をしたいと呼ばれた。その日は白薔薇の花束とダイヤモンドの指輪を用意した。心の中で断らないでくれ! と念じた。
ロゼリア様は緊張で顔が強張っている。俺はそれ以上に緊張して体が固まっている。彼女は深呼吸を繰り返すと意を決したように桜色の唇を開く。
「ジョフレ伯爵様。結婚の申し込みをお受けします」
「ああ! ありがとう。感謝する」
俺は喜びのあまりに大きな声でお礼を言った。少しだけ見つめ合うと、俺は大切なことを思い出して立ち上がった。ロゼリア様の前に膝を突く。ポケットに入れておいたダイヤモンドの指輪を取り出し、ほっそりとした白い華奢な手を持ち上げその指に嵌めた。
「必ずあなたを守り幸せにする」
「はい……」
指先にそっと口付けを落とした。これは俺の誓いでもあった。ロゼリア様の顔が真っ赤に染まった。首や耳も赤く熟れた果実のようだ。少し気障だったかもしれない。俺も恥ずかしくなってしまった。
すると部屋の外から「わあわあ」とはしゃぐ声が聞こえる。二人きょとんと目を見合わせ首を傾げる。俺は様子を見に少し開いていた扉から顔を出すとロゼリア様付きの侍女や他の使用人、それに執事がニコニコとはしゃいで喜んでいた。全部聞かれていたようだ……。みんなが一斉に「おめでとうございます」と祝ってくれた。
そのあと、侍女が新たに淹れてくれたお茶に口をつけ取り留めのない話をして過ごす。照れる気持ちはあるがそれ以上に心が満たされた。帰る前にモンタニーニ公爵様に時間を頂いてロゼリア様から求婚を受け入れてもらったことを報告した。
「どうか、ロゼリアを頼む。私の大切な娘だ。幸せにしてやってくれ」
「はい。必ずお守りし、幸せにします」
今回ロゼリア様は俺を選んでくれた。この僥倖にあらゆるものに感謝したくなる。亡き母、そしてモンタニーニ公爵様にも執事たちや部下たち、空気や太陽にもっといえば虫でもなんでも全てに感謝を捧げた。
俺とロゼリア様の婚約は速やかに結ばれた。俺は書類の申請などの手続きにまだ疎い。公爵様が万事采配して下さった。
その後、二人そろって夜会に出席した。正式に婚約者として彼女をエスコートできる。この日をどれだけ望んでいたか。夢のようだ。
ロゼリア様は俺の贈ったドレスを纏いブラックダイヤモンドのイヤリングをつけてくれている。女神のように美しい。誰にも見せたくないがみんなに見せびらかしたくもある。彼女の手を取ると婚約した実感を改めて噛みしめる。
俺はロゼリア様に名前で呼んで欲しいと頼んだ。婚約するまでは礼儀を守らねばならないが今は正式に婚約者になった。彼女は昔のように「カルロ」と呼んでくれた。全身が多幸感に包まれる。彼女も俺に「ロゼリア」と呼んで欲しいと言った。二人の距離が一気に縮まったように感じた。
女性とのダンスは初めてだったが好きな人と踊ることがこれほど楽しいとは思わなかった。調子に乗って三曲もロゼリア様を踊らせてしまった。曲が終わると彼女は息がすっかり弾んでいる。椅子に座らせると飲み物を取りに行く。グラスを手に戻ろうとしたらステファノが彼女に話しかけていることに気付いた。
足早に戻ればステファノがロゼリア様をダンスに誘っていた。頭に血が上り怒鳴りそうになったが、かろうじて冷静さを取り戻し追い返した。
今の人生で二人は何の関係もないと分かっているが前回の人生でステファノは彼女の夫だった。それを思い出すと冷静ではいられない。これから一生、ロゼリア様の瞳にあの男が映って欲しくない。あの男の声を聞いて欲しくない。彼女に触れていいのは俺だけだ。どろどろとした嫉妬で目の奥が真っ赤に染まる。
ステファノのことは調べてある。あの男は闇カジノに入り浸っている。そこで作った借金がかさみとうとう実家のピガット侯爵家に愛想を尽かされた。前回はそれであの男はロゼリア様に目をつけた。結婚することでモンタニーニ公爵家の財産を狙ったのだ。モンタニーニ公爵家の御者とは闇カジノで知り合って協力者にしていた。さらには自分の侍女であり恋人のジェンナを公爵家に侍女として送り込むためにロゼリア様付きの侍女スザナを結婚詐欺師に誘惑させ辞めさせた。
今回はスザナを詐欺師から救い最悪の事態を回避することが出来た。ただお金を騙し取られてしまったことは申し訳なく思う。でもそれでジェンナを公爵邸に入れずに済んだ。
そして詐欺師の自白でステファノとの繋がりが明らかになった。ただ現時点では詐欺師との繋がりだけでは罪が軽いので余罪がないか慎重に捜査中だ。騎士団長が言うにはピガット侯爵自身も絵画の贋作売買に関わっている可能性があるから摘発するならまとめて片付けることになっている。必ずステファノをロゼリア様の前から排除してやる。
ステファノの行動には気を配っていたが、タイミング悪く辺境まで行かなくてはならなくなった。
ロゼリア様が心配だ。公爵様にも一応、警護を強化するように依頼したが一回目のことを打ち明けられない以上どうにも心もとない。俺がいない隙にロゼリア様に接触する可能性が大きい。そこで申し訳ないと思ったが休暇の部下に頭を下げて俺の不在中にロゼリア様の警護を頼んだ。彼らは快く引き受けてくれた。褒賞金をもらっていたので、遠慮する彼らに謝礼を奮発した。
「いや~。隊長は本当に婚約者様が大好きなんですね。任せて下さい。隊長には辺境の戦いで危ない所を助けてもらった恩があります。本当は謝礼なんていらないのに……」
「グイリオ、こちらが無理な頼みをしている。せっかくの休みなのに護衛を依頼するんだ。だからこれは受け取って欲しい」
「ありがとうございます。正直なところ有難いです。もうじき妹の結婚式があるので祝いを弾んでやれそうです」
俺は人に恵まれている。最たるはロゼリア様だが騎士団の仲間もそうだ。俺は公爵領で護衛の仕事をしている時は異国人だと馬鹿にされ蔑まれたが、ここでは実力さえ示せば受け入れてくれる。信頼できる人間が増えていくことが心強かった。それだけロゼリア様を守る力になる。
俺が辺境にいる間にステファノが動いた。お粗末な芝居でロゼリア様に恩を着せ、俺との婚約を解消させ自分との結婚を迫るつもりだったらしい。ロゼリア様を守ってくれた部下たちには心から感謝した。ピガット侯爵家の捜査の結果、侯爵自身が関わっている贋作の転売の証拠が見つかった。ステファノの罪と合わせて追及することになった。
結果的にピガット侯爵は優秀な長男に爵位を譲り蟄居させ多額の罰金を支払った。ステファノの罪は軽いものでやはり罰金だけだった。詐欺師との繋がりだけでは貴族を裁くのは限界がある。自作自演でロゼリア様に破落戸を差し向けた件は未遂で被害がなかったので罪に問えない。憎々しく思っていたが長男がピガット侯爵を継いですぐにステファノを放逐した。しかも借金を肩代わりしなかったのでステファノは平民となり無一文で借金取りに追い回される逃亡生活を送ることになった。貴族として何不自由なく生きて来た男が金を返すあてがない以上、この国に住み続けるのは無理だろう。無事でいられるはずがない。
本音を言えばたとえ野垂れ死んだとしても甘いと思う。俺には前回の記憶が鮮明に残っている。だから今すぐに俺の手でこの世から消してしまいたい。だが私怨でそんなことをすればロゼリア様と結婚できなくなってしまう。あんな奴の命で自分の幸せを失うわけにはいかない。
ステファノの件が片付くと俺は速やかに仕事の引継ぎを済ませ騎士団を辞めた。そして結婚前からモンタニーニ公爵邸で暮らしている。公爵様が勧めて下さったのだ。
騎士団については団長から引き留められたが俺はモンタニーニ公爵家を継ぐロゼリア様の伴侶として学ぶことも覚えることも、とてつもなく多い。貴族の常識は一応学んでいたが全然足りていない。騎士団と公爵家の仕事の両立は俺にはとても不可能だ。何よりも仕事を増やしてロゼリア様と過ごす時間が取れなくなっては人生の損失になる。どれだけ説得されてもそれを固辞した。




