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27.死に戻り

「おい、カルロ。カルロ、起きろ」


 ハッと目を覚ますとそこにはモンタニーニ公爵家の荷物の運搬責任者がいた。確か名前はトマスだ。この人は俺を異国人だと差別しなかった数少ない人だ。


 ここはどこだ。俺は死んだはずだ。ロゼリア様のお墓の前でわき腹を刺されて致命傷だった。それなのに一体これは……。俺は夢を見ているのか?


「お前が寝坊なんて珍しいな。もう少ししたら出発するぞ。朝食を摂るつもりならもう起きろ」


「あ、ああ……」


 まさか、俺は生きているのか? それとも神にすら見放されてロゼリア様の黄泉路のお供すら許されないのか。

 

 俺は自分の姿を確認した。騎士の服を着ていないし自分の手や体が少しだけ小さくなっているように感じた。筋肉も少ない。見渡せば天幕の中だった。薄い敷布の上で寝ていたようだ。この光景には覚えがある。モンタニーニ公爵領から王都に薬の荷を届ける旅のときに寝泊まりした天幕だ。背中に手を当てれば傷跡がない。俺はトマスを庇い背中に大怪我を負った。その傷がないということはそれよりも前の時間ということだ。


 俺は――生き返ったのか。しかも時間を遡っている。もしそんなことが本当に起こっているのならロゼリア様も生きている……はずだ。 


 死に戻り……俺は過去に戻って来たのか。荒唐無稽な話なのに不思議と俺はそれを受け入れた。それにロゼリア様を失わずにすむのなら奇跡にだって縋りたい。ふと思い出して首元を探る。母さんの形見のペンダントを取り出すと黒い石が白く変わっていた。


「……。母さんの力なのか?」


 分からない。とにかく今の状況を把握するために起きることにした。やはり王都に荷を運ぶ途中にいる。

 朝食をもらい食べ終わるとすぐに出発した。俺は三台ある馬車の一番後ろの荷を守りながら周辺を警戒する。もうすぐ王都に着く。たぶんあの時に戻って来た。もう少し進んだところで盗賊が出るはずだ。


 突然先頭の馬車の馬が激しく嘶く。後ろを振り返ればガラの悪い見るからに盗賊のような集団が現れ前も後も囲まれた。異国の言葉を話す男らは剣を抜き襲いかかってくる。俺は抜刀すると次々に切り捨てた。荷の前方でも混乱と罵倒する声が聞こえる。


 とにかく目の前の敵を片付けながら荷を守りつつ前方の護衛たちの援護のために移動する。すでに何人かが切られて倒れていた。深手はいなさそうだが劣勢だ。俺に気付いていない賊に背後から不意打ちで切りかかる。その中でも手練れの一人と激しい打ち合いになった。するとトマスが何かを叫んでいる。そちらを見れば王都の方角から騎士が数人こちらに向かって馬を走らせている。援護の騎士たちだ。こちらから送った知らせはまだ届いていないはずなのに随分とタイミングがいい。何にしても助かった。前回は死傷者が多かったが今回は軽症者くらいはいるだろうが大事には至らなそうだ。


 援護の騎士を見た賊が諦めたのか撤退を始めた。深追いする必要はないが俺が相手をしている賊は仲間を逃がす時間稼ぎのつもりか激しく攻撃してくる。


 目の端にトマスが尻もちをついたところで近くの賊に切られそうになっているのが見えた。まずい。俺は目の前の男の剣を強く打ち返すとトマスに駆け寄った。トマスを襲おうとした賊を切り捨てたがさっきの手練れに背を向けてしまい切られてしまった。背中に焼けるような鋭い痛みが走る。すぐさま向きを変え賊に切りかかるも痛みで動きが鈍りその隙に逃げられてしまった。


「トマスさん、無事か?」


「ああ、私は大丈夫だがお前が……」


「これくらいならたいしたことはない」


 とはいえ出血が多い。トマスさんは青ざめた顔で手当てをしてくれた。そして王都の屋敷から来た騎士たちとやり取りを済ます。


「カルロ。王都まで我慢できるか」


「ああ、平気だ」


 襲われると分かっていたのに警戒が足りなかった。また怪我をするなんて無様だ。それでも前回より傷は浅かった。たぶん大丈夫だろう。俺はそのまま馬に乗って王都の公爵邸に移動した。新たな賊が出ることなく無事に着いた。背中の傷は大したことはないと思っていたが、きちんと止血が出来ておらず酷い貧血になり公爵邸に入った途端俺は意識を失った。


 

 優しい声が聞こえる……。



 ――早く起きて、カルロ。私の愛しい息子。さあ、起きなさい。そして自分の力で今度こそ幸せを掴み取りなさい。あなたは運命を変えることの出来るかけがえのない存在なのだから――





 眠っている間にとても懐かしい声を聞いた気がする……。あの声は――。意識が浮上すると眩しさを感じゆっくりと瞼を上げる。少しだけ首をもたげれば広い部屋の清潔なベッドの上にいることに気付く。俺は無事だったようだ。すると可憐な少女の声が聞こえた。


「おにいさん。目が覚めたの?」


「おにいさん、おにいさん、大丈夫?」


「……えっ?」


 目を開ければ記憶よりも幼いロゼリア様がいた。呆然とする。ロゼリア様が生きて動いている。彼女は早口で何かを言っている。懐かしいその姿に思わず手を伸ばし細い腕を掴む。幻じゃない。温かくて……本物だ。すると彼女は俺の手を引っ張った。起こそうとしてくれたようだ。掴んだ手を離し腹筋を使って起きようとすれば背中に激痛が走り動きを止めた。


「うっ」


「おにいさん、ごめんなさい。痛かったわよね。ゆっくり起きないと。背中の怪我は縫ったのよ」


 心配そうな表情で俺の背中の傷に触れないようにクッションを置いてくれた。俺は目頭を押さえ涙を堪えようとしたが無理だった。


「大変! まだ背中がすごく痛いのね。お医者さまを呼んでくるわ。お薬を出してもらわなきゃ」


 痛みで泣いていると思ったようだ。涙の理由は違うが、痛いのは本当だ。でも医者を呼ぶほどではないので慌てて止める。


「ロゼリア様。大丈夫です。少しすれば治まるでしょう」


 声は無様にも震えていて説得力がないかもしれない。でもロゼリア様に会えた喜びで涙が止まらない。


「でも……」


「大丈夫ですから」


 何度も大丈夫だと言えばしぶしぶ椅子に腰を下ろす。それでも本当に大丈夫なのかを見極めようとこちらをじっと観察している。ああ、ロゼリア様らしい。もう一度会えた。これは現実だ。実感すると再び感極まり喉が詰まる。それでも落ち着いたところでせっかく用意してもらったスープを飲んだ。


「美味しい?」


「はい。美味しいです」


「よかった。早く元気になってね。何かして欲しいことがあったら言ってね」


「あ、それなら俺のことは名前で呼んでもらってもいいですか? カルロといいます」


 ロゼリア様は可愛らしく首を傾げた。俺は前回名前を名乗らなかった。それを後悔していた。本当はずっと呼んで欲しかった。


「カルロおにいさん?」


「ただのカルロでお願いします」


「カルロ?」


「はい」


 俺の強引さに少し戸惑いつつも嬉しそうに呼んでくれた。


「私は邪魔になっちゃうからもう行くわ。カルロはゆっくり眠ってね」


「ありがとうございます」


 ロゼリア様が部屋を出たのを確かめてカレンダーを見た。


「やっぱり過去に戻って来たんだ」


 襲撃を受ける前から若返っていることには気付いていたがようやく納得できた。ロゼリア様の話だと俺は五日間も眠ったままだったらしい。相当心配してくれていた。前回の傷は今回より深かったがもっと早く意識が戻っていた。今回は時間を戻ったせいで目覚めなかったのかもしれない。


「俺は……やり直すことが出来るのか。それならば今度こそ彼女を守って見せる。もう間違えたりしない」


 療養を続けると段々と動けるようになりリハビリを兼ねて柔軟を始める。すぐにでも騎士を目指し叙爵を受けたい。今度はステファノより先に彼女に結婚を申し込む。


「カルロ! 傷が開いてしまうわ」


「これくらい平気です」


 ロゼリア様は心配性で俺が無理をしないか監視している。何とも温かい気持ちになる。幸せだ。前回は名前を呼んで欲しいとは言えなかった。身分を考えて距離をとったが今回はなりふり構わないことにした。親しくなりたい、その気持ちに忠実に行動した。


 俺は公爵邸の本邸でまるで客のような待遇で療養させてもらっている。前回、モンタニーニ公爵様は領地にいて不在だったが今回は王都にいる。ロゼリア様と楽しそうに話をしている所をよく見かけた。寂しそうな表情ではなく心からの笑顔だ。


 ロゼリア様は時間が空くと俺の部屋に顔を出す。前回以上に色々な話をした。

 俺は前回と同じ質問をロゼリア様にした。どうしても同じ返事が聞きたかった。


「俺の髪とか目の色、気持ち悪くないですか?」


 それでも不安はある。もしも返事を躊躇ったらと。彼女は間髪を容れずに答えた。


「思わないわ! だってすごく綺麗な黒だと思う。特に瞳は吸い込まれそうだわ」


「えっ?!」


「あ、あの、とにかく綺麗ってことよ」


 彼女は頬を染めて目を逸らす。吸い込まれそう? それは誉めてくれたのだよな? とにかく嫌がられていないと分かって安心した。

 毎日色々な話をする。旅をしたときの話をせがまれた。


「一度、海を見てみたいな」


 遠くを見る目で海を想像しているようだ。母さんと過ごした海の見える街が懐かしくその話をした。ロゼリア様は瞳をキラキラと輝かせ楽しそうに聞いていた。

 すっかり回復した頃、モンタニーニ公爵様が騎士か文官を目指さないかと声をかけてくれた。


「俺は騎士になりたいです。公爵様。もし許して頂けるならロゼリア様の騎士になりたいです。どうかロゼリア様を守らせてください」


「そうか。きっと君は立派な騎士になるだろう。ところで騎士になりたいだけか?」


 公爵様は俺の心を見透かしているのだろうか? 公爵様は最初から俺に好意的だった。だから本邸の滞在を許してくれていた。前に理由を訪ねたら「ロゼリアが懐いているから、いい奴だと思った」と言われた。


「俺は異国人です。でも、もし、功績を挙げて騎士爵を手に入れたらロゼリア様に求婚する許可を頂けますか?」


 公爵様は目を丸くした。俺がそこまではっきり言うとは思わなかったのだろう。そして愉快そうに口元を綻ばせた。


「そうだな。もしロゼリアが望めば許してもいいぞ。騎士爵を目指すのなら王国騎士団へ行くのか?」


「はい。そのつもりです」


「では推薦状を書こう」


「ありがとうございます」


 公爵様は温かく笑った。この優しい方に娘を失う絶望を味わわせたくない。公爵様は寛大だ。公爵令嬢であるロゼリア様の隣には、異国人でしかも平民の俺ではたとえ騎士爵を得てもまだ不足だ。それなのにロゼリア様次第だと言ってくれた。気休めではなく真摯な言葉だった。俺は感謝を込めて深く頭を下げた。


 今回はマッフェオ公爵家の騎士団には行かず王国騎士団の試験を受ける。だからクラリッサ様に関わらずに済むはずだ。今回の人生では接触せずにいたい。だがもし彼女がロゼリア様を苦しませるようなことをするのなら俺は……。

 出発の朝、ロゼリア様はわざわざ見送ってくださった。


「カルロ。無理しないでね。もし怪我をしたりお腹を壊したりしたらここに来てね。お薬あげるから」


 真剣な表情で思いつめたように言う健気な姿が愛おしい。


「お腹……、ふっ、はい。分かりました。……ロゼリア様。聞いてもいいですか?」


 俺はこの先の道を誤らない為に、もう一度ロゼリア様に質問をした。


「なあに?」


 一呼吸して真っ直ぐに彼女の目を見た。


「……俺の髪と目の黒い色を汚いと思いませんか? 怖いと思いませんか?」


 ロゼリア様は口をぽかんと開けて目を瞬く。


「カルロ、それは前も聞いたわね? 忘れちゃった? ふふふ。私、そんなこと思わないわ。すごく綺麗な黒だと思う。そうだ。オニキスと同じ色よ。オニキスってパワーストーンっていって守ってくれる石なの。だから黒色って素敵だわ」


 ああ、やはりロゼリア様は何一つ変わらない。一回目の時も同じように不吉だと言われている黒色を守ってくれる石と重ねてくれた。もう一度、その言葉が聞きたかった。俺は誓いを新たに今度こそ守り抜くと決意を新たにした。


「ロゼリア様。覚えていますか? 俺の願いを聞いてくれるって言っていたことを」


 療養中にこの怪我は自分のせいだとロゼリア様は自分自身を責めた。違うと言ったが彼女は納得してくれなかったのでそれなら二つお願いがあると頼んでいた。一つは肉が食べたいと伝えた。もう一つは今伝える。


「もちろん覚えているわ。決まったの?」


「はい。俺、強い騎士になります。そしたらロゼリア様をお側で守らせてください」


 宣言する。この言葉が彼女の心の中に残ることを祈りながら。ロゼリア様は満面の笑みで喜んだ。


「カルロは私の騎士様になってくれるの? 嬉しい! 待っているわね」


「その時が来たら必ずあなたを守ると誓います」


 そのために前回の記憶を利用して、もう一度会いに来る。どうかそれまで誰のものにもならないで下さい。





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