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25.叶わぬ想い

 クラリッサ様のことはこれで片付いたと思ったのだがそうはいかなかった。

 マッフェオ公爵様と話をしてから数日後、本人が騎士団に乗り込んできた。


「カルロ。なぜ私に求婚しないの? ロゼリア様が好きなんて嘘でしょう? あんな薬草臭い人なんてどこがいいの?」


 俺はカッとなったが何とか自制した。女性に手を上げるわけにはいかないが許しがたかった。


「ロゼリア様を貶めるのはクラリッサ様でも許すつもりはありません。私はあなたに好意を抱いたことは一度もありません。どうかあなたに相応しい人をお探しください」


「ひ、ひどい。私を馬鹿にして……きっと後悔するわ!」


 クラリッサ様は涙を浮かべると身を翻し帰って行った。さすがに女性を泣かせたのかと思うと罪悪感がある。だからといって受け入れることは絶対にないが。苦い気持ちのまま一日過ごしたが気持ちを切り替えて帰りに花屋に寄ることにした。ロゼリア様に贈る花束を選ぶためだ。王都でも一番大きい花屋に行った。


「いらっしゃいませ。どのような用途でしょう」


「女性に、その……求婚の時に贈る花を探しているのだが見させてもらっても?」


「どうぞ!」


 笑顔の店員に案内され冷蔵ケースに保管されている綺麗な花を眺める。その中に惹かれる花があった。可憐で美しい白い薔薇、ロゼリア様に似合うと思った。


「白薔薇……」


 俺のロゼリア様のイメージを体現したかのような花だ。控えめな甘い香りも彼女に相応しい。モンタニーニ公爵様からは会って頂けるとの連絡が来てその日は休みを取っている。休みの日の朝に屋敷に届けるように注文して代金を支払った。

 まずは求婚する許可だけはもらえた。あとはロゼリア様が受けて下さるかどうか。俺がロゼリア様に看病して頂いたことはもう覚えていないだろうか。もし覚えてくれていれば求婚を受けるのを一考してもらえるかもしれない。俺はどこか浮かれた気持ちで屋敷に帰った。

 休みの前日、モンタニーニ公爵様から急ぎの手紙が届いた。俺はそれを読み終わると衝撃を受け手紙を落としてしまった。内容は俺にとって絶望的な知らせと公爵様からの詫びだった。


「ロゼリア様の婚約が決まった……。そんな……俺は遅かったのか……」


 相手はピガット侯爵子息ステファノ、次男だ。婿入りするのにはちょうどいい。ステファノは見目がよく話題も豊富で社交が得意だと聞いた。控えめなロゼリア様を上手くフォローするだろう。何よりも身分が釣り合う。平民上がりの一代限りの伯爵位を持つ男よりも相応しい。なによりもピガット侯爵家という後ろ盾がある。身一つしかない自分とでは天と地の差だ。もし、先に自分が求婚していたとしても勝ち目はなかった。そう思うことにした。


 翌朝、花屋が白薔薇を届けた。もう用をなさなくなった美しい白薔薇の香りが優しくしかし虚しく部屋に広がる。行き先を失った白薔薇を呆然と見つめるしかなかった。


 カルロが失恋しても誰にも関係ないことだ。仕事は通常通りにしなければならない。この虚無感を抱えて生きていかねばならない。初めから分かっていた事じゃないか。俺とロゼリア様とでは釣り合わない。過ぎた望みだったのだ。

 俺は気持ちを切り替えようとした。ロゼリア様を守るために騎士になったのだから、たとえ伴侶になれなかったとしても騎士として彼女を守ることはできるはずだ。そう自分を励ました。


 俺は叙爵され一応貴族になったが社交をしなかった。ロゼリア様に求婚できないのなら貴族である意味もない。今更爵位を要らないとは言えないが、今後役に立つとも思えない社交を進んでする気にはならなかった。夜会には警護に回してもらい出席はしなかった。だがある日ロゼリア様に噂があることを知った。もし社交を疎かにせずにいればそのよからぬ噂にもっと早く気付けたのに。


『散財好きで、男性の友人関係にだらしない。使用人に理不尽に厳しい』だと?!

ふざけるな。こんなの事実無根だ。ロゼリア様は誰にでも優しく親切だ。着飾るよりも仕事を優先し遊び歩いたりもしない。清廉な人だ。それなのにどうしてこんな噂が? 俺は出所を調査した。


「なぜクラリッサ様がこんなことを?」


 クラリッサ様が自分の取り巻きたちにロゼリア様の悪評を流させていた。俺はクラリッサ様に会いに行った。


「ようやく会いに来たのね? せめて花くらい持ってきて欲しいわ」


 久しぶりに見たクラリッサ様は豪華なドレスを着てさらに美しくなっていたが居丈高な態度は拍車がかかっていた。自分の優位を信じているその表情が醜く見える。


「……。クラリッサ様。なぜロゼリア様の悪い噂を流したのですか?」


 クラリッサ様は呆れ顔で馬鹿にするように言った。


「まだロゼリア様が好きなの? あの人は婚約してもうすぐ結婚するわ。カルロには手が届かないのよ」


 答えになっていない……。俺がロゼリア様を好きだから嫌がらせに噂を流したのか。俺は怒りを抑えるために奥歯を食いしばりこぶしを握り締めた。


「……」


「あの人よりも私の方が美しいわ。本当に愛を捧げる価値があるのは誰か、もう分かったでしょう? ねえ、カルロ?」


 甘えた声に吐き気がする。彼女は俺が自分に膝を突いて崇めるように求婚することをご所望のようだ。そしてそうなることを確信している。衝動的に笑いそうになったが咄嗟に堪えた。だが口角が上がってしまった。彼女はそれを都合のいいように受け取った。クラリッサ様は微笑んで俺が口を開くのを待っている。


「たとえ手が届かなくても私が思いを寄せるのはロゼリア様だけです。あなたではない。私は愛してもいない女に結婚を申し込むような酔狂な真似はできませんよ。ご期待に沿えず申し訳ありません」


「なっ!! カルロ、どうして? なんで私を選ばないの? よくも……恥をかかせたわね……」


 クラリッサ様は怒りに顔を歪めると持っていた扇を俺に向かって投げつけた。まるで子供の癇癪だ。それを軽く躱すと悔しそうに睨みつけ部屋を出て行った。傅かれることが当然の彼女には俺の言動は許せないのだろう。彼女は本当に俺を好きなのか? あれは愛している人間に対する態度じゃない。きっと今までチヤホヤされてきて、そうしない俺を屈服させたいだけだ。もういい加減俺に絡むのをやめて欲しい。マッフェオ公爵令嬢ならば引く手あまただ。もっと相応しい男がいくらでもいる。


 それよりもロゼリア様の噂……。俺のせいだ。俺のせいでロゼリア様が辛い思いをしている。ピガット侯爵子息は彼女を支えてくれているだろうか。そうであって欲しい。本当は俺がロゼリア様を守りたかったのに結果的に苦しめる原因になってしまっている。どうすれば噂を消すことが出来るのか分からず途方に暮れた。


 俺は夜会の警備の時にロゼリア様を探した。会場で噂を囁かれきっと嫌な思いをしている。どう詫びればいいのか、声をかける権利すら自分にはない。ダンスフロアーでロゼリア様を見つけた。ピガット侯爵子息の手を取り楽しそうに踊っている。よかったと思う反面、頬を染める姿に胸が軋んだ。そして自分への激しい憤りと彼女の手を取れない苦しみ、他の男のものだと思い知らされる絶望に胸を掻きむしりたくなる。自分じゃない男を選び微笑む姿を見ることは耐えがたいほどの苦痛だった。


 そっと見守るなど出来そうもない。自分の中にある激情を自覚し苦しみはいっそう深まった。

 先日ロゼリア様は結婚式を挙げた。幸せを願っているがその姿を見続けることが今は耐えられそうにない。クラリッサ様が噂を流すのを止めたが、それでも俺に会いに来るように手紙が来る。それを無視した。


 俺は辺境の地への異動願いを出した。騎士団長であるマッフェオ公爵は仕事上では公私混同をしなかったが、内心クラリッサ様を無下にした俺を不快に思っているようだ。娘を溺愛しているのだからそれも当然だ。それならば俺が王都を離れるのが一番いい。クラリッサ様も興味を失くすだろう。

 異動の打診の結果、辺境伯様も俺の以前の働きぶりを評価してくれていたのであっさりと決まった。幸い辺境伯の騎士団の人たちとは気が合い改めて連絡をすれば大歓迎だと言われた。王都を離れればこの心の痛みもいつか癒えるのだろうか。


 半年後には隊長の地位も返上し引継ぎも終えた。そして明日は辺境へ出発する。団長に挨拶をして屋敷に戻ろうとしたそのとき。

 血相を変えたモンタニーニ公爵家の執事が慌ただしく駆け込んできた。


「何かあったのか?」


「これはジョフレ隊長様。どうか助力を。旦那様が馬車の事故に遭って崖から落ちたとの知らせが!! 捜索隊を!!」


 捲し立てる執事を落ち着かせると話を聞き出した。俺はまず単独でモンタニーニ公爵様が事故に遭った場所に馬で向かうことにした。あとのことは部下に指示をした。公爵様に何かあればロゼリア様が悲しむ。無事を祈りながら一心に馬を走らせた。空が暗くなり始めた頃、狭い農道の真ん中に人が立って大きく手を振っているのが見えた。


「なんだ? 人がいる……」

 

 このままでは危険だ。俺は逸る馬を慌てて止めた。


「危ないじゃないか!」


「頼む。助けてくれ」


 早く気付いたからいいもののなんて危ない真似を。注意しようと見下ろせば、それはモンタニーニ公爵様その人だった。公爵様は焦りを滲ませ必死な形相だ。


「まさか? モンタニーニ公爵様ですか?」


「君は、私を知っているのか?」


「はい。騎士団の隊長をしているカルロ・ジョフレです。公爵様が事故に遭ったと聞いてここに来ました。ご無事でよかった」


 公爵様は無事だった。情報が誤っていたのかもしれない。とにかく王都にお連れすればロゼリア様を安心させることが出来るとホッとした。


「私は大丈夫だ。それよりも娘が大変なんだ。ロゼリアを守らないと。頼む。私を馬に乗せて王都まで連れて行ってくれ!」


 何故ロゼリア様が危険なのだ? だが切羽詰まった公爵様の様子にとにかく王都に戻ることにした。


「ロゼリア様が? 急ぎます。飛ばしますので舌を噛まないように気を付けてください」


 俺は必死に馬を走らせた。胸の中に嫌な予感が湧き起こる。一体何が起こっているんだ。

 深夜になってしまったがなんとか公爵邸に着いた。モンタニーニ公爵様は馬から下りると転がるように屋敷に入って行った。


「ロゼリア! どこだ。ロゼリア!」


 公爵様の叫び声が響く。俺は使用人を探したが誰もいない。馬を労わり公爵様の後を追って屋敷に入って行った。



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