24.叙爵と誤解
俺は紹介状を持ってマッフェオ公爵家の騎士団に見習いとして入団した。
騎士になったあとはマッフェオ公爵家と契約を結んで働いても良し、王国騎士団への試験を受けるのもよしとのことだ。もちろん俺は王国騎士団へ行く。国の騎士団でロゼリア様に恩返しがしたい。
マッフェオ公爵は大らかな人物で平民でも傭兵上がりでも異国人でも実力さえあれば希望者を歓迎してくれる。ドマニが鍛えてくれたおかげで俺はなかなかの実力を見せることができ、正式に騎士となることが出来た。そしてそれなりに遇されるようになった。
マッフェオ公爵家にはお子様が三人いる。嫡男のアロルド様は父親である公爵様によく似た長身で分厚い筋肉に覆われた体躯を持ち、その実力も秀でている。ゆくゆくは次期王国騎士団団長とも目されている。現在はマッフェオ騎士団を取りまとめているが王国騎士団にも所属している。有事の際は王国騎士団を優先することになっている。次男のエドモンド様は公爵夫人似の線の細い優男といった見かけで剣よりペンで己を生かしている。公爵は子供たちの将来は自分で決めさせる方針で騎士であることを強要しない。末っ子のクラリッサ様は可愛らしい方だが甘やかされて育ったせいか我儘なところがある。いい意味で解釈するなら無邪気なのだろう。騎士たちは微笑ましく見ている。
クラリッサ様はロゼリア様と歳が同じだそうだが、二人を比べてしまうとクラリッサ様がとても幼く見えた。いや、ロゼリア様が大人びているのだ。周りはクラリッサ様をお姫様のように持て囃すが私には面倒な令嬢としか感じなかった。正直最初から印象が悪かったのだ。
「カルロって髪も目も真っ黒ね? カラスみたい。ねえ。今までどんな不吉をもたらしたの? 側にいたら悪いことが起きるの?」
「さあ、心当たりはありません」
「ふ~ん?」
クラリッサ様の言動は無邪気というより無神経だと思う。相手がどう感じるか想像しないのか、それとも自分は何を言ってもいいと思っているのか、正直不愉快だった。
取り入るつもりはなかったので殊更無愛想に返した。それなのにクラリッサ様は頻繁に話しかけて来るようになった。どうせ黒目黒髪が珍しいからだろう。そのうち飽きると思っていた。
「カルロって強いのね。みんなが誉めていたわ。私、強い人って好きよ」
満足そうに言うが別にクラリッサ様のために鍛えているわけではない。
「そうですか」
俺はあんたが嫌いだけどなとはさすがに口にはしなかった。順調にマッフェオ騎士団で実力を伸ばし、一年後には王国騎士団の試験に合格した。
「カルロ。たまには顔を出せよ」
アロルド様と互角に打ち合えたことで気に入られ何かと話しかけられる。彼は見た目からは想像できないほど気さくで優しい人物で、人を差別することもなかった。アロルド様は王国騎士団にも顔を出すのですぐに会うことになるだろう。
「ありがとうございます」
王国騎士団に入り訓練に参加して感じたのは何というか戦い方がお上品なのだ。それはマッフェオ公爵家の騎士たちも同じだった。騎士道精神を重んじるらしいが傭兵上がりのカルロからすれば勝つためには手段など選ばない。崇高な考えで死んではたまらない。死んでから誉めそやされても嬉しくない。そう言ったら野蛮だと笑われた。
「騎士は常に正々堂々として清廉でなくてはならない」
「そうか」
ドマニはどんな汚い手を使ってでも生き延びることを優先しろと言っていた。俺もそれが正しいと今でも信じている。言えば喧嘩になるので黙っていた。相手は察知したのか睨んでくる。それでも実力で相手を倒せば黙らせることができた。
騎士になってどうロゼリア様のお役に立てるかは分からないがとにかく強くなることを目指した。
ある日、薬の納品のためにロゼリア様が騎士団の執務室に来ていた。もちろん話しかけることは出来ないので影からそっとその姿を見つめる。十七歳になったロゼリア様は可憐な花のように可愛い。変わらず公爵家の仕事を手伝っている。先日街の警護をしていたときは孤児院や病院を訪問していたのを見かけた。やはり優しい人だ。その一生懸命な姿に自分が側で支えることができたらと一瞬頭を過ったが、平民である自分が彼女の側にいられる方法はない。もし生まれた時の身分があれば、いやそもそも王子と認められていなかったし国を捨てた身ではどうにもならない。それに俺はたぶん王家の血を引いていない。想像すると虚しくなり、頭を振り馬鹿な考えを振り払った。
最近、なぜか王国騎士団の訓練場にクラリッサ様が訪ねてくるようになった。一応、父親に差し入れに来ているということらしい。若い独身の騎士たちは浮かれて騒いでいるが正直邪魔だ。来るたびに騎士たちにお菓子を配っているが俺は受け取らなかった。関わりたくないからだ。
「カルロ。こないだお父様に勝ったそうね。凄いことよ。せっかくだから私も誉めてあげるわ」
「そうですか」
「もう、なんでそっけないの? そこは喜ぶところでしょう? もしかして照れているの?」
「……なぜ?」
話しかけられても全く話が噛み合わず、出来れば放って置いて欲しい。言葉が通じている気がしないが無視するわけにもいかず仕方なく適当に返事をする。
ある時騎士仲間から思わぬ話を聞いた。彼は確か伯爵家の次男だった。
「お前知っているか? 手柄を立てれば一代限りだけど騎士爵が得られる。お前なら実力があるからなんとかなるんじゃないか? 爵位だけじゃなく褒賞金と屋敷ももらえる。もちろん給金も上がるし、うまくすれば貴族令嬢と結婚もできるぞ? クラリッサ様のために頑張ってみたらどうだ?」
「なぜクラリッサ様が関係あるんだ? それより騎士爵を得れば例えば俺でも貴族令嬢に求婚できるのか?」
「そうだけど。それよりお前、クラリッサ様が好きじゃないのか? あんなに可愛いのに? 騎士たちは皆憧れているぞ」
「クラリッサ様のことは正直苦手だ」
「そうか。それなら俺にもチャンスがあるかも知れない」
そういえばこの男はクラリッサ様によく見惚れているな。
それよりも手柄を立てればいいのか……。それが本当なら俺でもロゼリア様に求婚する資格を手にすることが出来るかもしれない。俺はロゼリア様を見かけるようになり自分の気持ちに気付いた。恩人ではあるが同時に恋心も抱いていた。今は遠くからそっと見守ることしか出来ないが、いつかお側に……。叶わぬ想いだという自覚はあるがそれでももしかしたらと思わずにはいられない。だがここは前線ではない。そう簡単に手柄を立てられる機会はない。
以前から辺境では隣国との小競り合いがあったが、昨年から本格的に隣国が挙兵し辺境が激戦になっている。辺境に行って前線に出ることを志願しよう。危険なのは承知の上だ。つい先日もアロルド様が騎士を連れて援護に行った。更に援軍の要請があると聞いた。俺は辺境行きを志願し仲間の騎士たちと出発した。
ちょうど我々が辺境に着いたのはアロルド様が左腕に敵からの毒矢を受け倒れた翌日だった。強い毒だったようで解毒が間に合わず左腕は絶望的だった。
俺たちは辺境伯の指示を受け戦い敵の騎士を退けた。今回志願して来た騎士は平民で俺のように傭兵上がりで戦闘慣れしているものばかりだった。辺境の騎士たちも荒くれ者が多く力を合わせ問答無用で相手を殲滅した。俺は運よく敵の司令官の首を討つことが出来た。そして停戦が合意された。
王都への帰還のときにアロルド様をマッフェオ公爵家へ送っていくことになった。
「情けない……父上にも会わせる顔がないな」
アロルド様は顔色が悪く辛そうだ。食事もあまり摂ることができなかったようですっかりと痩せてしまった。毒の後遺症で体に痺れが残り自由の利かない体になってしまい憔悴している。左腕は壊死してしまった。
「公爵様はきっとご無事を喜ばれますよ。終戦もアロルド様の活躍があってこそです」
「いや……カルロの活躍の足元にも及ばない。ところでお前は騎士爵を望んでいるそうだな。他の騎士から聞いたぞ。どうしてだ? 野心か?」
急に聞かれて面食らう。
「野心というわけでは……。実は思いを寄せている令嬢がいて求婚したいと思っています。平民のままではできません。そのために爵位が欲しいのです」
「求婚か……。前線で危険を冒しても爵位を望むほど惚れているのだな。うまくいくといいな。まずは叙爵か」
「はい。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか? まだ叙爵が決まったわけではないので気が早いのですが、貴族には求婚の作法とかあるのでしょうか?」
俺は自国でも貴族や王族と関わることがなかったので知識がまったくない。この国の貴族についても噂程度だ。叙爵の話を聞いた時に調べたが限界がある。
アロルド様は静かに微笑んでアドバイスをしてくれた。
「そうか。求婚するならば花束を持って行くんじゃないか?」
「花束、ですか?」
「そうだ、意中の令嬢の好きな花か相応しい花がいいな。ああ、その前にまずは令嬢の父君に求婚の許可を貰わないとな」
なるほど。そういえばドマニも結婚を決めた時には花を渡していた気がする。公爵様に許可を貰うのはハードルが高いな。
「ありがとうございます」
「いや。きっとお前なら受けてもらえるだろう」
意味あり気なアロルド様の言葉に首を傾げつつ、きっと励ましてくれたのだろうと受け取った。
戦後処理も落ち着くと俺は功績を認められて叙爵を受けた。ジョフレ伯爵となったのだ。大きくはないが立派な屋敷をもらい褒賞金もかなりの額を受け取った。さらに昇格して隊長になった。責任は重くなったがこれならばロゼリア様に求婚する体裁が整ったと密かに喜んだ。
モンタニーニ公爵様には先日手紙でロゼリア様に求婚したいと伝えてある。返事が来るまで落ち着かない。胃が捻じれそうだ。
アロルド様が徐々に回復していると聞きお礼も兼ねて見舞いに行くことにした。屋敷を訪れればいつになく歓迎されて戸惑った。
「お久しぶりです。お元気そうでよかった」
「ああ、まあそれなりにな」
アロルド様は左腕を失っても前向きに暮らしている。婚約者の令嬢が献身的に支えていた。その二人が並ぶ姿にいつか自分もロゼリア様と並べたらと憧れた。お茶を飲み終えると辞去の挨拶をした。長居をしてはアロルド様のお体に障るだろう。
「今日は私の見舞いだけか?」
「? はい。そうですが、何か他に用がありましたか?」
「いや、いいんだ」
その時ノックもなしに扉が開いた。
「カルロ。来ていたなら私に挨拶をするべきでしょう?」
「おい。クラリッサ。淑女がはしたないぞ」
「だって……」
心の中で舌打ちをした。出来れば会いたくなかった。俺は本当にクラリッサ様が苦手だ。押しつけがましい態度に辟易する。だが立場がある。
「お久しぶりです。クラリッサ様」
「叙爵されたそうね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「……」
「?」
クラリッサ様がもの言いたげに俺を見ている。叙爵されて金が入ったのに手ぶらなのが不満なのか? だが彼女に贈り物をする義理はない。
「カルロは気が利かないのね! もういいわ」
クラリッサ様は頬を膨らませ部屋を出て行った。嵐のように騒がしい人だ。これ以上関わりたくなくてアロルド様に暇を告げた。
「では、失礼します」
「ああ、また来てくれ」
数日後、騎士団で鍛錬中に団長に呼ばれた。
「失礼します」
団長室に入ればマッフェオ公爵様が笑みを浮かべている。そして嬉しそうに口を開く。
「カルロ。我が家にはいつ挨拶に来るんだ?」
「? 何の挨拶でしょうか?」
「もちろん求婚のだ。クラリッサに求婚するんだろう?」
「まさか!! そんなつもりはありません。何か誤解があります」
俺以上に公爵様は困惑している。
「カルロはクラリッサに求婚するために手柄を立てた。それほど爵位を欲していたと聞いた。家格を考えれば騎士爵では少々不足だが、戦であれだけの功績を挙げたのだし、実力のある者は大歓迎だ。だから受け入れるつもりでいた。私としてはアロルドがあんなことになったので、騎士としての実力を持つお前とクラリッサの結婚は賛成だ。何よりクラリッサはお前のことを慕っている」
「クラリッサ様が俺を? 何かの間違いでしょう」
いつも突っかかってくるのを思い出し口が歪んでしまった。どう考えても慕われているとは思えない。俺の反応にマッフェオ公爵様は驚いて目を丸くしている。
「気付いてすらいなかったのか。カルロは一体誰に求婚するつもりでいたのだ?」
「モンタニーニ公爵令嬢です」
「モンタニーニ公爵、ああ、ロゼリア嬢か? 彼女と接点があったのか?」
「騎士になる前はモンタニーニ公爵家の荷の護衛をしていました。ロゼリア様は私の恩人なのです」
マッフェオ公爵は手を額に乗せると天井を見上げた。
「そうか。早とちりか。アロルドの奴め。クラリッサがいつもお前の話をしているから好意を抱いているのは知っていた。だが身分差があるのでクラリッサも自分からこの話を私にはしなかった。今回の叙爵でクラリッサはお前が自分に求婚しに来ると思い込んでいる。アロルドもカルロがクラリッサに求婚するために手柄を立てたと言っていたからてっきり相思相愛だと思い込んでいた」
俺は焦った。冗談じゃない。クラリッサ様に誤解されるような思わせぶりな態度を取った覚えはない。はっきりいって塩対応をしていたつもりだ。それなのに相思相愛とは迷惑だ。
「違います。私はクラリッサ様に対して好意を抱いていません! また誤解をされるような態度を取ったこともありません!」
「おい。そんなに強く否定するなよ。私の娘はそんなに魅力がないのか?」
少しムッとした反応にそういえばこの人もクラリッサ様を溺愛していたことを思い出す。
「私にはロゼリア様以外は考えられません。それにクラリッサ様はいつも私にきつい言葉を言うので私のことを嫌っているのだと思っていました」
「あれは……お前に構って欲しかったんだろう。気を引こうとしただけだ。だが、クラリッサになんて言えばいいのか……」
俺の知ったことか。本当はクラリッサ様のことは嫌いだと言いたいがわざわざマッフェオ公爵様の不興を買うこともないと口をつぐんだ。クラリッサ様は家族全員から甘やかされて自分の願いは必ず叶うと傲慢に振る舞う。家族たちの中ではそれでいいが周りに求めないで欲しい。その考えが好きになれない。あの態度が好きな男に向けるものなら俺は受け入れられない。心が狭いと言われても無理だ。
「私にはどうにもできません。誤解も解けたようですしお話がこれだけでしたら失礼します」
私は厄介ごとから逃げるように執務室をあとにした。後ろからマッフェオ公爵のため息が聞こえたがこの話はこれで終わったはずだと思った。