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23.騎士を志す

 俺に水を飲ませてくれたのはモンタニーニ公爵令嬢ロゼリア様だった。こんなこと使用人にさせればいいのにまだ十四歳のお嬢様は自ら看病して下さった。


「だって大切なお薬を運んでくれて怪我をしたのよ。看病するのは当たり前だわ。おにいさんはゆっくり休んでね」


 ニコニコと俺にスープの入った皿を渡し冷めないうちに食べろと急かす。

 スプーンを動かすと背中が痛み顔を顰めるが、その度にロゼリア様は眉を寄せ心配そうに見守る。何だかその健気な姿に幸せな気持ちになる。純粋に心配してもらったのはどれくらい振りか……。ふと聞いてみた。ロゼリア様なら何となく否定的な返事をしないと思えたからだ。


「ロゼリア様は俺が怖くないんですか?」


 心の底から不思議そうに首を傾げる。


「どうして?」


「俺の髪と目は黒いでしょう? だから」


「とっても綺麗な黒よ? オニキスと同じ色ね。オニキスってパワーストーンで守ってくれる石なの。おにいさんはたくさんの人を守ってくれたわ。ありがとう」


 ニッコリと笑う。本心から綺麗だと思ってくれている。嬉しかった。蔑まれるうちに母さんと同じ色を嫌いになりそうだった。でもその言葉に救われた。目が潤みそうになるのを堪えなくてはならなくなった。


「に、荷の護衛だから当然です。それに普通より高い給金をもらっていますし」


「でもおにいさんが守ってくれたから王都で薬を待っている人のところへ届けられる。病気や怪我をした人が元気になれるのよ。だからおにいさんは王都にいるたくさんの人も守ってくれたの。でも、もう怪我はしないでね」


 なおも必死に言い募る姿は俺を心配してくれるからこそだ。初めて会った人間になんて優しく……。


「っ……」


 護衛の仕事は高い金を受け取っている分命を懸けて当然だと、死んだら運が悪いだけだと言われていた。でも彼女はそうじゃない。俺なんかの命を惜しいと思ってくれている。何よりも黒を不吉じゃない、お守りだと言ってくれた。


「あっ。お勉強の時間! おにいさん、お薬飲んだらちゃんと眠ってね」


「あ、ありがとうございます」


 ロゼリア様は満足そうに頷くと部屋を出て行った。

 俺にとってロゼリア様は可憐で優しい天使のような存在だ。

 いつもなら護衛は別邸で療養するはずだがロゼリア様が心配して本邸で休ませてもらっている。傷が塞がればある程度は動けるようになるので別邸に移動しようとすると、まだ早いとロゼリア様が見張っていた。


 甘えさせてもらいそのまま本邸にいたが、いよいよ回復してきたのでそろそろ領地に戻るべきだろう。ところが、ロゼリア様が「まだ駄目!」と言いその言葉に執事が頷きそのままいさせてもらっていた。だんだん申し訳なくなってくる……。


「トマスがカルロにお礼を言っていました。仕事で領地に戻らなくてはいけなくて直接伝えられずにすまないと」


 執事がトマスからの伝言だと教えてくれた。トマスは俺の意識が戻る前に領地へ発っていた。そういえば責任者のトマスは他の護衛が俺を毛嫌いしても実力主義だからと俺を雇うことを断らなかったし、労ってくれていた。多くの人に冷たくされたからといって親切にしてくれた人を忘れてはいけない。ロゼリア様のおかげでそれに気づくことが出来た。


 俺は目を閉じドマニや今までよくしてくれた人たちを思い浮かべ、静かな気持ちで療養することが出来た。


 ロゼリア様は勉強の合間に顔を出しては他愛もない話をする。どんな花が咲いたとか、お菓子が美味しかったとか。楽しそうに振る舞うがどこか寂しそうだ。きっとお母様が亡くなっている上に父親であるモンタニーニ公爵様が領地にいて屋敷に一人で過ごさねばならないからだろう。


「おにいさんもお母様がいないの?」


「そうです」


「会いたい?」


「そうですね。出来ることなら会いたいです」


「私もお母様に会いたいわ。でもお母様のお話をするとお父様が悲しそうになるから駄目なの」


 しょんぼりと告げる言葉は幼いながらに親を気遣うものだった。俺が母を亡くしたのは十二歳だったがロゼリア様はもっと幼い頃だそうだ。記憶から薄れていく母親を忘れたくなくて、一生懸命俺に思い出話をする姿に切なくなる。モンタニーニ公爵様は領民にとても心を砕いて慕われている。その気持ちを何故ロゼリア様にも向けて下さらないのかと腹立たしくなった。彼女はたぶん見知らぬ俺だから胸の内を口にすることが出来るのだ。普段は幼いながらに貴族令嬢らしく振る舞おうと心掛けている。そんなロゼリア様の慰めになれているとしたら俺にとっては本望だ。

 

 仲良く話をするがロゼリア様は俺を名前で呼ばなかったし俺もそのことについて触れなかった。彼女はじきに俺がここを去るから寂しくならないように心の距離を取っている。俺は身分の差を忘れない戒めのために一線を引く意味で「おにいさん」のままでいた。体も回復した頃、執事に話があると言われた。


「騎士か文官に?」


「ええ。カルロは読み書きや知識に問題はなさそうですし、護衛の実績を考えれば騎士も目指せます。十八歳ならどちらの試験も受けることが出来ます。護衛の仕事よりも給料は下がりますが長期的に見たらいい話だと思います。よければ推薦状を用意しましょう」


 実力で文官または騎士になれば異国人でも身元が確かだと判断される。差別はなくならなくても自分自身の地盤が出来る。


「ありがたいお話ですが、なぜ俺に?」


「ロゼリア様が護衛を続けてカルロがまた怪我をするかもしれないと心配しています。それと私個人としてはロゼリア様が楽しそうに笑う姿を久しぶりに見ることが出来たお礼です。旦那様がいないときは私の采配で推薦状を出すことを許されています。何よりもロゼリア様の意向ですから」


「それなら騎士に。いつかロゼリア様を守れる騎士になりたいです」


 そう返事をすると執事は目を柔らかく細めひとつ頷いた。


「そうですか。ならば最初から王国騎士団ではなくマッフェオ公爵様のところへの紹介状を用意しましょう。マッフェオ公爵様は騎士団長ですが、公爵家の自兵も強く、また待遇もいいと聞きます。まずはそちらで鍛えてから王国騎士団の試験を受けるのがいいでしょう」


 現在、辺境で隣国との小競り合いがある。王国騎士団に入ると有無を言わさず辺境に行かされる可能性があることを心配してくれたようだ。マッフェオ公爵家ならば実力が不確かな者を実践には投入しないそうだ。


「ありがとうございます」


 紹介状があるのとないのでは大違いだ。それもモンタニーニ公爵家からのだ。心遣いに感謝し俺は腰を折り頭を下げた。母を亡くしドマニに感謝しながらも流されるように漠然と生きて来た。目的もなくただ生きていた。だけどこの瞬間、いつかロゼリア様をお守りできる騎士になりたいという夢が出来た。俺は無意識に母のペンダントを握りしめていた。




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