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22.新天地

 ドマニは母さんの葬儀すべてを取り仕切ってくれた。この海の見える国では独特の木葬をする。墓地として決められた区画の中に一定間隔に木が植えてある。その根元に亡骸を埋め大地に還す。もしも身寄りがなくて誰もその人に花を供えなくても、季節が廻り木に花が咲きそれが美しく香り亡き人に手向けられる。木に実がなると鳥や動物がそこを訪れる。その姿や声があれば故人が寂しくない。そして命が大地に還り巡っていく。


 埋葬の時には宿の人や食堂の主が立ち会ってくれた。この国の人は俺たちに優しかった。葬儀が終わるとドマニはすぐに出発すると告げた。どうやら急いで故郷に戻りたいらしい。俺の旅の費用はすでに母さんから受け取っているそうだ。母さんは完璧な準備をしていた。俺は大事に守られるだけだったことが悔しい。親孝行もできずハリルとの約束も守れなかった。ドマニの故郷へは船に乗り海を渡る。


「これから俺の国に向かう。妹が原因不明の病で薬を待っている。結婚式を控えていたのに二か月前に倒れたんだ。どうしても助けてやりたくて薬を探し求めていた。旅で出会ったある薬師にこの国になら薬があると聞いてきた。だが探し回ってもその薬が見つからなかった。手掛かりがなく途方に暮れていたところでお前たちに会った。ラティーファは薬が手に入る場所を教えてくれた。だから約束は果たす」


「お願いします」


 俺は頭を下げた。ドマニは無口で無愛想だが誠実な男だ。なんだかんだと面倒見がいいと思う。母さんが信じた人を俺も信じた。


「カルロ。ラティーファにはお前が独り立ちできるように手を貸して欲しいと頼まれた。俺は傭兵をしている。戦うことしか能がない。だからお前を鍛える」


 言葉通りドマニは俺を鍛えるためにまずは基礎体力を付けろと船の上でトレーニングを課した。彼自身もなまらないようにと一緒にやりながらの手ほどきはなかなかに厳しい。


 ドマニの生まれた国に着くと馬車を何回も乗り換えて小さな村に着いた。国の端にある村はあまり外との交流がないのでよそ者を嫌う。ドマニが一緒でなければ滞在を拒まれたかもしれない。


「小さな村だから警戒心が強い。以前旅人が休ませてくれと言って泥棒を働いたことがあるからな」


 ドマニはすぐに妹さんに薬を飲ませた。しばらくすると妹さんは回復し、無事に結婚式を挙げた。村人は俺を敬遠するがドマニの家族は恩人の息子だと何かと世話を焼いてくれた。


 基本的にドマニはどんな時もニコリともしない。村の中では無愛想なのは周知の事実で不機嫌だと誤解する者はいない。どちらかといえば慕われている。不器用だが優しいからだ。俺のことだって薬を手に入れたあと見捨てることも出来たのにそうしない。ドマニは傭兵としての腕前はかなりのもので体術剣術を叩きこまれた。


「どんな汚い手を使っても生き残れ。無理だと思ったら逃げろ」


 ドマニは見栄を張って死ぬよりも馬鹿にされても逃げて生きろという。


「分かった」


 生傷が絶えずきつい訓練だったが強くなっていく実感が得られるのは喜びだった。ドマニに言わせると俺は剣術の才能があるそうだ。体術もセンスがあると誉められた。村に滞在中は彼と近隣の街に行き一緒に護衛の仕事をした。彼が一緒だと心強い。ドマニに俺を託してくれた母さんに心から感謝した。もちろん引きうけてくれたドマニにも。


 二年が経った頃ドマニが村を出ると言い出した。村からかなり離れた場所のモンタニーニ公爵領に移動すると。


「モンタニーニ公爵領から王都に運ぶ荷の護衛の仕事がある。他の護衛の仕事よりもかなり給金がいい。荷が高価だからな。その分危険はあるが」


「モンタニーニ?……」


 確かにここにずっといる訳にもいかない。村には仕事がないので皆出稼ぎに行く。ドマニもずっと外で仕事を請け負ってきたが久しぶりに家族で過ごしたかったからと村にいた。でも本当は俺を鍛えるためにここにいたのだ。前に一度謝ったら「俺は腕利きの護衛で貯えもある。ガキは余計な気を遣うな」と頭をわしゃわしゃされた。

 そろそろ大きな護衛の仕事を一緒に受けられるくらいには俺は上達したのかもしれない。彼の足を引っ張らないようにしよう。


 モンタニーニ公爵領は広大で豊かだった。それを象徴するように領民は皆笑顔だ。整備された道、商店街は賑わい治安もいい。領内では複数の薬草農園がありこの土地では独特の匂いがする。


 領内の薬草園はすべてモンタニーニ公爵家に納品する。金額は保障されている。もしも天候のせいで不作でも補償金が支給される。逆にたくさん生産できても値崩れしないようになっている。


 荷の運搬とその護衛の仕事は領主がすべてを管理している。他の護衛よりはるかに給金がいい。さらに王都までの往復の宿も食事もしっかりと提供される。人気の仕事ではあるが王都までの道で賊に襲われる可能性が大きく危険だ。あと雇う際には身辺調査をされる。護衛になりすまし荷を狙うやつもいるからだ。俺はドマニが保証人になることで雇ってもらえた。ドマニは信頼されていた。そして同行して初日に早速洗礼を受けた。賊の襲撃を受けた。激しい応酬にドマニが助けてくれなければ危なかった。このとき俺は初めて人を切った。その恐怖はこれから先も忘れないだろう。王都に着くとモンタニーニ公爵家の別棟で労われた。


「すごい……荷運びの護衛でこれだけよくしてくれるなんて……」


「カルロ。これを当たり前だと思うなよ。普通は護衛なんて使い捨てだ。モンタニーニ公爵様が特別なんだ」


「ああ」


 言われなくても理解しているが平民や使用人を大事にする貴族がいることに酷く驚いた。旅でいろいろな国へ行ったが多少の差はあるがどこも身分制度は厳しい。

 本邸には小さなお嬢様がいらっしゃるそうだが人見知りらしくこちらには来ない。ある時壁から顔を覗かせてこちらをじっと見ている姿を見かけた。恥ずかしがり屋なのかもしれない。なんとも可愛らしい。

 俺はドマニに鍛えられながら数年間をその仕事で暮らした。


「今年から行くのをやめる?」


「ああ、所帯を持つことにした。ここで店でも始めるつもりだ。だから傭兵も護衛も引退する」


 ドマニの顔が赤く染まっている。珍しく照れているようで、その姿をポカンと見た。

 彼はモンタニーニ公爵領内に住む女性と酒場で意気投合し求婚し受け入れてもらえたそうだ。その女性はなかなかの酒豪でドマニが飲み比べで負けて、そこに惹かれたらしい……。


 結婚後は食堂を始めるという。ドマニは器用で確かに料理が上手い。味だけなら繁盛するだろうが無愛想で強面の店主って……。ドマニが「いらっしゃいませ」というのを想像して吹き出して笑ってしまった。ドマニにじろりと睨まれた。でも紹介してもらった奥さんとなる人はしっかり者の気立てのいい女性だから大丈夫だろう。


「おめでとう」


 彼には幸せになって欲しい。彼がいなければ俺は今頃どうなっていたのか。恩人だ。お祝いは何がいいだろうか。するとドマニが口ごもる。何かを言いたそうにしているが珍しく歯切れが悪い。首をかしげてなんだと問う。


「よければカルロも一緒に手伝わないか? 俺にとってお前はもう弟同然だ。護衛の仕事は危険が多い。どうだ?」


 照れくさそうな姿に俺は驚いて固まった。そして胸の奥からじわりと温かいものが広がる。家族……なんて温かな言葉なんだ。


「ありがとう。さすがに新婚の邪魔をするつもりはないよ。俺はもうしばらく護衛で稼ぐつもりだ。でもこっちに戻った時に顔を出すから」


 俺は十八歳だ。独り立ちしてもいいはずだ。


「そうか。分かった。必ず寄れよ」


 ドマニは少しだけ寂しそうな顔をした。彼の気持ちがありがたく嬉しかった。


 その後、一人で護衛の仕事に参加したがドマニの存在の大きさを思い知らされることになる。俺の髪と瞳の色はこの国では珍しく真っ黒だ。気持ち悪がる人間も多い。ドマニと一緒の時には態度に出されたことがなくて忘れていたが、カラスと同じ色で不幸を招くと忌み嫌われる。それでも護衛の腕は信用されているらしく責任者のトマスさんは雇ってくれた。今まではドマニと楽しく過ごした道行きも仲間たちに遠巻きにされ一人で過ごす。俺は改めて異国人だと思い知らされる。酷い嫌がらせがないだけましだと言い聞かせるが心は冷えていく。


「どうしたらそんな真っ黒な色で生まれてくるんだ?」


「お前、呪われてるんじゃないのか? 俺らにうつすなよ」


 ドマニは一度だって俺を貶めるようなことは言わなかった。だけどこの反応が普通なのだろう。ただ色が違うことがそれほど悪いことなのか?

 他人と話すことが少なくなっていくと、いつのまにか心はささくれ立って捻くれていく。


 それでも生きる為に働かなくてはならない。今の俺に出来ることはこれだけだ。再び荷の護衛で王都に向かった。無事に王都に入れると安心していたその時、大人数の賊から襲撃を受けた。敵はかなり腕が立ち異国語をしゃべっていた。応戦するも他の護衛たちは切られ厳しい状態だ。荷の責任者が襲撃直後に救援の早馬を出していたから運が良ければ生き残れるかもしれない。加勢の騎士が来るまで持ちこたえられるだろうか?


 王都に近かったこともあり応援の騎士は早く着いた。たぶん近いところで待機していたのだろう。その姿が見え安堵した時にトマスが賊に切られそうになり咄嗟に突き飛ばして庇った。持っていた剣は折れて使い物にならなかった。背中を向けたせいで大きく切られたが落ちていた剣を拾い何とか相手を始末した。そして意識を失った。





 背中が熱い。背中だけじゃない。体中が燃えるように熱い。喉が渇いた。誰か水をくれ。


「お水よ。お口を開けて。頑張って飲んで」


 少し甲高い可愛らしい女の子の声が聞こえる。天使か。俺は死んだのか? 瞼は重く開くことは出来ないが口元に何かが当たった。たぶん吸い飲みだ。必死に口を開き水を飲む。冷たくてうまい。もっと。


「はい。どうぞ」


 飲み終わると大仕事を終えたように眠りについた。




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