19.計画通り(ステファノ)
誤字脱字報告本当にありがとうございます。大変助かっています。
バシン!
父に頬を強く殴られた。頬はすぐに熱を持ち酷く痛む。腹は立つが言い返すことは出来ない。
私はステファノ。ピガット侯爵家の次男だ。顔は母に似て綺麗だと子供の頃からチヤホヤされてきた。母は美しいものが好きで家には宝石はもちろん絵画や美術品が多くある。父は母に甘く散財を許しているが息子には厳しかった。自分を着飾り趣味を充実させるには金が要る。友人に誘われた初めてのカジノで大儲けをしてから病みつきになった。わずかな資金で大金が手に入る。といっても大儲け出来たのは最初の数回だけだった。それでもまた勝てるはずだと足繁く通った。軍資金が足りず借金をしたが返済までに取り戻せずやむなく職場の金を少しだけ借りた。見つかる前に儲けて戻すつもりだったが、負けに負けまくって金が戻せずとうとう発覚してしまった。結果、王宮の文官をクビになった。
「お前の不祥事はピガット侯爵家に影響する。もっと弁えろ。今回はもみ消したが次はない。しばらくは外出を控えろ。それと自分で婿入り先を探してこい。見つからなければ追い出すからな!」
父は吐き捨てると部屋を出て行った。真面目に働くなど馬鹿らしい。カジノで儲ければ働く必要などない。ギャンブルで楽しんで金が手に入る。毎日あくせく仕事に追われるなどぞっとする。
とにかく婿入り先を探さないと。今回父は本気で怒っている。このままでは家を追い出され路頭に迷う。父はいくつかの家に婚約の打診をしたがすべて断られている。私を袖にするなど阿呆だと思ったが、カジノ通いがバレている可能性もある。カジノそのものは貴族の嗜みとして認められているから大丈夫なはずだが……。
私は相手を考えた。それなりに金のある高位貴族の令嬢。気が弱くいいなりになりそうなら尚いい。選んだのはモンタニーニ公爵家の娘ロゼリアだ。不美人ではないが地味な装いでパッとしない。それでも家名や財産を考えればプラスだろう。
私はロゼリアを手に入れるための手段を考えた。男慣れしていない女は小説のような出会いに憧れる。すぐに堕ちるだろう。まずはモンタニーニ公爵家の御者を買収した。その男とはカジノでよく顔を合わせる。高額な報酬をちらつかせれば簡単に取り込めた。
次にロゼリアを心理的に誘導できる侍女としてジェンナを送りこんだ。そのためにもといたロゼリア付きの侍女を辞めさせようと結婚詐欺をしている男に声をかけてその侍女を誘惑させた。辞めさせた侍女の後始末は詐欺師に一任した。相当な額を巻き上げたそうだから生かしてはおけないだろうな。
上手くいき、侍女の募集が出たところでジェンナを捻じ込む。そのことを父に相談したらしっかりとした紹介状を用意してくれた。モンタニーニ公爵家は薬の特許を多数保有している。縁続きになればメリットが大きい。父にとってもこれ以上にないいい話だ。ジェンナはロゼリアの信頼を得て予定を聞き出した。御者には外出の際に路地裏に向かうように誘導させる。破落戸を雇い襲わせそこに助けにいけば感謝し私に惚れるだろう。それをきっかけに近づき結婚まで持ち込めばいい。
ジェンナは可愛い顔をしている。もとは子爵家の娘だが没落して私付きの侍女になった。貴族令嬢と付き合えば贈り物などで金がかかるがジェンナには必要ない。ちょうどいい遊び相手になると誘った。
「宝石が欲しい?」
生意気だと思ったが公に出来ない関係だから受け入れた。立派な宝石である必要はない。小さなもので十分だ。
「まあ、そのくらいならいいか」
最初、ロゼリアを誘惑する準備のためにモンタニーニ公爵家に侍女に行けと言えば嫌がった。ジェンナは私に惚れている。悋気とは可愛い所があるが所詮は平民だ。いずれ愛人にして屋敷や宝石を与えてやると言えば頷いた。ジェンナは貴族に戻りたがっている。つけ入るのは簡単だった。
計画はうまくいった。男慣れしていないロゼリアを惚れさせるのは造作もない。モンタニーニ公爵は私を婿に迎えることに不満がありそうだが、彼女が説得し無事に婚約することができた。
婚約後に社交界に出るとロゼリアは遠巻きにされていた。彼女にはよからぬ噂があった。「散財好きで、男性の友人関係にだらしない。使用人に理不尽に厳しい」どれも事実無根だと知っている。ロゼリアには男の付き合いはない。だからこそ私が婚約者になれたのだから。それに使用人にも慕われている。そして倹約家だ。噂の出どころを調べればマッフェオ公爵令嬢クラリッサの仕業だと分かった。この国の騎士団長の愛娘が一体なぜ? 家同士が仲たがいしている訳でもないようだし、クラリッサは可憐で人気だ。ロゼリアに対して嫉妬やライバル心を抱くとも思えない。攻撃的な噂を流す理由は分からない。でもちょうどよかった。私がその噂からロゼリアを守るように振る舞えば社交界での評判も上がる。その後、私たちが結婚するとクラリッサは噂を流すのを止めた。何がしたいのか不明だがそれ以上の詮索は不要だと判断した。色々なタイミングが良かったのでロゼリアは私のおかげだと感謝していた。まんざらでもなかった。
結婚生活は私の期待していたものではなかった。資産家の公爵家でありながら質素すぎる。家具や絵画などの美術品にあまり金をかけない。仕事や慈善活動を重視しパーティーなどに興味を示さない。ガッカリだった。思い描いていた華やかな生活は出来なかった。モンタニーニ公爵は私やロゼリアの毎月使えるお金をきっちり管理していた。実家にいたときよりは多いが私が望んでいたものをはるかに下回る。
それでも商人を呼び私に相応しい衣服や家具を注文すればロゼリアに使い過ぎだと窘められる。高位貴族のくせになんともけち臭い。倹約家などみっともないことだ。
憂さ晴らしにカジノに行ったが派手に負けてしまった。オーナーは私が公爵家に婿入りしたからと大金を貸してくれたが更に負け続けた。しばらくすると金を返すように再三連絡が来るようになった。
「このままではまずい。金が要る」
公爵家には唸るほど金があるのに私の自由にならない。これほどもどかしいことはない。ならば自分で手に入れるしかない。それには私には味方が足りない。執事や使用人は公爵やロゼリアに従順で取り込めそうな人間はいなかった。今私の手駒はジェンナと御者だけだ。闇カジノのオーナーが手を貸してくれると申し出てくれた。
「公爵様とロゼリア様を排除すればすべてがステファノ様のものですよ。これからもご贔屓して頂くために力添えをしましょう」
「助かるよ」
闇カジノのオーナーは殺し屋の手配をしてくれた。さらに私は父にも協力を求めた。モンタニーニ公爵家の当主に私が就けば薬草販売の特許を利用できるようになる。父は喜んで金と毒を送ってくれた。
結婚して半年。計画を実行するのは少し早いかと思ったが借金を考えると一刻も早く実行したい。
準備を整えチャンスの時を静かに待つ。そしてとうとうその時が来た。公爵が領地に行くことになった。通常は殆ど領地にいると聞いていたのに結婚後はずっと王都にいた。どうやら私を監視していたようだ。私が疑われずに公爵が遠出をする時を待っていたのだ。
運命は私の味方をした。
御者に金を渡し指示を出す。公爵を油断させ眠らせ、そして森へと移動するようにと。公爵が領地から王都に戻る時に殺し屋に馬車を崖から落とさせる。証拠など簡単には見つからない。最後に御者を忘れずに始末することも伝えた。
あとは毒だ。公爵の事故の連絡が来たらロゼリアに飲ませる。公爵の捜索に人を割いて屋敷の中から使用人を減らしたときに、毒を飲ませる。そしてすぐにロゼリアの葬儀を済ませてしまえばいい。葬儀の手配の準備はあらかじめ父に頼んでおいた。準備万端だと思った計画実行直前、ジェンナがとんでもないことを言い出した。
「ステファノ。子供が出来たみたいなの」
「えっ?!」
ジェンナがお腹に手を当て誇らしそうに言う。まさか避妊に失敗するとはしくじった。ジェンナは元子爵令嬢とはいえ没落した今はただの平民で使用人だ。愛人ならともかく妻に迎える気はない。結婚してやるとは言ったが協力させるための嘘で本気ではなかった。だが結婚を否定すればこのことをばらされるかもしれない。私は妊娠を喜んでいる振りをした。いずれは始末しなければならないだろう。
公爵が領地に出発してからの一週間、私は高揚し気分がよかった。殊更ロゼリアに優しくした。外出も控え仕事に専念する。
そして待ちに待った公爵が事故に遭ったとの連絡が来た。執事には直接騎士団に捜索依頼をしに行くように伝える。他の使用人はあらかじめ休暇を与えるか、または遠方の仕事で外出させてある。これで今屋敷には私とジェンナ、そしてロゼリアだけだ。
ああ、すべてが順調だ。ショックで倒れるロゼリアを励ます。ジェンナが紅茶を持ってきた。シュガーポットには毒入りの角砂糖が入っている。彼女は普段砂糖を入れないが私はあえて二個入れた。父には一個で十分だと言われていたが確実にやり遂げなければならない。体を支え甲斐甲斐しく世話をしながら飲ませてやる。
毒はすぐに効いた。ロゼリアの顔色はみるみる悪くなり咳き込んだ瞬間に血を吐いた。体を震わせ呆然としている。
「なっ……ゴホッツ、ゴッホッ……」
ロゼリアが助けを求めるように真っ赤に染まった手を伸ばす。私はそれを避けて立ち上がる。服が汚れてしまうじゃないか。隣にジェンナが寄り添う。その肩を抱けばロゼリアが顔を引き攣らせ理解できないという表情を浮かべた。私は愉快でたまらない。
「あとのことは心配いらない。だから安心して死んでくれ。ロゼリアはこのまま義父上のもとに行くんだ。よろしく伝えてくれ。これでこのモンタニーニ公爵家のすべては私のものだ」
そうだ。ロゼリアは何の憂いも残さず安心して死んでくれ。私に富と権力を与えてくれたことに感謝し、最後に優しく笑いかけた。
「まあ、ステファノ。あなただけの公爵家じゃないでしょう? 私たち三人のものよ。私が公爵夫人でこの子が跡継ぎ。夢のようね」
「ああ、そうだな」
認知するつもりはない。お前と結婚するつもりもない。ジェンナには今だけ夢を見せてやろう。
「ど、どう……し……て……」
「ねえ、奥様。あなたにはこの子のためにいなくなってもらわなくては困るのです。ふふふ。大丈夫ですよ。私、きっと立派な公爵夫人になってみせますから」
ロゼリアが再び大量に血を吐き咽ながら仰向けになる。苦しそうに首を掻きむしっている。そして痙攣すると動きが止まり静かになった。
「ああ! やったぞ! 金も地位もすべてを手に入れた。これで邪魔者はいなくなった。何もかも上手くいった。あはははは――」
私が人生に勝った瞬間だった。