11.回避
今後のことを考えるために目を瞑り思考を巡らす。前回のことは参考にしているが、二回目はすでに一回目と違うことが多くなってきた。そうなると今後の出来事も変わってしまうかもしれない。前回はカルロに求婚されるどころか再会もしていなかった。いい方向へ進んでいると信じたいが警戒はしておこう。
そういえば先月、私付きの侍女スザナが結婚退職を伝えてきた。夫となる人の都合で急なことで申し訳ないが今月末で辞めたいと謝っていた。寂しいが仕方がない。おめでたいことなので快く送り出さなくては。これは前回もあったことだ。そうだ。それで新しい侍女を募集して――。
執事が次の侍女の募集をかけたら早速申し込みが来ているので経歴書に目を通して欲しいと言われていた。前回と同じならジェンナが申し込んでくるはずだ。あのとき私は応募者の中から一番年齢の近い有能そうな彼女を採用した。
今回は……。私はベッドから立ち上がると机の上に置かれている封筒から数人の経歴書を確認する。するとやはりジェンナのものがあった。私の手は恐怖で震えていた。紹介状が添えてある。ピガット侯爵夫人……ステファノのお母様だ。ジェンナは偶然じゃなく意図的に我が家にきた可能性がある。それならば二人の関係は私が考えているよりもずっと前からなのか。
ジェンナは丸顔の可愛らしい、そして明るくてはきはきとした女性だった。スタイルも良く女性らしい魅力にあふれていた。物事をはっきりいうところが羨ましくもあり、だからこそ信頼してしまった。とにかく彼女は雇わない。執事に断るように言っておこう。他の候補者の中から検討すればいい。
ノックの音に入室を許可する。
「お嬢様。お話があります。お時間を頂けますか?」
「ええ。もちろんよ。スザナ、どうしたの? 目が真っ赤よ。大丈夫?」
スザナは結婚の準備で今週いっぱい休みだったはず。彼女は目を真っ赤にしている。表情は暗く苦しそうだ。結婚の報告に来たときはあんなに幸せそうだったのに、相手の人と喧嘩でもしてしまったのかしら。
「お願いがあります。このままお嬢様の侍女を続けさせてください。勝手なことは承知しております。急に辞めるとかやっぱり続けたいとか、我儘なことは分かっています。ですがどうかお願いします」
私は困惑した。一体彼女に何があったというのか。
「もちろんスザナがここにいてくれたら私は嬉しいわ。でも結婚するのでしょう? 旦那様の都合で王都を離れる予定だったはずなのに大丈夫なの?」
スザナは今、モンタニーニ公爵家の使用人用の棟に住んでいる。結婚後は屋敷に近い所に住めそうなら通いで来て欲しかったが、結婚相手の男性が王都の外の仕事に行くことになったと聞いて諦めたのだ。
「そ、そ、それが、あの、男は詐欺師だったのです! 騙されていたのです……。私、結婚詐欺にあって……。あの男が昨日騎士団に捕まって、私以外にも被害者が何人もいて……。こ、殺されてしまった女性もいたそうで……うっ、う……う……」
スザナが堪えきれずにしゃがみ込み泣き出した。私は慌てて駆け寄り彼女を抱き締めた。
「ひどいわ! 許せない。ねえ、スザナは家族同然よ。だから遠慮しないでここにいて。私はあなたがいてくれたらとっても嬉しいわ。それにしても詐欺なんて酷い。でも結婚する前に分かってよかった」
「……グズッ。はい……。結婚する前で本当によかった。でも貸したお金は取り戻せそうもないみたいです。彼が困っているって聞いてかなりの額を貸してしまったのです。だから仕事がなくなると困ってしまう……。執事さんも旦那様もお嬢様がいいとおっしゃったらそのまま雇って下さるって……」
高い勉強代になってしまったと気丈に眉を下げる姿が痛々しい。
「もちろんよ。それにスザナには力を貸して欲しいことがあるの」
スザナは顔を上げると「力?」と首を傾げた。傷ついているスザナに相談するのは無神経のようだし酷かもしれないが他に頼れる人がいない。申し訳ない気持ちになりながら正直に話した。
「ええ、これから婚約を前提に会う約束をした人がいるのだけど、その、お洋服とか髪型の相談に乗って欲しくて。いいかしら?」
スザナの顔がぱあと明るくなった。
「まあ、まあ、まあ! やっとお嬢様がお洒落に目覚めたのですね! 私、泣いている場合ではありませんでした。お任せくださいませ。それと求婚の顔合わせのお話は先程執事さんから聞きました。お相手のことも! ジョフレ伯爵様だそうですね! 私は賛成です。だって詐欺師を捕まえてくれたのはあの方なのです。私にとっては恩人ですもの」
「まあ、カルロが? あっ……ジョフレ伯爵様だったわ」
つい、昔のようにカルロと呼びそうになってしまう。
「私もびっくりしてしまいました。あの大怪我をした青年が騎士になってさらには伯爵様になってお嬢様に求婚するなんて!! でも彼は騎士団の中でも有能で評判がいいようですよ。もちろん叙爵されるほどの手柄を立てたのだから当然ですね。それもお嬢さまに求婚するためになんて素敵です」
カルロとのことを後押ししてくれる人がまた一人増えた。心強い。
「私、全力でお嬢様を美しく磨きます!!」
スザナの目が生き生きと輝きだした。そうだ。彼女はいつだって私を優先してくれていた。私は彼女への感謝の気持ちを新たにした。いずれスザナの心の傷が癒えたら素敵な人がいないかお父様に相談してみよう。
スザナが残ってくれることになり、侍女の募集は取り下げた。執事によるとジェンナだけが執拗に追加募集がないかと食い下がって来たがきっぱりと断ったそうだ。そこまでして我が家で働きたいというのは何か意図がありそうな気がして胸の中に不安がよぎる。
ピガット侯爵家でも待遇に問題はないはず。我が家にこだわるのは怪しいと思わざるを得ない。彼女が怖い。裏切られる悲しみをもう味わいたくない。
そういえば前回のスザナの結婚相手も今回と同じ詐欺師だった可能性があることに気付いた。その人にもお祝いを伝えたいので紹介して欲しいと頼んだが彼は極度の照れ屋で申し訳ないが遠慮させてほしいと言っていた。スザナからは辞めたあと一度も連絡がなかった。必ず手紙をくれると言っていたのでずっと待っていたのに。でもきっと新婚で忙しくまた幸せで連絡がないだけだと思っていた。思い返せば不自然なことばかりだ。もしも前回も詐欺師に騙されていたのなら、スザナは無事だったのか……。もちろんどれだけ心配しても確かめることは出来ない。
とにかくスザナが騙されてしまったことは悲しいけれど無事でよかった。
今回私はスザナという心強い味方がいてくれることで前回の苦しみの要因を一つ消すことが出来たと確信した。




