10.顔合わせ
当日、目の前に現れたのは少し日焼けをした長身で精悍な顔立ちの逞しい男性だった。いかにも騎士様といった強そうな雰囲気だ。
既視感のある黒――。
男性は漆黒の髪を撫でつけている。服は正式な黒い軍服姿だった。祭典などの時に着用するもので胸元にはいくつもの勲章が下がっている。彼がどれだけの功績を上げたのかが窺える。その漆黒の髪と瞳に私の中から懐かしい記憶が一瞬で甦る。あのとき綺麗だと思った吸い込まれそうな瞳が私をまっすぐに見つめている。この国では珍しいオニキスのような髪と瞳。この色を持つ人を私は一人しか知らない。
「まさか……カルロ? お父様、ジョフレ伯爵とはカルロのことなのですか?」
隣に座っているお父様は呆然とする私に茶目っ気いっぱいにウインクをした。
「カルロはお前の騎士になるという約束を果たすために、戦争で功績を上げた。そしてロゼリアに求婚する許しが欲しいと言ってきたから了承した。もっとも許したのは申し込むことだけだが。それを受け入れるかどうかはロゼリア次第だ」
私は口をはくはくとさせた。驚きに言葉が出ない。だってもう会うことはないと思っていた人が目の前にいる。
カルロを見れば真剣な表情だ。別れ間際に私の騎士になるというのはプロポーズのことだったの?! 彼は私を好いてくれているの? ああ、でも待って! きっと看病をしたことを感謝しプロポーズで恩を返そうとしてくれているのかもしれない。でも普通は結婚まではしないはず。ぐるぐると思考を巡らすうちにわけが分からなくなってしまった。
「ロゼリア。そんなに考えなくても大丈夫だ。この話を聞いてどう思った?」
「嬉しい……」
考えるよりも先にするりと言葉が唇からこぼれる。
「そうか。では二人で話をしてから考えなさい」
「はい。あの……お父様は賛成なのですか?」
「ロゼリアに言っていなかったがカルロが騎士団に入ってから定期的に手紙をもらっていた。必ず爵位を手に入れるからロゼリアの婚約者を決めないで欲しいと熱心にな。まだお前は十四歳だったからカルロも本気なのかどうか判断がつきかねたが、とうとう爵位を手に入れて正式に申し込んできた。私は身分や家の利益は気にしていない。もちろん出自もだ。ロゼリアを幸せにできるかどうかだけが重要だ。カルロは本気だ。そこまでお前のことを思ってくれる男なら許してもいい。それに彼のことは調べたが浮ついたこともなく特に問題はなかった。だからお前が好きだと思えば受け入れればいいし、嫌だと思ったら断りなさい」
「はい……」
私のために騎士団に入ったの? ずっと想っていてくれた? 想像すると胸がドキドキする。でもそれなら前もって教えて欲しかった。頬を膨らませお父様を見るとしたり顔で笑っている。なんだか悔しい。お父様は私の肩をポンと叩いてから部屋を出て行った。カルロと二人きりなので扉は少しだけ開いている。
三年前、私の中のカルロは少年ではないが大人の男性でもなかった。でも今、目の前の彼は立派な大人の魅力的な男性で、これは予想していなかったのでたじろいでしまう。確かにカルロだと分かっているのに知らない人のようにも思える。カルロの目に私は大人の淑女に見えているだろうか。彼が立派すぎて不安になってしまう。
カルロは切れ長の目を柔らかく細め笑みを浮かべた。
「今日はお時間をいただきありがとうございます。お会いできて光栄です。ロゼリア嬢にこれを」
カルロが私に差し出したのは白薔薇の大きな花束だ。抱えきれないほど大きい。緊張しながらも両手で受け取ると優しい香りが私を包む。
「ありがとうございます」
男性から花束を貰うのは初めてだ。嬉しくてたまらない。堪能したあとは後ろに控えるスザナに渡し花瓶に活けるように頼む。
カルロの丁寧な言葉遣いと態度は正しいことだが少し寂しい。昔のように打ち解けて話がしたい。でも貴族同士ならばたとえ屋敷の中でも体面を重視しなければならないのだ。
改めて正面に座るカルロを見た。顔には傷があるがそれが凛々しさを引き立てている。表情は自信に溢れていて色気が漂い目のやり場に困ってしまう。
「ロゼリア嬢。あなたが好きです。たとえ騎士爵を得ても身分はあなたに相応しくないと分かっているが、あなたを一生守ると誓う。絶対に裏切ることもないと約束する。だからどうか私との結婚を考えて欲しい」
彼の表情は揺るぐことなく私に真っ直ぐに向けられている。あまりにもストレートな言葉に瞬きを忘れ彼の顔を見つめてしまう。そして言葉の意味を理解するにつれじわじわと顔が赤くなっていく。私ったらカルロを見つめすぎている。
(この人は真っ直ぐな人だわ。以前と変わらない。私にとって信じられる人。それにお父様が信頼できると判断したのだから間違いないわ)
一緒に過ごしたのはたった三ケ月。でも時間の長さなんて関係ない。彼なら大丈夫だと思える。
「カ、……ジョフレ伯爵様は本当に私でいいのですか? 身分のことは父が許可をした以上私は気にしません。それよりも私は地味で特別優れたところもありません。もし、以前の看病のお礼での恩を返すつもりならば無理をしないで下さい」
カルロは頭を緩く振る。
「確かにとても感謝している。恩義もあるが、それ以上に愛しているから申し込んだのだ。それとあなたは自分のことを地味で優れたところがないと言ったがそんなことはない。あなた以上に勤勉で優しく可愛くて素敵な女性を私は知らない。私は髪と瞳の色から一目で異国人だと分かる。今は戦争での功績を認められたとはいえ、社交界であなたの足を引っ張る可能性が大きい。ロゼリア嬢の幸せを願うなら身を引くべきだが、それでも私はあなたの側にいたい」
誉め過ぎだと思う。でも熱い想いのこもった言葉に思わず「はい」と言いそうになった。熱烈な求愛は恥ずかしいけれど素直に嬉しい。この求愛をカルロから受けていることがとても幸せに感じる。可愛いなど私はお父様以外に言われたことがない。
「ありがとうございます。ですが突然のことですので、まずは交流を深めてからお返事をさせてもらってもいいですか?」
「ああ、今はそれで十分だ」
もちろん彼との婚約が嫌なわけじゃない。三年振りに会って今の彼を知りたい。騎士団で大変だったことや大きな怪我はなかったのか。楽しいことはあったのかとか彼の好きな物や嫌いなものの話が訊きたい。私の知らない時間をどんな風に過ごしたのか教えて欲しい。その為の時間が欲しかった。
カルロはホッと表情を緩めた。威風堂々としているが緊張していたみたいだ。大柄な彼が強張っていた表情を緩めるのがなんだか可愛らしく思えた。その顔に懐かしさを感じた。
カルロはこのあと仕事があるからと暇を告げた。ゆっくり話す時間は残念ながらなかった。私たちはこれから週に二回の交流を約束してその日は別れた。
部屋に戻りスザナが活けてくれた白薔薇を眺めた。花束を貰うのってこんなに心が躍るものなのね。思わず頬がだらしなく緩んでにやけてしまう。
私はクッションを抱き締めお行儀悪くベッドの上に転がった。
二回目の人生は信じられないほど順調で幸せだ。