□スタック
背中にプレッシャーをヒシヒシと感じながらも、追いつかれないように階段のインコースすれすれを駆け上がる。
何度も何度も同じように繰り返し、息をつくこともなくただひたすらに上を目指す。気づいたら1階を通り過ぎ、人の気配の感じられない2階に出ていた。
そこにはきれいな緑色の大きな鳥が1階との吹き抜けになっている天井の近くを旋回していた。
「あれはまさか、」
後ろから聞こえた弾んだ声は激しい音と共に途切れた。後ろを振り向いた時には眼鏡の男が突然現れた人物に3メートル以上もとばされていた。
ケイは床を転がっている眼鏡の男を目で追いかけながらも、意識はその人物に向けていた。
「ケイ! 無事か?」
その声は聞き覚えのある、ロアンの声だった。短剣をこなれた手つきで操るロアンはこちらを気にしながらも、変わらず眼鏡の男に追撃を仕掛けていた。
それらをすべて軽快にいなし眼鏡の男はロアンに話しかけ始めた。
「どこに居たんだい?【鳥使い】。君たちを探しにここまで来たというのに、、まったく」いやなものを見てしまったよ。」
最後は周りにも聞こえない小さな声で呟き、ロアンの隙を突き正確にケイの足を打ち抜いた。
「んんっ、、!」
「あ、おいこら! あとで怒られるだろうが俺が」
そうズレた抗議をロアンはケイを撃った眼鏡の男にしながらも、次もケイが狙われないよう眼鏡の男との間にするっと入る。しかし、気づいた時には既に自分とロアンの周りを5人、レフテラと思わしきスーツを着た者たちが立っていた。5人のうちの1人、先ほど廊下で会ったレフテラの男が眼鏡の男に声をかける。
「隊長、時間です。」
「おっと、もうそんなか。」
隊長と呼ばれた眼鏡の男はそう言いながら懐から手のひらサイズのカメラを取り出しケイに向けてシャッターを切った。
「ッつ、ケイ!ついてこい!」
「えっ、ロアン!」
ロアンが自分たちを囲んでいたレフテラのひとりに向かって低い姿勢で素早く迫り、相手が大きく退いた間に囲みを抜けた。自分もそのあとを足の痛みも忘れて追いかける。
ロアンは一度だけ後ろから自分がついてきているか確認するため顔をこちらに向け、その後は一度もこっちを見なかった。燃えるイドュリマから脱出し、ふと見上げた空には日の光を遮る分厚い雲が広がっていた。
◇
徐々に燃え広がるイドュリマ内には今だレフテラが留まっていた。
「隊長、あの2人は、」
「よいよい、あれらに今はかまう必要ない。それより対象はどうした。」
「逃しました。我々がついた頃には既に脱していたようです。」
予想はついていたという様子で特に気に留めてはいないようだった。小さく、そうかとつぶやき先ほどケイを撮ったカメラを見つめた。
目線をカメラから周囲を見渡し、ある1点をぼんやりと眺めながら、あっ、と何かに気づいたようだった。横にいた部下からタブレットのようなモニターを受け取り、イドュリマの研究員の名簿を確認し始めた。
「【鳥使い】、、えーとこれだ,ロアン・ウォリック。この名前。偽名だな。」
「いや、まぁそりゃそうなんじゃないですか、普通。」
ー普通、ねー
眼鏡の男、エクストロ・アリスメティックは1人、思案に耽る。彼らの異質さに。
イドゥリマから脱したケイとロアンは人気のない路地裏に入っていく。二人を遠い高層ビルの上からひとり見つめる人物がいた。その姿やこの街を見るとその人物は郷愁の念にかられるのであった。