【スコーピオンキャンドル】
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♂3:♀2:不問1
明石川 亜春日井 ♀ セリフ数:57
〈謎の眼帯女。とある目的の為に旅をしている。名前は噛み倒されるので、『アーシャ』と呼ばれている〉
エリオットファーナー・ソード・リグイエ ♂ セリフ数:37
〈明石川と共に旅をする青年。彼女の事を尊敬している。愛称の『エリオ』で呼ばせる事が多い〉
ジャーニバル・タッド ♂ セリフ数:10
〈三度の飯より酒が好きな中年男。明石川とエリオに仕事の斡旋をしている〉
ネート ♂ セリフ数:21
〈12歳前後の少年を模して造られた機械人形。所有者によって、半分壊れかけており、声帯パーツが上手く機能していない〉
マリー・ホールノ ♀ セリフ数:17
〈ネートを所有している男の一人娘。母親は亡くなっており、家の事は全て彼女が熟している。笑顔が素敵な16歳〉
ナレーション 不問 セリフ数:32
[あらすじ]《20分程度》
機械と人間が共存して暮らす世界にて。右目を眼帯で隠した女と、その女の世話を焼く青年はいつものように仕事を受ける。
とある機械人形を譲った男と、連絡が取れず困っているので安否確認をしてほしいと。
眼帯の女、明石川と青年、エリオは町外れの洋館にやって来た―――。
【エリオ】
アーシャ。自分はこういう不気味な所だと知っていたら、この仕事は受けませんでしたよ。
【明石川】
我侭言うな。引き受けちまったんだから、しゃーねーだろ。
【エリオ】
(心底嫌そうに)
………本当にここ入るんですかー…?
【明石川】
泣き言言ってないで行くぞ、エリオ。
【エリオ】
あっ、待って下さいよ! アーシャ!
【ナレーション】
黒いマントを羽織った眼帯の女と、それを慌てて追う、金色の髪を適当に結った青年が入っていくのは、随分と年季の入った、趣深い洋館だ。
カギが掛かっているようで、強い力を入れれば簡単に開いてしまうように見える正門を見上げて、それから見えづらい場所に呼び鈴を見つけた女は、怯えながら着いてきた青年の背を押す。
【明石川】
おら、押せ。
【エリオ】
うわっ、おおお押します、押しますって。
(呼び鈴を押すが、鳴らず)
…………これ、壊れてます?
【明石川】
はあ〜〜…。退いてろ。
【エリオ】
え、ちょ、何する気ですかっ
【明石川】
蹴り破る。
【エリオ】
わあああ!! 駄目です、駄目ですって! ジャーニバルが言ってたじゃないですか! 結構な偏屈ジジイらしいから、なるべく物は壊すなって!
【明石川】
このままだと入れねーんだから、仕方ねーだろ。おい、纏わり付くな。蹴られねえだろ。
【エリオ】
蹴ーるーなーッ!
【ネート】
オ客様でスか?
【エリオ】
うわあああ!!! 出たああああ!!!
【ナレーション】
正門の前でわちゃわちゃと戯れていれば、人間の声とも違う、機械的な声がした。
青年エリオの絶叫に眉を顰めた女、明石川はボロついた正門の向こう側を見る。
少年の姿をした“ナニカ”が、無機質な目をこちらへ向けていた。
体のあちこちに傷があり、その箇所から機械のパーツが覗き見えた。
【明石川】
子供型の機械人形か。ボロッボロだな。
【ネート】
本日ノ来客のゴ予定はしゅうリョウしましタ、みブン証明をしテ下さイ。
【明石川】
身分証明できるものは持ってない。とある伝手から、この館の主人の安否確認を頼まれた。
アタシは明石川 亜春日井。…アーシャでいい。
良い加減離れろ、エリオ。
【エリオ】
うわ、振り落とさないで下さい! うぅ…。
…ボ、ボクはエリオットファーナー・ソード・リグイエです。長いのでエリオとお呼び下さい。
【ネート】
・・・・。
身分シょうゴウが完了しマシた。ドウぞ、オ入り下さイ。
【ナレーション】
機械人形がそう言うと、ギギギィと油の足りない音を立てながら正門が開く、が、人が一人分通れるくらいまで開いたところで、正門の動きが止まった。
【明石川】
こっちも壊れてんのかよ。
【エリオ】
…生きてますかね、偏屈ジジイ。
【明石川】
それを今から確認すんだよ。
✼✼✼
【ナレーション】
開くも閉じるも出来なくなった正門を抜け、手入れのされていない、異臭がする中庭をも抜けて、館の扉がこれまた油の足りない音で開いた。
館の中に入って、明石川とエリオは目を瞠る。
外観からは想像も出来ぬほどに、豪奢で煌びやかな内装が目に飛び込んできたのだ。
【エリオ】
…アーシャ、これ…。
【明石川】
……面倒な依頼を受けちまったなぁ…。
【ネート】
旦那様ハ、目ノ前のカいだンを上ッて、すぐのお部屋ニイらッシャいます。
【マリー】
ネート! 久し振りのお客様なの!?
……あ、失礼致しました。ワタクシ、この館のホールノ男爵が娘、マリー・ホールノですわ。
【ナレーション】
今にも崩れそうな外観、そこからは想像もつかない金ピカな内装。
半壊した機械人形、お世辞にも綺麗とは言えないドレスを身に纏う男爵令嬢
一目で“訳アリ”と分かるそれらに、明石川は盛大にため息を吐く。
【明石川】
ご丁寧にどうも。
アタシは明石川 亜春日井。この辺の人間には、この名前では呼びづらいらしい。アーシャと呼んでくれ。
【エリオ】
初めまして、マリー令嬢。
ボクはエリオットファーナー・ソード・リグイエです。名前は長いので、エリオとお呼び下さい。
【マリー】
アーシャ様に、エリオ様ですね。
父に御用事でしょうか?
【明石川】
機械人形を譲った男と連絡が取れないから、安否確認をして欲しいと依頼があってな。
失礼な事を聞くが、…男爵様はご存命か?
【エリオ】
(小声で)
ちょ、アーシャっ!?
【マリー】
ええ、勿論。今朝も扉越しに朝のご挨拶をしましたもの。
【明石川】
扉越しに?
【マリー】
…父は五年ほど前から、ずっと書斎に籠ってますの。
ですけれど、昼と夜のお食事も、扉の前に置いておけば、ちゃんと無くなっておりますし、父の姿は見えずとも生きているのは明白なので、心配は要りませんわ。
【明石川】
……………。
【エリオ】
…………。
(重い空気に気まずくなって)
……あー…えっと、ボク達は男爵様の無事が確認出来れば、すぐにでも帰りますので…。…会う事は出来ますか?
【マリー】
うーん、先程昼食を食べたばかりですから…。
仮眠なさっている時もありますし…一階の客間でお待ち下さい。
ネート、確認してきてちょうだい?
【ネート】
カシこまリました、マりー
【明石川】
………………。
✼✼✼
【エリオ】
……どう思います、アーシャ。
【明石川】
“どう”も何も、まだ黒とも白とも言い難い。
あの男爵令嬢も嘘をついている様子は無かった。
……まあ、限りなく“きな臭い”がな。
【ナレーション】
マリーの言葉通り、入ってすぐの右の突き当りにある客間へ案内された。
お茶を用意してくるというマリーを見送って、二人きりとなった明石川とエリオは、この館の違和感を気味悪く思っていた。
【エリオ】
ジャーニバルから仕事を貰った時に、少し疑問に思うべきでした。いつもより報酬が多かったから、ちょっと油断しましたね。
【明石川】
…仕事相手を探し直すのも面倒だ。この仕事が終わったら締め上げて仕置きしてやる。
【エリオ】
ま、まぁ。
マリー令嬢の言っている事が正しいのなら、機械人形を譲られた、ホールノ男爵様? は生きてるようですし、会う事が出来れば、すぐに帰れるでしょう。
【明石川】
……お前の頭は単純で羨ましいよ。
【エリオ】
え゛……?
【マリー】
お待たせ致しました。紅茶で宜しかったかしら?
【ナレーション】
エリオの言葉にため息を吐く明石川。
そこにワゴンへ紅茶と焼き菓子を載せたマリーが入ってきた。
二人の前へ紅茶の入ったカップと、焼き菓子が載った皿を置くと、自分もその向かいに座った。
【明石川】
随分、手慣れているんだな。
【マリー】
亡くなった母から習いました。
父が、メイドや執事が家に居るのは落ち着かないからと、ワタシが生まれる少し前に、この館で働いていた彼らを追い出してしまって…。
【エリオ】
珍しい、貴族がメイドや執事を嫌うなんて。
【マリー】
父はそういう方なのです。
【ナレーション】
困ったように眉を下げて笑うマリー。
この仕事の斡旋をした、ジャーニバルという男が笑いながら言っていた、偏屈らしいというウワサは、あながち間違いではないのかもしれない、と二人は思った。
【明石川】
内装は豪華極まりないが、外観のアレは、もう少しどうにかした方が良いぞ。
【マリー】
ああ、あれは…。
父が“しなくて良し”と言ったのです。母が亡くなる前は少し弄っていたのですけど…今は手が回らなくて…。
【エリオ】
(聞きづらそうに)
……その、お母様はいつ…?
【マリー】
六年前ですわ。
エリオ様、気になさらないで。寂しくなる事もありますけれど、それだけじゃありませんから。
【明石川】
……………………。
【ナレーション】
そんな談笑をしていれば、客間の扉が開いて、歩行も覚束無い機械人形、ネートが入ってきた。
【マリー】
あら、ネート! お父様は何て?
【ネート】
今日ハ、時間のツごうが合わナいので、明日合ウトの事でス。
【マリー】
まあ、お父様ったら…折角お客様が来たって言うのにお顔の一つも見せて下さらないなんて…。
(二人に向き直って)
申し訳ございません、遠い所からわざわざ来て下さったのに…。
もし、宿など取られていないなら、一階に使っていない部屋がありますから、そちらでお休みして行きませんか?
【明石川】
…そうだな、有り難い申し出だ。案内してくれるか?
【エリオ】
えっ!?
(小声で)
ちょっと、アーシャ!? 早く帰りたいんじゃないんですか!?
【明石川】
黙ってろ、エリオ。お前だけ野宿でも良いんだぞ。
【エリオ】
う…っ。
【マリー】
ふふ、嬉しいっ。
では、部屋を片付けてきますから、少々お待ち下さい。ネート、お父様にお客様がお泊りになる事をお伝えして。
【ネート】
畏まリマした、まリー。
【明石川】
……………。
【ナレーション】
掌をパチン、と合わせて幸せそうに笑うマリー。と、そんなご令嬢の指示に頭を下げる機械人形。
明石川は二人を眺めてから、隣で怖がってソワソワしているエリオの頭を二人にバレないようポカン、と叩いたのだった。
✼✼✼
【エリオ】
っんで! マリー嬢の申し出を受け入れちゃったんですか!? そりゃあ、五年前から書斎に籠ってるとかめちゃくちゃ怪しいですけど!
【明石川】
…今日中に仕事を終わらせるからだ。
【エリオ】
へっ? 男爵様に会うのは明日でしょう?
【明石川】
それを今日にしてもらうってだけだ。
あの機械人形も令嬢も眠った時間帯に動く。
【ナレーション】
マリーが片付けた部屋に移動した明石川とエリオ。マリーの母が使っていた部屋だと言うが、置いてある調度品は婦人向け、というよりかは男性寄りのものばかりに見える。
質素なベッドへ腰掛けた明石川はエリオの嘆きに答えながら、手元で何やら作業をしている。
【エリオ】
ア、アーシャ。それってまさか…
【明石川】
あ? こっちから会いに行くんだよ。生憎何日も此処に居てやる義理はないからな。
【エリオ】
(嫌な予感が当たって)
やっぱり! …って、何日もって…明日には確実に男爵様に会えるんですよ? 滞在期間は長くても明日の夜くらいまででしょう?
【明石川】
お前、気付いてないな。
【エリオ】
何をです?
【明石川】
………、まあいい。後で嫌でも分かる事だ。
とりあえず手を貸せ。ジャーニバルに繋ぐ。
【ナレーション】
どこまでいっても鈍感な相方の反応に、明石川はため息を飲み込む。どれだけエリオが異論を唱えたところで、明石川が言ったのならば、それは決定事項である。
“明日会う予定”を明石川が繰り上げるというのなら、致し方ない事なのだ。
そんな明石川の手には、こぶりな水晶が握られている。これは彼女らの使う通信装置で、魔力を介さないと使用する事が出来ない。
魔力を有していない明石川は、半ば無理矢理彼の手を引き寄せた。
【エリオ】
うわっ、ちょ。相変わらず乱暴ですね。
ジャーニバル、起きてますかね?
【明石川】
起きるまで掛け続ければいい。
【エリオ】
うへー…、魔力持つかな…。
【ナレーション】
エリオの不安とは裏腹に、水晶はすぐピロンと音を出す。三度の飯より酒が好きで、いつも飲んだくれて通信に出るのも遅い、仕事の斡旋人ジャーニバル・タッドはどうやら起きていたらしい。
【ジャーニバル】
ヲ゛イ゛! 連絡おっせぇーぞ! 死んだかと思った!!
【明石川】
うるせえ、声を抑えろ。
【ジャーニバル】
あ? つーか、仕事は? 終わらせたんだろーな!?
【明石川】
まだだ。確認したい事がある。
【ジャーニバル】
確認?
【ナレーション】
声の嗄れた中年男のジャーニバルは、明石川の言葉に怪訝な顔をする。
明石川の隣で様子を見守るエリオも、よく分かっていないようだ。
【明石川】
機械人形を購入したのは、本当にホールノ男爵か?
【ジャーニバル】
・・・はあ?
【エリオ】
アーシャ、何を…
【明石川】
もしくは、機械人形を受け取りに来たのが男爵本人だったか否か。調べられるか?
【ジャーニバル】
まあ、難しいこたぁねぇけど。今回の依頼は…あーっと、何だったか。男爵様の生存確認だろ? 生きてんのか、ソイツ。
【明石川】
お前の調べ次第だな。この家の“ご令嬢様”の言葉を信じるなら、生きてるんだろうが。…ま、信じる意味も大して無い。
【ジャーニバル】
ご令嬢様だって?
【エリオ】
ホールノ男爵様の一人娘のマリー・ホールノ様ですよ。
【ジャーニバル】
……なるほど、判った。んで、調べるのはそんだけでいいのか?
【明石川】
もう一つ。この館の――――――
【ナレーション】
明石川の頼みに、エリオとジャーニバルは瞠目した。
✼✼✼
【ナレーション】
玄関から一番近い階段を上がれば、男爵の部屋が一つ。その部屋の前に置かれた食事はすっかり冷めてしまっていて、パンなどの固形物は屋敷に住み込むネズミか何かに食い千切られてしまっている。
食事の乗ったトレーを持ち上げて運ぶ誰かは、蝋燭で照らされた廊下を歩く。
そしてとある箱の前で立ち止まって、食事の入った皿を一つ一つ、その箱の中で傾けていく。
ボト、グシャ、と音を立てて“塵芥箱”の中へ消えていく食事。そうして綺麗になった皿をもう一度トレーに乗せて、男爵の部屋の前へ戻した。
まるで、男爵がその食事を平らげたかのように。
【明石川】
なるほどな。
【ナレーション】
後ろから聞こえた声に、誰かはハッとして振り返る。階段の縁へ軽く座った明石川がそこに居た。
【明石川】
そんな事を何年も続けてきたのか?
―――機械人形さんよ。
【ネート】
・・・・・・・。
【明石川】
嗚呼、もう演技は良いぞ。大体分かってるからな。
【ナレーション】
気怠げな片目をこちらへ向ける明石川に、ネートは観念したように目を伏せて、やがて口を開いた。
【ネート】
(男性らしい声色で)
いつから、ですか。
【明石川】
最初にお前に会った時からだ。
―――この時代の機械人形は、契約した主人が死んだ場合、全ての機能が停止するように出来ている。
だが、主人が死亡しない限り、機械人形は停止する事も、お前のようにボロっボロの状態でいる事も無い。
【ネート】
・・・・、随分、詳しいのですね。
貴方達は、この時代の人達ではないでしょうに。
【ナレーション】
悔しそうに明石川を睨みつけたネートは、機械部分が露出しているように見えている腕を擦った。
そうしてそのまま、顔を伏せた。
【明石川】
その時代の事を調べるのは、仕事上必要な事でな。
相方にもいつも言ってるんだが、アイツはいつもそういうのを忘れる。不真面目な奴では無いんだがな。
【ネート】
・・それで、これからどうなさるおつもりで。
【明石川】
自分達は、機械人形を譲った男の安否確認を頼まれた。お前の小細工も分かった事だし、既に死んでいると伝えるだけだな。
【ネート】
・・・・・・。
【明石川】
そこの部屋の主が、機械人形を買ったとしたらの話だがな。
【ナレーション】
明石川の言葉に目を見開いたネートは、ガバリと顔を上げて明石川を見つめる。
【明石川】
何だ。まさか、バレてないと思っていたのか?
【ネート】
やめ、・・・やめてくれ・・っ、
【明石川】
生憎、その頼みを聞いてやる義理はない。
なあ? “ホールノ男爵”の名を借りて、少女の機械人形を買った別世界の機械人形さん?
【ネート】
・・・・・・っ!!
【ナレーション】
明石川は息を飲んだネートを冷めた目で見つめる。
ぶつぶつと譫言を呟くネートを尻目に、階段の縁から降りて男爵の部屋を開けた。
椅子に座る白骨死体。恐らくこれがホールノ男爵で間違いないだろう。
【明石川】
やはりこの時代の白骨化は素晴らしいな。何年経っても朽ちる様子が無い。
【ナレーション】
何とも場違いな感想を述べる明石川。もしこの場にエリオが居たならば、ふざけた事を言うなと怯えられていただろう。
【明石川】
そう思うだろう、機械人形。
まあ、こんな事を何年も繰り返してきたお前には愚問だろうがな。
【ナレーション】
明石川が振り返った先には、拳を握り締めて彼女を睨むネートの姿があった。
憎悪すらも感じられるような視線に、明石川はこの館に来て初めて口角を上げる。
【明石川】
ははッ―――、自分の計画が失敗したからって、そう怒るなよ。
【ネート】
この事実を、外へ伝えるおつもりですか。
【明石川】
当たり前だろ。お前は許可なく時代を飛んだ、改変者だからな。それ相応の機関に届けなけれ、ばっ―――、っと危ねぇな。
【ネート】
許しませんッ! そんな事、させないっ!
【ナレーション】
明石川の言葉を不自然に止めたのは、ネートの投げた皿である。壁に当たり、ガシャンと音を立てて割れたそれらは、立て続けに明石川を襲う。
ガシャン、パリン、という音が響く中、華麗にそれを避けた彼女は、皿の一つが部屋の窓を割ったのを見逃さなかった。
【ネート】
待てッ! 逃がすか!!
【明石川】
執念深い男は嫌われるぞ―――っと!
【ナレーション】
割れた窓から飛び降りた明石川は、その拍子に頬を少し切る。指の腹で血を拭い、相方の名を呼んだ。
【明石川】
エリオッッッ!!!
【エリオ】
アーシャ! 良かった、間に合った!
【ナレーション】
2階の窓から落ちてきた明石川を何の躊躇いもなく、そして怯えもなく受け止めたエリオは、そのまま正門の前にある異質感の漂うポータルへ飛び込んだ。
【ネート】
クソッ! 探求者風情が!!!
【ナレーション】
そんな彼女らを追って、ネートが最後に投げたのは廊下を照らしていた蝋燭である。
ぼう、と中庭の枯れた植物に燃え移った火がネートの目に強く、強く焼き付く。
【マリー】
ネート? どうかしたの?
【ネート】
・・・っ、マリー、なん、で。この時間は機能停止させているは、ず・・・
【マリー】
ふふ、あのね。エリオ様がお母様の話を聞きたいって。こんな夜中まで起きてる事無いから、余計眠れなくなっちゃったの。
【ナレーション】
部屋を覗いたのは男爵の娘、ではなく。ネートが男爵の名を借りて買い付けた機械人形のマリーだ。
マリーは散らばる皿の破片も、割れた窓も、椅子に座る白骨死体すら気にする様子なく、ネートに近寄った。
【マリー】
今日は、ネートも夜更かししちゃおうか。
【ネート】
・・・・・っ。
【マリー】
ネート? どうしたの?
【ネート】
…いえ、かしこまりました、マリー・・・。
【ナレーション】
ふふ、と楽しそうに笑うマリーに窓の外の火の海を見せないよう、しっかりと抱き締めて、ネートも笑いながら、泣いた。
✼✼✼
【エリオ】
アーシャ。結局、どうしてネートはあんな事をしていたんでしょうか。
【明石川】
あ?
【エリオ】
わざわざ時代を飛んで、その時代の男爵様の名を借りて機械人形を買って、その機械人形と何をするでもなく過ごすなんて。
ちょっと、ボクには理解出来ません。
【明石川】
アタシに聞くなよ。アタシにだって理解は出来ん。
【ジャーニバル】
おい、お二人さん。通報したプラディティから連絡来てたぞ。
【ナレーション】
あれから数日。
あの日、ポータルに飛び込んだ明石川とエリオは、ジャーニバルの元まで飛んでいた。
一階の部屋で彼と通信をした後、館の正門前にポータルを繋いでおくように頼んでいたのだ。
【明石川】
それで、プラディティは何と?
【ジャーニバル】
改変者は死亡。時代の流れは元に戻した、だそうだ。
【明石川】
さすがはプラディティ。仕事が早い。
【エリオ】
他には何か言ってませんでした?
【ジャーニバル】
いいや、何も。つーか、お前ら。いつまでここに居座ってんだ。仕事振ってやるからさっさと出てけ。
【ナレーション】
ジャーニバルは背中に書類を押し付けて、その勢いで二人を店から追い出した。
【エリオ】
もう、乱暴だなぁ。
あ、アーシャ。今度はどんな世界です?
【明石川】
大陸中に『語り部』と呼ばれる情報屋兼噺家みたいな奴らが居る世界だな。…とある『語り部』を探して欲しいんだと。…チッ、また人探しか。
【エリオ】
良いじゃないですか、アーシャ。不気味な所じゃない限り、ボクは歓迎ですよ。
さ、行きましょう!
【ナレーション】
ご機嫌に笑うエリオに、ため息を吐く明石川。二人の、時代も世界も飛び越える旅は、まだまだ続く……?
STORY END.