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六人用声劇台本  作者: SOUYA.(シメジ)
台本一覧
2/4

【蝸牛を潰した日】

台本タイトルは【かたつむりをつぶしたひ】と読みます。


※若干の下ネタ表現あり



台本ご利用前は必ず『利用規約』をお読み下さい。

『利用規約』を読まない/守らない方の台本利用は一切認めません。


※台本の利用規約は1ページ目にありますので、お手数ですが、『目次』をタップ/クリック下さい。

 ♂4:♀2:不問0


 出雲いずも 歌音かのん ♀ セリフ数:91

〈大学二年生。義母ぎぼに嫌われ、実母じつぼの方の祖父母の養子ようしになる。祖父の通夜つやの為、五年振りに故郷に帰ってきた。忘れっぽい〉


 古田ふるた 龍明たつあき ♂ セリフ数:38

〈大学二年生。歌音の幼馴染おさななじみ。実家は喫茶店きっさてんいとなむ。歌音かのんの事が心配でたまらなかった〉


 百瀬ももせ 一輝かずき ♂ セリフ数:33

〈高校三年生。なぜか義母に異様に好かれている。姉とは不仲ふなかではなく、良好。義母には内緒で、来年にはひとり暮らしをする予定〉


 じいちゃん ♂ セリフ数:12

歌音かのんの実母の父。寡黙かもく厳格げんかく陶芸とうげい。十年前に事故で妻を亡くしている。歌音の事は比較的甘やかしていた〉


 義母かあさん ♀ セリフ数:24

歌音かのん一輝かずきの父の再婚相手。六年前に再婚した。一輝かずきの事を母としてではなく、少し違った目で見ている時がある。歌音かのんが嫌い〉


 父さん ♂ セリフ数:26

歌音かのん一輝かずきの父親。再婚した相手に追い出された形となった歌音かのんに申し訳ない気持ちでいっぱい。でもあまり主張がない、影のうすい人〉


[あらすじ]《35分程度》

 祖父の葬式。五年振りに帰ってきた故郷の景色に、思わずため息が出た。ニコリともしていない祖父の遺影いえいに、相変わらずだなぁ、なんて笑みがこぼれる。

 遠くからヒステリーを起こす義母の声が聞こえて、数日はこれか。と肩をすくめたのだった―――。











【歌音N】

 じいちゃんが死んだ。心臓しんぞう発作ほっさだった。

 私と暮らした五年間、病気をしたり、怪我をした事なんて無かった、…と思う。


 自分にも他人にも厳しくて、自分ルールが凄くて、多分自分の爺ちゃんじゃなかったら、偏屈へんくつ老害ろうがい呼ばわりしてたろうな。


 爺ちゃんとばあちゃんが、私の父さんと母さんになったのは五年前。苗字みょうじ百瀬ももせから出雲いずもになって、亡くなった実母じつぼの妹になった。

 正直に言えば、『ちょー複雑』だ。『ちょー面倒』だ。


 でもあの時の私と、そして今でも仲の良い弟を守る為には、仕方のない事だったと思う。




【一輝】

 姉ちゃん、葬儀そうぎさんが呼んでる。


【歌音】

 うん…、今行く。


【一輝】

 さっき言おうと思って言わなかったんだけど、……ちょっと太った?


【歌音】

 健康的になったって言ってくれる? 爺ちゃんのお陰で着たかった服のウェストを締めなくて良くなったんだから。


【一輝】

 でも、やっぱりちょっと太ったと思う。


【歌音】

 デリカシーの無さをフォローしてやったんだから、そこで止まっときなよ。

 …まあいいや、葬儀屋さん何て?


【一輝】

 さあ? ただ『呼んできてください』としか。


【歌音】

(面倒そうに息を吐いて)

 …りょーっかい。



 ✼✼✼



【義母さん】

 またよ! またあの子が一輝かずき君の事をいやらしい目で見てた! 本当よ!?


【父さん】

 ルリコさん、歌音かのん一輝かずきは血のつながった姉弟きょうだいだよ? 二人に限って、そんな事…あり得ないよ。


【義母さん】

 “あり得ない”!? 血が繋がっていようがいまいが、男女の関係にさかいなんてないのよ、キョウイチロウさん! このまま一緒に、あんな子と生活なんてくるってしまいそうだわ!


【歌音N】

 これが、六年前に再婚した父のお相手のおもな言い分だった。

 私が弟を性的な目で見てる、だとか。私が弟を襲うんじゃないかと毎夜まいよ眠れない、だとか。


 …疲れないんだろうか、そういう事を恥ずかしげもなく怒鳴どならかして。

 こっちはたった一年で、義母ぎぼ以外の三人がやつれたっていうのに。


 私はそこまでじゃなかったけれど、父と弟がひどかった。人相にんそう変わってんじゃないかと思うほど、せてしまっていた。


 そんな状態を無視できるほど、薄情はくじょうではなかったし、何より私が居なければ義母は普通らしかった。


 だから、自己じこ犠牲ぎせいしんが強いなとは思ったけれど、私が家から出ていくのが一番だな、と考えるほかなかった。




【爺ちゃん】

 歌音かのん仏壇ぶつだん水換みずかえとけ。


【歌音】

 はーい。


【爺ちゃん】

 …あと、隣の爺さんから沢庵たくあん貰った。


【歌音】

 隣のって、蓮見はすみの爺ちゃん? 先月もそうだったじゃんね。そろそろボケてきたんじゃない?


【爺ちゃん】

 ここらも耄碌もうろくしてきたからな。


【歌音N】

 爺ちゃんとの生活は、すごく気が楽だった。厳しい人だったけど、私は初孫はつまごだったし、多分他の人より甘やかされてた。


 小さい頃、婆ちゃんがヒミツだよ、なんて照れたように笑って教えてくれた事がある。

 例えば、私の読んでるマンガについて、爺ちゃんの娘、つまり私の本当の母さんに聞いてたとか。

 例えば、私が苦手と言ってはしに寄せた野菜をよく覚えておいて、婆ちゃんが料理をしてる時に、それは退けとけって言ってきたとか。


 ぶっきらぼうで、不器用で、分かりにくい愛。小さな頃は分からなかったソレが、大人になると何となく分かる。

 大きくなってからの爺ちゃんとの生活には、自然と笑みがこぼれていた。


【爺ちゃん】

 歌音かのん、裏の畑行くぞ


【歌音】

 はーい。


【爺ちゃん】

 麦藁むぎわらぼうかぶってけよ。


【歌音】

 ふふ、はーい。


【歌音N】

 義母と暮らした一年間で、だいぶせてしまった私は、元々太りにくい体質がわざわいして、随分と見窄みすぼらしい恰好かっこうになってしまっていた。


 そんな私を心配してか、近所のおっちゃんおばちゃんといった、爺ちゃんの知り合いが自分の畑で取れた野菜や果物、自慢じまんの手料理を届けてくれる事があった。


 だからそのお礼にと、爺ちゃんは自分の畑で取れる野菜を私に持たせて、近所に配るように言うのだ。

 近所の人は、家族と離れて爺ちゃんと暮らす私に何も言わないでくれた。


 きっと、爺ちゃんが何か言っておいてくれたんだな、って今になって思う。


 …爺ちゃんとの生活は…本当に気が楽だった。



 ✼✼✼



【龍明】

 あっ


【一輝】

 うわ、ストーカー。


【龍明】

 誰がストーカーだよ。違えよ。


【一輝】

 姉ちゃん、中だよ。


【龍明】

 ………居んの?


【一輝】

 そりゃ居るでしょ、喪主もしゅだし。


【龍明】

 喪主、…あ、そっか。


【一輝】

 …毎月毎月、律儀りちぎに「歌音かのん居ますか」つって家来てるクセに、何今更。


【龍明】

 …いや、忘れられてねえかなってさ。


【一輝】

 きっしょ。


【龍明】

 最近の若いやつはすぐそうやって、きしょいとか言う! いや、まあ。俺もそう思うけどさ。


【一輝N】

 もごもごと口籠くちごもる目の前の男は古田ふるた 龍明たつあき。姉ちゃんの幼馴染おさななじみだ。


 姉ちゃんの苗字が百瀬ももせから出雲いずもになった五年前から、月に一度は必ず我が家を訪れている、キモ………律儀りちぎな人。

 姉ちゃんがこの家に戻ってくるわけないというのに、ある意味不憫(ふびん)なやつだ。


【龍明】

 …あの人、変わらずな訳?


【一輝】

 今日の朝、何つってきたと思う?


【龍明】

 部屋から出んなって?


【一輝】

 “悪魔にほだされちゃ駄目よ、ちゃんと私の息子でいてちょうだい”…だとさ。


【龍明】

 うっわぁ…。


【一輝】

 ホントに、さっさと離婚りこんしてくれねえかな。


【龍明】

 もうすぐなんだろ、借金の返済へんさい


【一輝】

 一応はな。アレがそんなので手を引くと思えねえけど。借金は返したんだから、これでしんの家族ね、とかそんな事言い出すに決まってる。


【龍明】

 …おじさんが離婚したら、歌音かのん戻ってくっかな。


【一輝】

 どうだろ。爺ちゃんの遺産いさんは姉ちゃんに行くし、あっちの家からの方が大学近いし。…俺はどっちでもいいし。


【龍明】

 …そ、っか…。



 ✼✼✼



【歌音N】

 通夜つやが終わった。

 たくさんの人が爺ちゃんの死をいたんでくれた。葬儀屋そうぎやさんが、爺ちゃんの見た目を整えてくれて、このまま目が覚めそう…とは思わなかったけど、少しだけ“気味悪さ”が無くなった。


 義母とは話さなかった。

 というより、姿を見かけなかった。弟も、朝にまた変な事を言ってきて、それから見てないというし、父さんは父さんで忙しそうにしていたから、あまり話せていない。

 通夜の途中、遠くから聞こえたヒステリーボイスは確実に義母のものだと思うけれど、…まぁ触らぬ神に何とやらだ。


 …ひつぎに入った爺ちゃんをながめながら、ひとつ思い出す。


 爺ちゃんの家で、一度だけ。たった一度だけ、義母の事で泣いた記憶。




【爺ちゃん】

 こっちは浅場あさばのジジイに、こっちは迫田さこだのババアに。あとこれ回覧かいらんばん


【歌音】

 はーい。…ねえ、これ。父さんから。


【爺ちゃん】

 キョウイチロウか。相変わらず真面目な奴だ。


【歌音N】

 年に何十回か。父さんは爺ちゃん(こっち)の家へ顔を出す。

 私と話す為、だったり。爺ちゃんに挨拶あいさつをするのに、だったり。

 話すヒマもないくらい忙しかった時は、部下の人に手紙を届けさせた事もあったっけ。 流石さすがに恥ずかしかったから、次からはヤメテと苦言くげんていしたけれど。


 その何十回かの内の、何回か。家に届く分厚ぶあつ封筒ふうとうには父さんの手紙がたくさん包まれている。

 内容はありきたりな。“普通の”手紙。


 だけれど、その手紙の一枚には必ず、謝罪の言葉がたんと書きつづられている。私と、爺ちゃんに向けて。


 この手紙だけはどうしても苦手で、今回は入っていませんようにといのっても、期待から目をそむけるように封筒のどこかに隠れている。


【歌音】

 …義母かあさんは相変わらず、だって。


【爺ちゃん】

 アレの話をするな、あんなもの母親でも何でもない。


【歌音】

 …うん。


【爺ちゃん】

 それより、さっさと野菜届けてこい。浅場あさばのジジイは昼から医者んとこ行くからな。早い方がいい


【歌音】

 はーい。


【歌音N】

 爺ちゃんはアレが。父さんの再婚相手が大っ嫌いだった。

 まあ、初孫はつまごがこんな扱いを受けていれば当然なのだけれど。


 一応、父さんは爺ちゃんに再婚の報告をしたらしいけれど、義母ぎぼは一度も顔を出した事が無いらしい。

 それも気に入らないと言っていた。


(間)


 …爺ちゃんと一緒にいるのはにはならないけれど、…けれど、やっぱり。



 かれたかった、と思うのだ。切実せつじつに。

 何をしてしまったのだろう、と思うのだ。痛切つうせつに。


(間)


 爺ちゃんが作業部屋にこもっている午前中の縁側えんがわで。

 そんな事を無性むしょうに考えてしまって。


 あ、だめだ。


 そう思った時には涙が止まらなくて、みっともなく大声で泣きわめいてしまっていた。


 何かをぶつける音と大きな物を倒した音がして、爺ちゃんが少し驚いた顔をしてけ付けてくれた。


【爺ちゃん】

(息を切らして)

 …歌音かのん、どうした。


【歌音】

 ……っ、わ、かんない、ごめんなさ、いっ…


【爺ちゃん】

(察して)

 ………。


 謝るな、お前は何も悪くないだろ。


【歌音】

 …だっ、て、…だって…!


 わたしも、あいされたかった、…! かずきも、とうさんも、…ずるい…、わたし、なにかした…っ? かずきのこと、…そんなめで、みてない、っみたことないぃ…!


 ッわかんないっ、わたしなんにも、なんにもしてないのにぃ…!!


【歌音N】

 あふれた思いは止まらなくて。みにくいからと、奥へ仕舞しまい込んだ感情が涙と一緒に流れ出た。

 爺ちゃんはそんな私の背中を、思ったよりも強い力でさすってくれていた。

 何も言わずに、ずっと。

 私が泣き止むまで、ずっと。



 ✼✼✼



【龍明】

(少し上擦うわずった声で)

 ……よ、よぉ。


【歌音】

 ……………………どちらさん?


【龍明】

 まっじかよ。ガチで忘れてる?


【歌音】

 えっ。ご、ごめんなさい?


【龍明】

 喫茶きっさフルタロー。そこの次男じなん


【歌音】

 ………もう一声ひとこえ


【龍明】

 ウッソだろ、おい。


(恥ずかしそうに)

 ……た、たっちゃんって…お前そう呼んでたろ。龍明たつあきだから、たっちゃんって…。


【歌音】

しばらく考え込んで)


 …………………あー!! つもんもたないたっちゃん! 思い出した!


【龍明】

 ばっか! 夜なんだから大声出すな! つーか、それで思い出すのも複雑だなっ


【歌音】

 アンタも声デカイよ。


 ……通夜つや来てたんだ、…おばさんも?


【龍明】

 母さんだけ。…俺は、その。えっと、


【歌音】

 …??


【一輝】

 姉ちゃんに会いに来たストーカーです、って言えよ。


【龍明】

 うおぁぁぁぁぁっ!!!??


【一輝】

 うっるさ。夜なんだから静かにしなよ。


【歌音】

 何? ストーカーって何の話?


【一輝】

 月に一回必ず、家に来て「歌音居ますかー?」って言いに来てたへんた…律儀りちぎな姉ちゃんの幼馴染おさななじみ


【龍明】

 今“変態”って言いかけたろ! まあ、うん。そういう事…。


【歌音】

 いや、何がそういう事? 何にも分かんないんだけど。月に一回って、五年間ずっと?


【龍明】

 …ちょっとした、意趣いしゅがえし…。…のつもりだったんだけど、気付いたら五年も経ってただけっていうか。


【歌音】

 意趣返し…誰に?


【龍明】

 ………ヒミツ。


【一輝】

 うっざ。何だその言い方。


【歌音】

 こら、一輝かずき。事実を言っちゃいけない時もあるんだよ。


【一輝】

 ほーい。


【龍明】

 失礼な姉弟きょうだいだな。


【歌音N】

 思い出した記憶の中に居た、“たっちゃん”は泣きながら鼻血を出していたり、すっ転んで泣いていたり、…うん。とにかくどの思い出でも泣いている奴だった。


 ちょっとふっくらしていて、手をこぶしにしたら、クリームパンみたいだな、なんていつも思っていた。


 そんな“たっちゃん”が、こんなイケメンになるだなんて、一体誰が想像出来たよ。クラスの中でも割とモテない方だった、ハズだ。


【龍明】

 まあ、元気そうで良かったわ。


【歌音】

 えっと、何か心配させたみたいでごめんなさい?


【龍明】

 別に。俺が勝手にやってただけだし。今日こっちまんの?


【歌音】

 うーん、適当にホテル取るけど。


【龍明】

 えっ


【一輝】

 まぁ、それがいいんじゃね? 今更いまさら家で鉢合はちあわせてヒステリー起こされんのも面倒だし。


【歌音】

 しかも聞いて、父さんからのお小遣こづかいとごめんねのメモ付き。

 っていうか、六万って。

 何、スイートルームにでも泊まれって事?


【一輝】

 金銭きんせん感覚かんかくくるってるよな、父さんって。


【歌音】

 それもあるけど、申し訳なさも上乗うわのせされてるでしょ。もっと別の形で示せっての。


 …まあ、有難ありがたく使わせてもらうけど。


【龍明】

 …あのさ、


【歌音】

 何?


【龍明】

 明日、朝早い?


【歌音】

 いんや、明日は昼から葬儀場だけど、朝からは何もないと思うよ。何で?


【龍明】

 …母さんも心配してたし、何か食いに来いよ。おごる。


【歌音】

 ええ…、いや…何か悪いな、色々…。

 まあ行くけど。何時? というか、行く前にメッセージ送るよ。連絡先………あ。


【龍明】

 どした?


【歌音】

 爺ちゃんトコにスマホ置いたままだわ、取りに行って来るから待ってて。


【龍明】

 おー。


【一輝】

 何普通にハブきにしてんの。俺も行くからね。


【龍明】

 わーってるよ、そんな意地悪いじわるしないわ。



 ✼✼✼



【歌音N】

 義母かあさんと仲良くしたいとか、そういうのはもう無いけど。

 まだちょっと、微塵みじんに。愛されたかったな、と思っているふしがある。


 今日、通夜の最中さなか。もしかしたら何か話せるんじゃないかとか。そうでなくとも、少しくらいは気まずい顔をしてくれるんじゃないかとか。


 そういうやましい気持ちも少しはあったけれど、どうせ五年前いつもみたいに拒絶きょぜつされて、叫ばれて、私が加害者みたくなるのが目に見えてしまって、そういう気持ちにはふたをした。


【歌音】

 はあーあ。色々うまく行かないもんだね、爺ちゃん。







【義母さん】

 じゃあアンタが死ねば良かったじゃない。


【歌音】

 っ、び、っくりした…。居たの。


【義母さん】

 アンタが死ねば、いちいち喫茶店の息子が訪ねて来る事も、キョウイチロウさんがアタシとの時間をいてアンタに会いに行く事も、一輝かずき君がアタシを敵視てきしするのもやめるでしょ。


【歌音】

 たっちゃんの事はかく…あとの二つは義母かあさんの自業じごう自得じとくじゃない。


【義母さん】

 うるさいっっ!!!!


 アンタが死ねば良かった! アンタさえ……アンタさえ居なければ全部全部上手く行っていたのに!!!!


【歌音】

 …………ねえ、義母かあさん。


【義母さん】

 だっっれが!! アンタなんかの母親になるか! 巫山戯ふざけるな! 巫山戯るなーッ!!!


【歌音】

(冷静な口調で)

 い、痛い痛い。分かった、分かったってば。かみ引っ張らなくても言いたい事分かるってば。

 とりあえず聞いてよ。


 父さんがさ、こっちに来る余裕が無いときにさ、手紙書いて送ってくれるの。

 何十枚もびっしり書いて、…真面目だよね。


【義母さん】

 今度はキョウイチロウさんか!? 一輝かずき君だけじゃ飽き足らず! 自分の父親にまで手を出してんのか!?!?

 キョウイチロウさんに愛されてる発言してっけどな! 本当に愛されてるのはアタシ! アタシなの!

 げんにお前は追い出されて、今じゃ帰る家も無いもんな! あは! あははははっ!


【歌音】

 はいはい、分かったって。


 それでさ、二年前くらいからかな。父さんから送られてくる手紙にさ、みょうな内容がまぎれてくるようになったの。


 ―――何だと思う?


【義母さん】

 聞きたくない! お前がキョウイチロウさんに愛されるはずがない! あの人はアタシと結婚したの! アタシのものになったの! お前なんかが!!! あの人の目にまるはずが!!! 無いんだよ!!!


【歌音N】

 案外あんがい、傷つかないもんなんだな、と。ヒステリックに叫び続ける義母を、冷めた目で見つめながら思う。


 死ねばいいだの、愛されるわけがないだの、そんな罵倒ばとうを受ければ、ちょっとくらいは傷付くと思っていたのに。


 傷付くとか、悲しいとか、つらいとか。

 そういうのは全然感じなくて、おやまぁ薄情はくじょうになったもんだと達観たっかんしてみたけれど、嗚呼ああと。気が付いた。


【歌音】

 可哀想かわいそうだね、義母かあさん。


【義母さん】

(怒りで言葉を忘れて)

 ………っ!!!!!!!


【歌音N】

 あ。と思った時にはもう遅くて。


 振り上げられた義母の平手ひらて呆然ぼうぜんと見上げたまま、


【龍明】

 何やってんだ、あんた。


【歌音】

 たっ、ちゃ……


【義母さん】

 離して! 離しなさいよ! たかが喫茶店の息子がいきなり偉そうに何よ! 離しなさい!!


【歌音N】

 少し息切れしたたっちゃんは、義母かあさんの手首をつかんで離さない。

 その力は女の義母では敵わないらしく、“離して”と叫んで暴れる割に、じくは全くブレていない。


【龍明】

 歌音、怪我してねぇよな?


【歌音】

 …ん、平気。…何でここに? そんな遅かった?


【龍明】

 外まで丸聞こえだ、アホ。


【歌音】

 なるほど。


【義母さん】

 何よ! 何よもう!! 離せって言ってんでしょ、このクソガキ!


【龍明】

 生憎あいにくあんたよりずっと大人だよ。


 とりあえず一輝かずきにおじさん呼んで貰ってる。…あと近所の人が通報したらしい。


【歌音】

 そんなに響いてたの?


【龍明】

 まぁ。ここらは夜は静かだし、余計だろ。


【父さん】

 歌音かのん! 大丈夫? 痛い所無いかい?


【歌音】

 大丈夫だよ、父さん。たっちゃんが助けてくれたから。


【父さん】

 龍明たつあき君…歌音かのんを助けてくれてありがとう、うちの妻が申し訳ない…!


【龍明】

 いえ。


【義母さん】

 キョウイチロウさん!! 違うの、違うのよ! こいつが! こいつがいけないのよ! 一輝かずき君だけじゃ飽き足らず、キョウイチロウさんにまで手を出そうとするから!! どうせこの喫茶店の息子だって股開またひらいて取り入ったんでしょ!?!?


【父さん】

(あまりの物言ものいいに言葉を失って)

 ル、リコさん…。


【義母さん】

 だからアタシは悪くない!! こんなのおかしい! アタシが悪い訳ない! キョウイチロウさんもそう思うでしょ? だってアタシは貴方の妻だもの。貴方が選んだ奥様だもの。離して! 離してったら!


【歌音N】

 支離しり滅裂めつれつな義母の言動に父さんは言葉を失って、呆然ぼうぜんとしている。

 たっちゃんは義母の手首を掴んだまま、気まずそうにこちらを見た。…ごめんだけどそのまま掴んでてほしい。錯乱さくらんした状態の義母を野放のばなしにはしたくないから。


 父さんを連れてきてくれた一輝かずきは、義母の事なんか見えてないみたいにスマホをいじりながら、私の隣に座っている。


【歌音】

 父さん、言えないなら私が言うけど。

 というか、言おうとしたらこの状態になったから、今言っても聞こえてるかどうか分からないけどね。


【父さん】

 ん…うん…いや、僕が言うよ。お義父とうさんとも約束したし。


【一輝】

 …どっちでもいいけど、早くしないとサツ来ちゃうよ。


【父さん】

 ゔ…。分かってるよ。


 あ、あのね? ルリコさん…。







 離婚りこん、しようか。


【義母さん】

 ……………………は…………?




 ✼✼✼




【歌音N】

 二年前の夏。浅場あさばの爺ちゃんに貰った大玉おおだまのスイカを抱えて家に戻ると、スーツ姿の父さんが玄関先に立っていた。


【父さん】

 あ、歌音かのん。ピンポン鳴らしても誰も出てこないんだけど、お義父とうさん居る?


【歌音】

 多分作業場かな。締め切りかしてくるって怒ってたから。


 それよりも父さん、珍しいね。この時間は大体仕事でしょ。


【父さん】

 ちょっとお義父さんに相談したい事があってさ。仕事抜けてきちゃった。


【歌音】

 ……そ。…じゃあ後でスイカ切って持ってく。


【父さん】

 ありがとう。


【歌音N】

 父さんにしては珍しい。と思った。

 時間帯もそうだし、爺ちゃんに相談、なんて。

 みょうに胸の奥がザワザワした。


 そもそも父さんって、ナヨナヨしてて優柔ゆうじゅう不断ふだんで、頼りないんだけれど。

 一流の大学を出て、友人の伝手つてで社長秘書なんてものをやっているからか、頭がとても良い。いや、日常生活には何故なぜか全くかされて無いけど。


 だからなのか、あまりこう。

 他人に相談事とかしている姿は見たことないし、私自身された事が無い。


 今回爺ちゃんを頼ってきたのは、きっと「家」の事でだ。




【父さん】

 ―――…お義父とうさんにはお世話になりっぱなしです。ウタノさんの事も…歌音かのんの事も…僕が不甲斐ふがいないばっかりに…


【爺ちゃん】

 ウタノも歌音かのんも身内だ。お前に頭を下げられる事じゃない。

 かく話は分かった。知り合いにそういうのにくわしいのが居るから、話は通しておく。


 だが、最終的に決めるのはキョウイチロウ、お前だぞ。


【父さん】

 ………はい、分かってます。後、あの…。歌音かのん一輝かずきにも…僕から話します―――。




【歌音N】

 セミの声をBGMに、スイカを切る。行儀ぎょうぎ良く並んだ黒い種が赤い汁と共にぽとぽと、と数個落ちる。

 何の話、してんだろ。なんて考えてみてもあまり想像はつかない。


 はたから見ると、気が合わなさそうな爺ちゃんと父さんだけど、趣味は合うらしく母さんが生きていた頃は、よく縁側えんがわ将棋しょうぎ囲碁いごなんかしてたっけ。


 最近はめっきり見なくなったけど。


【父さん】

 美味しそうだね、スイカ。貰っていい?


【歌音】

 っわ…! びっくりした。…話終わったの?


【父さん】

 うん。お義父とうさんは作業場に戻っちゃったから、後でスイカ持っていってあげて。


【歌音】

 うん、分かった。


【父さん】

 まだ時間大丈夫だから一緒に食べよっか。


【歌音N】

 庭がよく見える縁側に二人で並んで座る。

 シャリシャリとスイカを食べる音がセミの声にまぎれる。


 …聞いても、良いだろうか。

 それともまだ、知らない振りをしておくべきだろうか。


【父さん】

 ………歌音かのんは、


【歌音】

 うん


【父さん】

 ウタノさんによく似てくれたね。…嬉しい。


【歌音】

 よく考え込んで、一人でどうにかしちゃうのは父さんに似たねって母さんが言ってた。


【父さん】

 ゔ…。


【歌音】

 ふふ。…一輝かずきは目元が父さんに似てる。性格は母さん似かな。ふところに入れた人達以外、どーでもいいって感じの所とか。


【父さん】

 歌音かのんにもそういう所あるからね。ウタノさんや一輝かずきみたいに明確な線引きしてる訳じゃないけど。


【歌音】

 ……まあ、ほら。他人は何しでかすか分からないじゃない。


 で? 相変わらず話のフリが下手くそな父さんは何を話したいの?


【父さん】

 ゔ。…そこもバレてるのか。ますますウタノさんみたいだね。


(言いよどんで)

 あのね、その。離婚りこんしようと思ってるんだ。


【歌音】

 あ、やっと? 父さんにしては早い決断だと思うけど。何が父さんの堪忍かんにんぶくろを切ったの?


【父さん】

しぼり出すような声で)

 ………………見間違いじゃなければ、中学生とキスしてた。


【歌音】

のどの奥からドン引いた声が出て)

 …………ゔっわぁ………。


【父さん】

 今までの事が一番の理由だけど、「この人の事を今後(ゆる)してあげられそうにないな」って思ったキッカケは…それ…。

 …だから、時間は掛かるけど…お別れするから…その、待ってて欲しいな。


【歌音】

(ため息を吐いて)

 …母さんが言ってたんだけどさ、


【父さん】

 ………ん………?


【歌音】

 “キョウイチロウは、ナヨナヨしてて優柔不断で、とーっても頼りない奴だけどな”、


【父さん】

(情けない声で)

 ウ、ウタノさん…


【歌音】

 “でも約束はちゃんと守る人だ。だからアイツが待っててくれって言うんなら、待ってやれ。やる時はやる男だ”…ってさ。


【父さん】

(泣きそうな声で)

 ウ、ウタノさぁん…。


【歌音】

 待っててあげるから、やる時は言ってよ。私もやられっぱなしじゃ納得いかないんだから。




 ✼✼✼




【義母さん】

 うそ、うそ、うそ……うそよ………キョウイチロウさんが……キョウイチロウさんが…そんなこというハズ…ないわ……うそ、うそ…………こんなのうそだわ………


【父さん】

 嘘じゃないんだ、ルリコさん。もう決めた事だから。後は君がうなずいてくれれば―――…


【義母さん】

 嘘よっ!!!! アタシはキョウイチロウさんの妻なの!!! 子持ちだって、バツイチだって、残念がってた女共とは違う!!!

 キョウイチロウさんはアタシを選んでくれた!!! だからっ!!!! アタシのキョウイチロウさんがそんな事言うはずない!!!!


【一輝】

(小声で)

 うっるさ…。


【義母さん】

 ダメよダメよ、絶対にダメっ!! 別れない!! アタシ絶対に別れないから!! やだ、やだ!! そんな目で見ないでよ! いつもみたいに優しい目をしてよ! そんなのキョウイチロウさんじゃない!!


【歌音】


 良い加減にしたら? 義母かあさん。


【父さん】

 か、歌音かのん…。


【歌音】

 知ってるでしょ、父さんは貴方が好きで結婚したんじゃないってさ。


【義母さん】

 ………っ!!


【一輝】

 こう見えて俺達よりイカレてるからね、父さんって。会社でもその片鱗へんりんくらいは見せてんじゃない?


【父さん】

 ちょ、ちょっと二人ともひどくないかい?


【歌音】

 しかも無自覚。救えないね。

 よく考えなよ、義母かあさん。


 再婚相手がイカレてるからって、当時とうじよわい十五の小娘こむすめが家から出る事を許すような男だよ?


【一輝】

 再婚した理由もまじでキチガイなんだよな。


 ただのひら社員の女の借金、一括いっかつで払って、その女が借金返すまでで良いから結婚してくれってすがってきたら、ホイホイ結婚しちまうんだもんな。


【義母さん】

 ……っ、じゃあ何で今更、こんな…!!


【歌音】

 ―――イガラシ君って、知り合い?


【義母さん】

 …………は、


【歌音】

 ねえ、義母かあさん。


 イガラシ カズキ君って知ってる子だよね?


【義母さん】

 ―――っっっ!!!!


【一輝】

(喉の奥からしぼり出すような声で)

 …………………きっっっ、んも……。


【義母さん】

 ち、違う! 違う違うっ、違うの、一輝かずき君、違うのよ! この女が、この女が勝手に言ってるだけなのよ…!

 アタシはそんな子、知りもしないんだからっ!!!


【歌音】

 マツバヤシ カズキ君に、ゴトウ カズキ君、サオトメ カズキ君…あとは、ニシカワ カズキ君だっけ?


【義母さん】

 う、うるさい煩い!!! 黙れ、黙れェェ!! そんな子達、知らない! 知らないわよぉぉ…!!! お願いだから、黙ってよぉぉぉ…!!!


【歌音】

(ハッキリした口調で、しかしさげすむ意思はなく)

 ねえ、義母かあさん。


 ―――可哀想だね。


【義母さん】

 ぅぅぅぅ、ぁぁぁぁ…!! ぁ゛ぁ゛…、うぅぅ゛…!!


【歌音N】

 最早もはや人語じんごではない音を吐き出しながら、義母かあさんはくずれ落ちる。

 同時にたっちゃんも崩れ落ちそうになったけれど、私が目で“離していい”と伝えれば、すぐに義母かあさんから距離を取った。


 もう彼女は何のアクションも起こさず、ただ延々となげきを床に落とすだけの人になっている。




 …静まり返った夜の町に、パトカーのサイレンだけが、けたたましく鳴り響いていた。





 ✻✻✻





【歌音N】

 心地よい風がほほでる。


 あの後、義母ぎぼは警察に連れて行かれ、二度と顔を合わせることなく町から居なくなった。


 父さんは離婚成立の為に、会っていたみたいだけど、私も一輝かずきも会いたいとは勿論もちろん思わなかったし、義母の方も“会いたくない”と言ったらしい。

 私はかく、あんなに熱心に愛していた一輝かずきにも会いたくないなんて、と驚いたけれど、彼女は父さんを引き留めようと必死過ぎて、他に手が回らなかったらしい。




【一輝】

 姉ちゃん、何か浅場あさばの爺さんから大根もらったんだけど。


【歌音】

 げぇ、またぁ? もういっぱいあるから良いって言ったのに。…まあいいや。し大根にでもするよ。土間どまんとこ置いといて。


【一輝】

 ほーい。


【歌音N】

 あの事件? 騒動そうどう? から一年。私は家には帰らずに、そのまま爺ちゃんの家に住んでいる。名義めいぎは爺ちゃんの亡くなる一年前に変えていて、家も畑も、ついでに言えばちょっと広めの駐車場ちゅうしゃじょうも私のものだ。

 そしてそこに転がり込んできたのが、弟の一輝かずきである。


 大学生になったら、義母が居る居ないに関わらずひとり暮らしする予定だったらしいけれど、不動産屋の不手際ふてぎわで、住むはずだったアパートにはすでに別の人が居たとか何とか。


 荷物をほどくのも面倒で、しかも実家には戻りたくないらしい一輝かずきが、目をつけたのが爺ちゃんの――今の私の家だった。


【一輝】

 来週、温泉でも行こうかって父さん言ってるみたいだけど、どーする?


【歌音】

 畑見なきゃだから、日帰りでって言っといて。

 最近、ざるの被害が増えてるんだって。何でかウチの被害は無いけど。


【一輝】

 爺ちゃんが仁王立におうだちでもしてるんじゃない?


【歌音N】

 爺ちゃんが畑で、案山子かかしごとく立っている姿が安易あんいに想像出来て、思わず吹き出した。


 そうして一輝かずき一頻ひとしきり笑ってから、ふと寂しくなって、…それでも無理に口角を上げてみる。



 (間)



 何だか、今更ながら。夢かと思ってしまう。

 爺ちゃんが死んだ事も、義母かあさんがもう居ない事も。


 だけれど、ちゃんと現実で。リアルで。

 悲しくなったり、ちょっと嬉しくなったり、せわしないけれど。

 でもそうやって現実をめる瞬間が、すごく、貴重きちょうで大切だと思えるようになった。




【歌音】

 ほら、裏の畑行くよ。そろそろ人参にんじんれる時期だけど、それはまた今度。


【一輝】

 あ、じゃあ採れたら、人参のきんぴら食べたいっ、作ってよ。


【歌音】

(嬉しそうな声色で)

 はいはい、食べたいならちゃんと働いてよね。













STORY END.

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