七
深夜。
尚也は昼間訪れた博物館に忍び込み、警備の目を掻い潜ると、例のガチャポンの前にきた。
手には小ぶりの、鉄の斧。館内の消火栓の扉に入っていたものである。
(これしか無い。仕方が無い。どうせガチャを回せば、オレには関係無いことになる。逃げるんだ。早くこんな人生から、逃げるんだ!)
尚也の脳内で、それらの言葉が渦巻いた。
暗い、静寂の中。非常口を示す緑色の光が、ぼんやりとガラスケースを照らし出す。それは布擦れの音すら大きく聞こえる中で、振り上げられた斧に、一層眩く反射した。
強い衝撃で、強化ガラスが震える。警報がけたたましく鳴り響いた。
渾身の一撃を受けたそれはヒビが入るどころか、わずかに傷跡を残しただけで終わった。
尚也は焦った。警報がタイムリミットを知らせてくるようで、まるで急かされているように感じる。
もう後には戻れない。進むしかない。そう思い知らされる。
尚也は一心不乱に、強化ガラスを斧で叩き続けた。集まってきた警備員達に取り押さえられ始めても、それを振り切ろうと足掻き、強化ガラスに縋り付くようにして、斧を振り被る。
しかし。たとえ斧を持っていようと、多勢に無勢だった。
「待ってくれ! 違うんだ! ただ、ガチャを回させてくれればそれでいいんだ! 盗むわけじゃない! 待ってくれ、ガチャを回させてくれェ!!」
尚也の必死な叫びは、聞き入れられなかった。返事が返ってくることは無く、斧も奪われ、床に身体を押さえつけられて拘束される。
「あああああああ!!!」
*
尚也の母親は、自分の子供が逮捕されたというニュースを、他人事のように見ていた。
玄関先にマスコミや一部の動画配信者が押し掛け詰め寄っているのをBGMに、テレビからスマホへと目線を落とす。
「あーあ。やっぱりロクな子供じゃなかった。ハズレ中のハズレじゃない。一つも特化してるところ無かったし、使えないし、愛想も無い」
残念そうに、しかし、どうでもよさそうに、呟く。
「次こそはちゃんと使える良い子、来てよね」
画面には大きく『子ガチャ』の文字と、『回す』のボタン。後者をタップすれば、背景だったガチャポンの絵が動き、ズームされ、カラフルなカプセルが一つ転がり落ち。
ひとりでに、開いた。