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 親の顔を見るより先に、沸騰したミルクを頭から掛けられた。


 目線の高さからして、自分は幼児だろう。そう考えるよりも先に、熱さで思考がいっぱいになった。思わずパニックになり、叫び声を上げてしまう。思い切り泣き喚く。


 一瞬。意識の隙間に、母親らしき人物が嘲笑うような、歪んだ口元が見えた。かと思えば、すぐに不機嫌へとひん曲がり、ヒステリックな叫び声が遠くから聞こえた。


 ――うるさい! 喚くなクソガキ!!


 何かを叫んでいる。わずかに聞こえはするが、その内容までは尚也の意識に届かなかった。


 尚也が痛みと苦しみに呑まれる中、世界が暗転した。


 意識が、飛んだ。



          *



 次に意識を取り戻してわかったのは、自分が三歳児だということだった。


 年齢が年齢だからか、まだはっきりとした記憶もほぼ無い。が、煮えたぎった直後のミルクを掛けられたことだけは鮮明に覚えていた。否、あれのせいで、他の記憶が飛んでしまったのかもしれない。


 何にしろ、とりあえず、親の区別は自然とついていた。まるで刷り込みでもされたかのように、どのような人物かも、経験してきた感覚が理解している。


 今回の親は――――『最悪』と言えるものだった。


 令和。感染症の流行からしばらく。


 在宅ワークが一般に浸透したこの時代では、在宅で夫と育児が四六時中つきまとうせいで、母親が子供を虐待するのも珍しいことではなくなっていた。尚也も、そんな親の元に生まれた一人だった。


 二年後。何度目なのか、感染症が一時的にでも治まってきたということで、久しぶりに外出や閉店時間の規制が緩和された頃。


 ママ友の付き合いの一環だとかで連れて行かれた図書館で、尚也はこの時代のガチャポンと百円玉について調べることにした。


 前回、令和の初期には、ガチャポンも決算も仕様が大幅に変わっていた。ならば、もう少し進んだ今回は、どうなっているのか。不安しか無い。


 早く実態を知って、対策を練らなければ。できれば、また規制が強化される前に。親の顔色を窺い虐待に怯えるしかできない日々に戻る前に、少しでも情報を集めなければ。今の自分は『教育に悪い』などではなく『親が遊んでいるアプリで不都合な操作をされないように』などという理由でスマホにも触らせてもらえないのだから、チャンスは少ないのである。


 入ってすぐの絵本のコーナーに放たれた他の子供達とは離れ、尚也は歴史的な資料のある、奥のエリアへと向かった。棚の上の方は見えないので、まずは下の方を見ていく。


 と。その中に、近代の玩具についての資料らしき、分厚い本を見つけた。背表紙の周りには、小さな玩具の写真が切り抜かれて配置されている。それは本当にちゃちなもので、ガチャポンに入っている様を彷彿とさせた。


 いざその本を引き抜こうとしても、やはり、幼子の力ではびくともしない。尚也は仕方無く、カウンターにいる司書に頼んで、入口側にある机の上まで運んでもらうことにした。


 そして表紙をめくり、目次、本文へと目を通していく。


 どうやらこの本は、図解付きの玩具の近代史のようである。写真や絵が多いので、絵本寄りの図鑑に近いだろうか。これなら、幼子が大人のエリアの本を読みたがったのに不思議な顔をしなかった司書にも納得する。


 ふと、尚也は図書館に併設されているカフェから、母親達の視線を感じた。そこは、子供の様子を見守れるように、絵本のコーナー周辺が見える仕様なのである。


 おそらく、大人のエリアから持ってきた本を読む尚也を「教育の賜物ね」「将来有望じゃない」などと褒められたのだろう。外面だけは良い母親が鼻高々ながらに謙遜するのが、嫌でも視界の端に映った。


 尚也はそれを無視して、読み進めることにした。


 そして、目的のページへと辿り着く。


 そこには、到底手の届かない事実が、絶望と共にあった。



 この時代における旧型のガチャポンは、博物館などにしか無い、とのことだった。



 両親が死ぬよりも前に、外で逮捕されるよりも先に、事故か何かに見せかけてでも、自分が虐待で殺される可能性の方が高い。まずは、なんとかして生き延びなければ。


 それだけを胸に、尚也は日々を送るようになった。


『神は乗り越えられる試練しか与えない』


 そんな戯言を、遠い昔に誰かが言った。その真意を誤解した人々が、苦しむ人々に押し付け圧し潰していった。


 乗り越えられる試練、と言うが、何も全部が真っ向勝負で挑むものではないのである。


 正面からぶつかって打ち負かす以外にも、耐えながら隙を擦り抜けてやり過ごすやり方も、逃げ道を探して撤退するやり方もあるのである。


『人生はゲームのようなものだ』


 そんな戯言を、遠い昔に誰かが言った。その真意を誤解しなかった人々も、自他の能力値、すなわちステータスの優劣に文句を言うだけで終わった。


 ゲームでキャラクターを育成する時も、攻撃力を上げるだけでは、固定のダメージを相手に与えるだけになってしまう。相手の攻撃を耐えることも(かわ)すこともできず、早々に瀕死状態に追い込まれてしまう。しかし、防御力を上げればその分耐えることができ、素早さを上げれば回避率も上がり、急所を突くことも容易になってくる。賢さも上げれば、適した作戦も立てることができる。そうして、より勝ちやすく、より生き延びやすくなるのである。


 尚也は耐え、やり過ごした。攻撃手段も逃げ道も無い以上、それが最善の攻略法だった。


 他にも、尚也と似た境遇の人は多かったらしい。


 尚也がなんとか生き延びる途中で、こんなことを主張した人がいた。


『毒親から生まれ育った者は、生まれながらに風俗に落とされたようなものだ。金を対価に、その身で心で存在で、『客』である『親』を気持ち良くさせ悦ばせる。逃げ出せない状況で洗脳されて、それが普通のことだと思い込まされる。異変に気付いても、刷り込みされた情で拘束され続ける者もいる。『世話をしてやった』『金を掛けてやった』『誰のおかげでここまで育った』…………そう脅迫して子供に罪悪感を抱かせようとする毒親は多いが、それらは『親』として当然のことだろう。犬や猫ですら、子供を育て狩りを教え、野へ放ち自由にさせる。なのに、子供を放さないままそれらを特別視して誇るお前ら毒親は、動物以下だ』


『ヤングケアラーも生み出すな。褒める言葉で感謝の言葉で、洗脳するな。それはそのための言葉じゃない。言葉にすら侮辱的だ。一番成長できる時期の子供を、衰退しか無い者の世話に縛りつけるな。子供の人権を才能を可能性を、大人の都合で踏み(にじ)るな』


『一番の脅威となる敵は、身内だ。家族であれ、親戚であれ、血が繋がっているというだけで法を掻い潜れる。家への無断侵入すら許され、故に自己防衛すらまともにできない。何を妨害されようと、汚されようと、壊されようと、捨てられようと、盗まれようと。放火か殺人でもしない限り、法は無いに等しいではないか。たとえ被害届を出せても、世間体を気にする身内がいれば無かったことにされる危険性もある。これは、人権を無視した行為だ』


『だからこそ、血縁の関係無い『個人』を護る法律へと、現行のものを改正するべきだ』


 しかし。


 いくら毒親を持つ者達がそれを支持しようと、未だにそれは実現できていなかった。


 毒親側が多いからである。


 毒親はもちろん、血縁者に毒親がいてそこからウマい汁を吸える者、身内に毒親がいない故に毒親の存在を否定し、子供側を敵視して毒親側に情を向ける者などがこれにあたる。


 現在。


 『家族』に関する制度のせいで、『人権』に関する制度は、崩壊してしまっていた。


 尚也は高校生になっても、両親の呪縛からは逃れられないでいた。


 バイトは学校で禁止され、部活は興味が無いので入らない。そこで余った時間は自由だが、親が仕事から帰ってきてからが、毎日地獄だった。


 父親はおしゃぶりの如く一日中煙草を吸いながら、偉そうに御高説とやらを垂れ流す。


「俺が子供の頃はなぁ、もっと大変だった。それでも俺は頑張ったんだ。怠けている奴もいたがな。お前は、今の時代の日本に生まれただけでも恵まれているんだぞ。他の国には、メシもまともに食えない奴らが沢山いる。戦争をしているところもある。お前は五体満足なんだから何でもできるだろ。一度でパッとできて当然だ。できないっていうのは甘え。贅沢して怠けて、養ってもらってるクセに。誰のおかげで生活できてると思ってんだ? 生意気言うなら、もう俺は仕事辞めるからな? 借金するからお前払えよ? 俺の子供なんだから当然だよなぁ? 嫌ならちゃんと親の言うこと黙って聞いてろ。この親不孝者が」


 母親は気に入らなければヒスを起こし、ジダンダをして床を踏み鳴らす。


「昔は素直でちゃんと言うこと聞いてくれたのに、なんでそうなっちゃったの!? 私が悪いの!? あなたのためを想って言ってるのよ! どうしてわかってくれないの!?!? ……ろくに何もできないクセに」


 そもそも、両親は身内内では昔から幼子のような反応しかせず、言われた言葉や稚拙な汚い言葉を動物の鳴き声のように繰り返し、大声で喧嘩をするのが常である。そこに更に格下認定した『子供』がいれば、何かにつけて粗を探し、相乗効果でより昂り、二人がかりで罵倒する。


 その活き活きしている様といったら、生理的嫌悪を引き起こす程だった。


 いかに自分が素晴らしく有能で大変で可哀想で偉くて、他人がダメでどうしようもないか。事実を他所に同じことばかりを主張し、変わるとすれば悪化の一途。相手の声は大声で遮り、まともに話ができた試しが無い。


 おそらく、この先も改善は見られない。今ですら手短に身近でマウントを取るために、執拗に子供に絡みに来る。たとえ子供が自立して家を出ても、追い掛けてきて精神的にも肉体的にも追い詰めてくるだろう。


 子供の都合も意思もすべてを無視し、あくまで『子供想いの良い親』というテイで。


 そんな危機感を、尚也は抱いた。





 尚也は、社会人まで生き延びた。


 無気力に振る舞い、従順なフリをして、両親からの精神的肉体的暴力を減らし、受け流す。会話にも自分からは参加せず、自分を両親の意識の外へと隠し、干渉を最小限に抑えてきた。干渉されても、機嫌を損ねないように対応してきた。


 相手を話の通じる『人間』と思い接することを諦め、気付かれないように相手との間に壁を作り、距離を置く。それが、生き延びる最善策だった。


 毒親持ちの中には、親の偏食ブームに巻き込まれて十分な栄養を取れず、身体や脳がまともに成長できなかったり、最悪死んだりした者もいるという。尚也にはそういう虐待が無かっただけ、まだ生存率は高かったのである。


 そして、ようやく。自由に行動できる範囲が、大幅に広がった。


 今まで、学校も仕事も家から通える範囲で、という拘束はあったが、身の周りのガチャポンを探るため、そして余計な干渉から逃れるために、仕方無く従ってきた。今や、学校も門限も無く、『残業』や『休日出勤』と言えば、自由に街を出歩ける機会がある日々である。


 初めは廃れた商業施設などを巡っていたが、例のガチャポンを見つけることはできなかった。無いとは思うが現役の商業施設や、レトロブームだかで増えた様々なレトロなものを扱う店を覗いたりしても、無かった。百円玉もそういった安価な市場には出回らず、せいぜいがネットオークションで、手の届かない程高値で取引されるくらいだった。


 もはや、実物は博物館などでしか見られなくなった、旧型のガチャポンの機械と百円玉。


 尚也は成人してようやく、実家のある街の博物館で、それに巡り合えた。


 そこには、たしかに、ガチャポンを回すための、旧型の一式が存在していた。硬貨の半身を入れて手動で回す機械も、そのための百円玉もある。


 が、一般人にとっては、到底手の届く代物ではなくなっていた。


 ガラスケースの向こう側。古く薄汚れてはいるが、整備はされているのだろう。ボックスに貼られている紙はもはや白紙に近い程に色が飛んでおり、日焼けもあってボロが目立っていた。何が描いてあるのかは読み取れないが、自分の行ける範囲にある、おそらく最後のガチャポンである。ならば、あの『親ガチャ』で間違い無いだろう。


 尚也はそう確信した。


 それは、もはや素人が容易に触れていいものではない。専門家になればチャンスもあるかもしれないが、学芸員の資格は取れても、就職するには競争倍率が非常に高く、そもそも空きがなかなか出ないと聞いていたため、そんな選択肢は最初から無いに等しい。


 となれば、ガチャポンを回す手段はただ一つ――――


 尚也は諦めなかった。





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