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 次の親は、どうやらマシな部類らしい。たまに喧嘩はするが、非行をすることも、理不尽に他人を馬鹿にして楽しむことも、無駄に高圧的な態度になることも、暴力も無い。両親の性格が悪いわけではない、というだけで、平凡な家庭でも心地良いように感じられた。


 平成で高校生となった尚也は、一ヶ月も暮らせばここでの生活にも慣れ、前世でのガチャへの迷いも薄れたらしい。やっぱり、息苦しさを感じる前世からは早々に避難して良かった、と肩を撫で下ろした。


 精神的に余裕が出てきた、そんなある日。


 ぼうっと、尚也は最初の親のもとに生まれていた頃のことを思い返していた。


 そういえば、自分は漫画家になりたかったのである。非現実的な世界で自分を投影した人物が活躍し、現実でも自分自身が注目されちやほやされる、そんな漫画家に。


 最初の生では夢を叶えられず、そのままずるずるとフリーターをやっていたのだが。今世は、その頃の十年以上の経験も積み重なった状態での、高校生からのスタートである。


 もしかしたら――――今度こそは、成功するかもしれない。そんな希望が見えてきた。


 幸いと言うべきか、今の尚也は趣味も無くバイトをする必要も無く、暇を持て余していた。必要となる画材も、両親に話せば「何でもやってみろ」と買ってもらえる範囲である。


 今世がダメでも、使い捨てればいい。自分には『親ガチャ』があるのだから。


 そう考えると、再び挑戦してみたくなった。


「……よし」


 そこからの行動は早かった。


 思った通り、必要な画材は両親に買ってもらえた。あとは話とデザインを考え、描くだけである。数枚リハビリとして落書きをすれば、すぐに当時の感覚が戻ってくる。手放しで上手いとは言えないが、高校生にしては上出来なものとなった。当時と同じように、デザインも話も、いろんな漫画やアニメ、なんなら外国の映画も含めて、ほぼそのままにツギハギした世界を再構築していく。現代ではインターネットが普及し、小説を投稿するサイトも充実しているので、そこでも埋もれた作品から、使えそうなネタを拾っていく。理解ができずとも表面だけでも、こそぎ取っていく。それら全部を自分が考えたものとして、『作品』を描き上げる。


 いわゆる『盗作』。俗に言う『パクリ』。尚也はそれを当然のようにしていた。バレなければいい、むしろ、パクられるのが嫌なら表に出すな、とまで思っていた。


 そして、大学生となり。


 出来上がった『作品』を、とある有名な少年誌に応募してみることにした。


 それが、転機だった。


 同時期に応募された作品達は、自分と同じように既視感の強いものか、それ以前につまらないものが多かった。そんな中で、声を掛けられたのは自分だった。自分に、担当編集が就いたのである。


 顔合わせの際、冗談めかして自分の『作品』を卑下すれば、担当編集は笑って言った。


「既視感? いーよいーよ。最初は皆何かしらの影響が強く出やすいものだし。元ネタが海外だったりマイナーだったりすれば、ほとんどの人は気付かないし、気付かれても、こっちにはブランド力があるからね。大御所の意見ですら、大体は潰せるから。いやぁ、今看板漫画が軒並み終了していってねぇ。大至急、次の看板が必要だったんだ。頼んだよぉ? 『先・生』!」


「は、はい! あんなの(・・・・)で良ければ!」


 『尊敬される師』を意味する呼び方に、尚也は嬉しさを満面の笑みにして、頷いた。


 それからは、家に引き篭もる勢いで漫画を描いていった。ボツもあったが、大学を卒業する頃にはなんとか本誌の連載枠を与えられ、ようやく本誌での連載が開始される。


 いざ本誌で連載してみれば、読者からの反応はあまり良くなかったようだが、そこは編集部からのプッシュもあり、大々的に宣伝することであたかも人気作品であると見せかける方法が取られることとなった。


「人気は作るものだから。実際に読者に売れなくても、刷って本屋に売りつければ売り上げになるし、メディアに取り上げさせれば流行ってる風に見えるからね。そうすれば、他業種とのコラボもしやすくなるし、嫌でも皆の視界に入れられるってわけ」


 とは、担当編集の言葉である。


 尚也はそれを笑い飛ばしながら、万能感に浸っていた。


(『親ガチャ』は重要じゃない。運がすべてなんだ。これはすべてオレの運。オレの実力だ)


 そう結論付けると、何とも言えない満足感と心強さが感じられた。


(親が何だ。今のオレには、親よりも使える(・・・)編集がいる。オレは有名漫画雑誌の看板なんだ。元ネタ共はオレに使われるだけでもありがたいと思え。オレがそのネタを有名にしてやってるんだ。古い作品もマイナーな作品も、新人賞に送られた作品も、ネットで公開しているだけのアマチュアの作品も。全部が、オレの素材なんだ)


 無敵感に酔いしれる。編集によってレールは敷かれているのだ。何を描こうと、何をしようと、護られる。そして、読者は『自分』に注目するのだ。


 今の自分に恐いものは無い。そう思うと、パクり続けることをやめられなかった。


 弾が無い中看板へと祭り上げられた自分を、止められる者はいなかった。


 ――――と、思っていたが。


 それも束の間。連載から十年も経たない頃だった。


 あまりにもそのまま描き過ぎたせいか、大量の読者の離反が後を絶たなくなり、非難の声が多く、大きく、目立つようになっていったのである。


 初めは読者側がインターネット上のコミュニティーを気に掛け、表立っては批判できない、いわゆる暗黙の了解があった。しかし、我慢の限界が来たらしい著名人が、インターネット上で『好きな作品を汚された』『不誠実で『作品』とも呼びたくない』などと発言したのが始まりだった。出版関係者に脅されたのか、その発言は消されたようだが、それを皮切りに、不満を持っている人達が次々と『実は自分も思っていた』と暴露していったのである。


 いくらその発言を消させようとも、その話題を検索できないように隠そうとも、次から次へと湧いて出る。まさにいたちごっこであり、手の施しようが無かった。


 各方面からの多大な苦情に、信頼性の暴落。尚也のいる出版社には社員も作家もまともな人が寄り付かなくなっていき、他の漫画雑誌の方が人気に、有名になっていく。


 漫画雑誌としてのブランド力が、勢力図が変わろうとまでしていた。


 あまりの事態に、尚也のいる出版社がひとまずの対応策として尚也を見切るのに、そう時間は掛からなかった。自分達は知らぬ存ぜぬを通し、尚也にすべての責任を被せ、業界から追い出したのである。


 令和。感染症が流行し、テレワークが定着してしばらく経った頃のことだった。


「話が違う! 何をやっても大丈夫じゃなかったのかよ!? 結局口先だけで、立場がマズくなったら切るのかよ!」


 尚也はパソコンのテレビ画面越しに、担当編集へと怒りをぶつけた。


 担当編集は、あからさまに上から目線で偉そうに、言い聞かせるように返してきた。


「お前は変わらなかった。ずっと人の猿真似以下の、劣化した芸をしてばかりだった。成長が見られない。誠実さも無い。独りよがりと共に作業なんて、もうできないんだよ」


 脆弁である。それならば、もっと最初の頃に注意できたはずである。途中に何度でも、軌道を修正させることができたはずである。


 それを、今更。


「売れてる時は褒めたくせに。自分の身が可愛いだけだろ、この保身の塊が!!」


 何を叫んでも、相手は他人事のように聞き流すだけだった。





 テレビ電話を終了しても、尚也の怒りは収まらなかった。


 次第に、パクりを非難してきた者達へと憎しみを募らせていく。


(あいつらのせいだ……あいつらが余計なことを言うから……!)


 それは前からいた者達だが、その頃は何を言われても大丈夫だと思っていたので、相手にもせずせせら笑っていられた。しかし、今やそいつらのせいでこのザマである。


 パクり元の作者への慰謝料や、出版関係者への賠償金なども、のしかかっていた。メディアミックスで関連企業が多くなった分その額も多く、稼いだ大金を失うどころか、借金を背負うはめにもなった。


(今回は親もそこそこマシだったし、使える(・・・)編集も手に入った。なのに、環境が悪かったんだ! あいつらのせいで失敗したんだ! 次こそは上手くやらないと……)


 ある決意をして、席を立つ。


(――――とにかく、再ガチャだ)


 尚也は現代では外出時に必須となったマスクをすると、例のガチャポンを探すことにした。


 ――――しかし。


 街中を歩き回っても、それらしい機械は見つけられなかった。


(くっそ……! なんで無いんだよ!!)


 ガチャポンの機械自体は、ある。だが、それは『新型』のものばかりで、例のガチャポンのように硬貨を入れてハンドルを回すものではなかったのである。


 今現在のガチャポンの仕様は、電子パネルにカードを当てて電子マネーで決算し、パネルでハンドルが回る映像が流れた後に、取り出し口にカプセルが出てくるようになっている。


 電子マネーは感染症が流行する少し前から使われており、その時点で現金の使用者が少なくなっていたことが拍車を掛けたのだろう。最終的には、感染症の流行に伴い、現金の取り扱いが全面的に廃止されたのである。そして、すべての売り買いは電子マネーで、カード一枚だけで済ませられるようになった。


 それは、ガチャポンも例外ではなかったのである。


 例のガチャポンの仕様は、今では『旧型』と呼ばれている。


(……もしかして、あの旧型じゃないと『親ガチャ』はできないのか……?)


 一抹の不安がよぎった。


 旧型の機械は、使えるか否かは置いておいて、この時代には探せばまだ存在する。現役の店には無いだろうが、昔ながらの廃れた店になら、処分もされず放置されていることだろう。


 しかし、硬貨は?


 電子マネーへの完全移行の際にほとんど回収され、有効期限以降に残されたそれには相応の価値は付かず、せいぜいが記録として専門の機関に保管されるか、記念品として一部のマニアの間で売り買いされる程度である。


 その数は、現時点で劇的に少なくなっている。


 尚也は一旦帰宅すると、パソコンで硬貨について調べることにした。


 ――――そして、絶句。


 一枚の百円玉が、万倍もの値段で取引されていたのである。


 プレミアが付けば一枚のゲーム用カードが十万にも百万にもなる、というのは聞いたことがあるが、どうやら硬貨も同様らしい。今の尚也には、到底払えない金額だった。


 どうやって百円玉を入手するか。考えながら、行ける範囲で旧型のガチャポンがありそうな場所をスマホで探す。少ないながらも候補を見つけていく内、地図を誤タップして表示された航空写真に、見覚えのある、初めて見る建物が映る。


 それは、今世の幼少の頃に両親と行った、今やとっくに廃業したゲームセンターだった。


 廃業したのは、自分がまだ子供の頃だったか。一度行って遊んだだけだが、うっすらと記憶に残っている。それは手付かずで廃墟となった今も、そのままその場所にあるらしい。


 尚也は翌日、そこへ行ってみることにした。





 昼間でも薄暗い中、こっそりと、侵入。埃っぽい空間に、誰もいない静寂。しかし、普段は不良の溜まり場にでもなっているのか、少し荒れた様子で、スプレーの落書きもあった。


 幼少の頃は巨大な迷路のようだと感じていたが、大人になってみればそれほどでもなかったらしい。広いことには変わり無いが、あの頃程の衝撃は無い。が、懐かしさは込み上げてきた。


 楽しかった思い出を振り返りながら、ほとんど覚えていない内部をぐるりと見て回り、最後にガチャポンの並ぶ場所を見る。


 やはり。それはあった。


 店内のどれよりもボロボロに見える、大量の埃にまみれ、酷く錆びついた機械。商品の説明が描かれた紙は色褪せてほぼ読み取れないが、不透明な黒いカプセルの詰まったボックス。


 『親ガチャ』。


(よかった……)


 ひとまずの安堵。尚也は、それだけを感じていた。


 あとは、百円玉である。


 尚也には、一つ、考えがあった。





 尚也は、一旦実家に帰ることにした。


 両親には、『転職前のついでの身辺整理』と理由付けて、しばらく滞在する旨を話す。


 その実――――言わば、家探しだった。


(どうせ『親ガチャ』を回せばこの人生はここで終わる。何も無かったことになる。じゃあ、何してもいいだろ。他人なんか気に掛けて、何になる? オレには今後なんか無いのに。全部関係無くなるのに)


 そう思うと、今までのこともこれからのことも、どうでもよく感じられた。


 最初は、自分のもの、昔の自分が買ったり貰ったりした思い出の品やガラクタを漁る。中には、昔ゲームセンターで取った特撮のフィギュアも出てきた。取れそうで取れなくて、最後は両親に頼んで取ってもらったものである。


 しかし、百円玉は見当たらなかった。


 次は、普段使われていない部屋の物色である。昼間両親が働きに出ている内に、未だに整理されていない祖父母の遺品を漁る。金目になりそうなものは多少あったが、売って金額が目標より足りなかった場合、売ったことがバレたら面倒なことになるので、保留することにした。


 残るは、両親の預金通帳だった。


 何かあった時用に、と自分が成人した後に教えられた存在。今回の騒動でそれについて言及すれば、『それはお前の自業自得だ』『これは事故や病気での治療費や、家の補修に使う分だ』『今回の不始末の分は、自分で払って償え』と遠ざけられた大金である。


 とはいえ、隠し場所は変わっていなかったらしい。有事には家族ならいつでも誰でも、それこそ尚也でも、取り出せるようにしているのだろう。


 当時から変わらない金庫の中で、当時教えられた番号のままで。


 カードと共に、それは鎮座していた。


 記入されていた金額は、十分過ぎた。





 ネットオークションで高額に吊り上げられた百円玉を競り落としてすぐ、尚也は『親ガチャ』のハンドルを回した。錆びて固まっているのか動こうとしないそれを、体重を乗せて力を込め、両手で押し倒すようにして回していく。


 ……ガチャ、……ガチャ、――――ホスン。


 安っぽいプラスチックの光沢が、埃で覆われた。



          *



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