三
(――――やっぱりだ!)
再び一瞬にして変わった視界に、尚也は確信した。
あの『親ガチャ』は、カプセルを開けた人の親をランダムで変えるのだ。そして、カプセルを開けた人はその親から生まれた子供として、ある意味生まれ変わる。その生まれ変わった先での年齢までもがランダムなのは、その親の子供としての自我がある程度確立し、その家庭に馴染んだ辺りに『前世を思い出した』というテイになる仕様だからなのかもしれない。
赤子から始めると、行動が不自由なだけではなく、その親が当たりか外れかの判断がすぐにはしづらかったり、外れと判断してもガチャポンまでの道のりが遠かったりするという不便がある。となると、やはりある程度育ち、家庭環境をそれなりに把握できた時期の方が、都合が良い。
そこは良いのだが――――問題は『親』である。
尚也は目の前の光景に、今世での記憶を反芻しながら項垂れた。
自分は高校生。その目線の先には、険悪な空気を漂わせる、明らかにDQNな見た目の中年夫婦、もとい自分の親がいる。両方共、作家であり、ラッパーであり――――今から始まろうとしている喧嘩は言い争い、もといラップバトルだった。日常茶飯事である。
両親が険悪になったら、頃合いを見計らって、録音してあるラップ用の音楽を流す。それが自分の役割である。ターンテーブルを扱う技術を要されないだけマシだ、と思えるくらいには、自分はこの生活に毒され感覚が麻痺しているらしい。
今回はこれかな、と選んだ音楽を流せば、重低音が肺や心臓を鈍く打ち鳴らし始めた。
先手は父親だった。
「オイオイ我ら文字のエンターテイナー
モジモジするよか言った方が良ェなァ?
だけど悪口なら ラップしようぜ
吐けよ思いの丈を タップしようぜ
這いつくばってのポジショントーク
マジで言ってる? 笑えんジョーク
ハイテンションな下層のヘイター
アテンションプリーズ
脅かそうか Hands up!」
「悪口満載 拍手喝采
ぬか喜びで 嬉ションjunky
喚く様はまるで 犬よりmonkey
どこからでも掛かってこい猿よ
何も無いなら私はここを去るよ
見世物だもの楽しくダベろうず
だがお前猿真似しかできんナローシュ
お喋りできなきゃおしゃぶりするか? ん?
作家改め mother f○cker
Ha!」
――――品が無い。あまりにも教育に悪い。未成年の前でなんつー言葉を使っているのか。
そう思うも、今の自分はこれがいつものことだと受け入れているし、使われた言葉の意味も理解できている。
一言で言えば、順応していた。
一組の、ラップバトルの絶えないラッパー夫婦。そこで生まれ育った自分は、幼少の頃より英才教育を施されたも同然だった。
よって、ラップに限っては、頭の回転が速いらしい。次の一節を考えると同時に、言葉が口から出ていく程に。
感情が昂れば声は大きくなり、言葉はより過激になり、何よりラップバトルが長引く。一応近所には配慮しているらしく防音対策が万全な一戸建てだが、中にいる自分にはダイレクトに響くので、正直、早急にやめさせたいところである。
しかし、普通に言ってもノイズの如く煩わしく思われながらも無視される。相手にされない。
そこで解決策として考えに至ったのは、『同じラップによる乱入』だった。
シンセサイザーで激しく曲調を掻き乱すようにして、割り込む。勢いのままにこちらの流れに乗せてしまえば、相手の調子を崩せると踏んで。
韻を踏んで。
「ヘイ Yo! Yo! Yo!
横から降臨ッ 串刺しのよォに
言葉の卒塔婆でお前らを蹂躙ッ
ゴミは御臨終 即・成仏!
そのザマせいぜい 動物
テンション高過ぎ マヂもうムリ。。。
さながら背比べする ドングリ
草も生えない 意思の末にゃァ残ッ念!
だから冴えねンだよ 万年!」
「「フンッッッ」」
仲良く揃ったボディブローが、キマッた。
肉体の暴力は卑怯だ。何のためのラップだ。そう思いながら、尚也は地に伏した。
(天井が高い。意識は他界。油注ぎ炎上、またかい――――)
尚也はそう内心ゴチる。
仏壇の鐘が、鳴った気がした。
とりあえず、両親の仲は有耶無耶になり、ひとまず場は治まったようである。
が、尚也は納得できなかった。
後日。
週末に行った大型商業施設の一角にある、ガチャポンが大量にあるスペース。そこを覗いてみれば、やはり、例の『親ガチャ』はあった。
確かに刺激を求めてはいたが、違う、こうじゃない。次は平穏な家庭で、のびのびゆったり過ごしたい。
尚也はそう願いながら、迷わずそれを回した。
ガチャガチャ――――コロン。
親が変わった。
スムーズ(了)
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