一
「いやぁ、お前良いよな。有名企業に就職して順調だって。親ガチャ当たりじゃん」
冗談めかしてそう言えば、相手の眉間にシワが寄った。
フリーターである渦知屋尚也は、久々に旧友と飲みに出ていた。高校を卒業してすぐに就職した自分とは違い、大学を卒業して有名企業に就職した旧友。彼がそれなりに仕事にも慣れ、日常生活にも余裕が出てきたと言うので、久しぶりに会うか、と誘って成ったサシ飲みだった。
そして、新社会人としてまず話題に上がるものといえば、大方仕事のことだろう。尚也の今の言葉は純粋に羨ましいと思って言ったのだが、それが旧友の機嫌を損ねてしまったらしい。
「いや、確かに勉強や生活で不自由は無かったけどさ。俺は努力してここまで来た訳だから」
否定に聞こえる訂正の言葉に、抑えてはいるが少し力が入っているようだった。
「まーたまたまた。そうできる環境が恵まれてんじゃん。気付いてる?」
尚也は終始、笑い混じりで返す。すると、旧友はよりムキになったようだった。
「アレ『自分が必要だと思うものだけ与えておけば後は勝手に成果を出してくる』って思ってるだけだからな。重要な情報すら、こっちから聞いても『周りと同じことをすればいいから』とか言って説明無く終わるし。向こうから『大変なことになった』って言うからちゃんとしたアドバイスをしたのに『愚痴を聞かせて同情が欲しい』ってだけで、子供の意見だからと軽視して無視して状態悪化させるし、こっちも巻き添えにされるし」
「でも、何があっても両親が揃ってるんだからありがたいだろ? 感謝しなきゃ。オレなんか片親で、高校時代からバイトして家に金入れなきゃならなかったからね。大変だったんだわ」
「でも、それ以外は何をするにも自由だっただろ? どんな成績でも文句言われないし、親の機嫌取らなくていいどころかまともに話聞いてくれるし、行動も服装も髪型も交友関係も全部口出しされないし。こっちはしてほしいことを頼んでも気乗りしなければしない、なんなら嫌なら逃げるくせに、俺には逃げ場を潰してでも強要するんだよ。ホント束縛酷いからな。子供は社会人になっても人権が無くて永遠に親の好きにできる所有物だと思ってるんだよ。離れて暮らしていても好き勝手邪魔してくるし、面倒事があれば寄生しようと擦り寄ってくるんだ」
「いいじゃん、それくらい。面倒見てやれよ。子供が親の面倒を見るのは当たり前だろ? 今のお前なら余裕じゃんか」
「…………お前もそう言うのか」
ふと、旧友の必死にも思えた勢いが、すとんと落ち着いた。説得を諦めた、というよりは、見切りを付けたような声色だった。
「結局、お前もアイツらと同じなんだな。変わらない。ずっとだ」
アイツら、とは両親のことだろう。
「どうせ今日の飲みも、また俺に奢らせようってハラなんだろ?」
「んだよ、稼いでんだからちょっとくらい奢ってくれてもいいじゃん」
尚也が笑いながら言う。それに、旧友は隠すこともなく舌打ちした。
「お前と対等になれれば、と思ったけど、間違いだったよ。時間と労力と金の無駄だった」
平静を装う声色に、苛立ちが滲み出る。
「絶交だ」
その言葉を最後に、旧友は金を自分の分の代金より多めにテーブルに置いて、席を立った。
「……使えなきゃ切るのかよ。守銭奴が」
ぼそり。尚也は無言で離れていく背中に、そう吐き捨てた。
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