悪しき魔女が、大聖女ってありですか?
久しぶりの短編です
よろしくお願いします。
「聖女様〜」
「まぁ、こっちに手を振ったわ!」
「なんて、綺麗なんだろう」
「聖女様だぁ!」
白馬が連なり、聖騎士が囲むパレードの中。一際目立つ馬車に、美しい少女が乗っていた。
白金のふわふわした髪に、神秘的な紫の瞳。笑う姿は、女神も嫉妬するほど美しい。
彼女こそ、リタル王国の大聖女・ルナアリア、歴代最強と名高い聖女様だ。
(なんで、なんで私が、聖女なのっ! 私はあなた方が嫌う、終焉の魔女ですけど!?)
***
『終焉の魔女。史上最強最悪の悪しき黒魔女。
吐息を浴びれば凍り、通った跡は枯れ木しかない。纏わりつく瘴気は、呪術の残り香』
『終焉の魔女は、【黒の賢者】【白の仙術師】【金の覇王】これら三人の勇者により倒された。三人の勇者による平安の世は、末長く続いた』
「って、誰だよコレ!」
持っていた本『終焉の魔女の解説』を、投げ捨てる。
私が本人だからこそ言おう。これは、デタラメだと。
「私の息は凍らせる要素なんて、なかったわ。腐れ神みたいな要素もないよ! 誰よ、こんなことを言ったやつわ」
考えても、思いつかない。
前世の頃。それはそれは、引きこもりだった。
買い物全てを弟子に行かせ、極力研究室から出ない。外出は、不参加禁止の魔法使い会議のみ。
「それに、私を倒した三人って、私の可愛い弟子じゃないの! どうして、こんなことになっているのよ」
【黒の賢者】も【白の仙術師】も【金の覇王】も、全員間違いなく私の弟子だ。
しっかり何度も、この三人を使いっ走りをした記憶が私の中にある。
誰が、こんな間違った終焉の魔女を伝えたのは。
引きこもり続けた結果、知り合いは絶望的に少なかった。
数少ない知り合いからは、『終焉の魔女』じゃなくて『不出の魔女』と笑われたほど。
知り合いの中に、間違った情報を伝えた人がいるとすると、犯人を割り出しやすい。
しかし、知人がそんなことをするとは思えない。私の駄目な姿を知っているからこそ。
今では、終焉の魔女が悪しき魔女だったのは、疑いようのない事実となってしまっている。
だからこそ、どうして私が大聖女なのだろうと、不思議に感じてしまう。
「本当に、なんでここにいるんだろう。私じゃなくても、よかっただろうに」
『な、何を言うのです。あなたは、私が選んだ聖女ですよ』
零した愚痴に返事があったことに驚き、顔を上げた。
雪のように白い髪に、青い瞳。冷たい色彩とは違い、顔のパーツは丸みを帯び、全体的に優しげな雰囲気となっている。
彼が私を大聖女にした神、ウィル神だ。本名はもっと長いと聞くが、教えてはくれない。
なんでも、もっと深い仲になったときにでも教えてくれるらしい。
神様には、『終焉の魔女』だったことを話し、大聖女を変えることを何度も進めたが、毎度無視された。
今では、大聖女交代をほぼ諦めている。
「神様」
『そんな卑屈にならないで。私は君を思っていますよ』
「思われても、腹は膨れないよ。それに、私より聖女らしい人がそこに」
指し示す先には、きらきらしい笑顔の小動物系美少女ことアンジェリカ様が。桃色の髪を翻し、数多の男女に囲まれている。
男女というには、男の比率が多過ぎる気がしないでもないが。
『ああ、あれは駄目ですね。絶対にない』
「え、みんなの人気者って感じで、聖女に相応しいじゃない」
『……臭いのですよ』
「臭いって……彼女は、この学園の中でも、可愛い、性格がいい、近づくといい香りまですると、有名よ」
『私だけしか、分からない臭いなんですよ。それに比べて』
がばりと、背後から私に抱きつくと、首筋に顔を埋めてクンクンと鼻を動かす。
『いい臭いですね。一生このままでも、いいくらい』
「気持ち悪いから、さっさと離れて」
中性的な見た目から反して、筋肉質な腕をどうにか避けようと、四苦八苦していると、頭上から影が差した。
パシャリ
「冷たっ」
急に、上から大量の水がかけられた。
見上げれば、クスクスと嗤う女子生徒軍団の姿が見える。
「ふふふ、ざまぁないわ」
「庶民が大聖女なんて……いくら神殿の神託といえど、生意気だわ」
「そうね。その地位は、本当ならアンジェリカ様の為にあるのに」
嘲笑いながら、アンジェリカ様の取り巻き軍団は消えていった。
「……アンジェリカ様。取り巻きがこんなことしているの、知っているのかな?」
『あの臭い女なら、知っているどころか、黒幕の可能性だってありますよ』
「だ〜か〜ら、アンジェリカ様は可愛い、性格がいい、近づくといい香りまですると、有名なのよ。臭いはずが、ないんだからね」
『私の聖女は、お人好しですね』
「あ、あのっ!!」
神様と話をしていると、急に割り込んできた気弱な女の子の声がした。
「誰?」
「わ、私……同じクラスのナタリーです。濡れているから、これ」
丸い眼鏡をかけた、茶髪の三つ編みの少女が差し出したものは、タオルだった。
見るからにふかふかそうで、庶民には絶対手が届かない一品である。
「使っていいの?」
「はい、勿論!」
「ありがとう」
ありがたく受け取ると、ナタリーは頬を赤らめ、脱兎の如く走り去った。
『……ずっと、私言っていますが、我慢することないのですよ。私の聖女に危害を加えたのだから、仕返しだってやる気ですよ』
「いいのいいの。神様の仕返しは過激だし、それに、彼女にも家族がいるのだから」
『…………本当に、お人好しですね』
神様が、仕返ししたくて仕方がないことは分かっている。それを我慢させていることも。
「いつもありがとう」
『君が生きているだけで、1番ですよ』
***
大聖女としての仕事は忙しい。
大聖女だからと、王侯貴族と金持ちが通う学園に無償で通わせてもらっているが、途中で抜け出して、祈りを捧げなくてはいけない。
教会施設ならどこでもできるから、と学園内部にある教会で仕事を熟している。
『すまないね。君の力を王国中に染み渡らせるには、教会でしかできないから、苦労をかけます』
「いいの。どんな形であれ、国を守っているんだもの」
手を組み、魔力を放出させる。
大地に魔力を込めた祈りを捧げ、豊穣と守りを祈る。
魔力を使うと、きらきらと金色の鱗粉が舞うのは、前世の時から変わりない。
前世から含めて、鱗粉が舞ったりするのは、私以外知らないが、世界は広い。どこかに、同じような人がいるかもしれない。
ガタンッ!
「誰っ!」
振り返れば、金髪碧眼の美しい男が、目を見開いて、私を凝視していた。
美しい男は、私でも顔だけは知っている。学園中の女子を虜にしている、モテモテの先輩なはずだ。(それしか知らない)
美男先輩は、ツカツカと早足で近寄ると、私の腕を取る。
「な、なに」
「君は、終焉の魔女だな」
ピシリと体が固まった。
『ルナアリアっ、早く。正気に戻って!』
「はっ!!」
体感10秒。
腕を捕らえる手を振り払うと、数歩後ろに下がる。
「わ、私が、しゅ、しゅ、しゅ、終焉のま、ま、魔女だなんて、どどど、どこで聞いてきたよ。あ、あ、ああありえないわ」
「聞いてきたのではない。俺だからこそ、分かったのだ」
美男先輩は片側だけ口角を上げ、私の周りを舞う鱗粉を指差す。
「それが、なによりの証拠だ。魔力に鱗粉が混じっているのは、魔法歴が始まって以来、終焉の魔女。君だけだ」
「な、な、な、な、そんな証拠が、どどどどこに」
「我が家の長年の研究成果だな。まぁ、それはどうでもいい」
ますます性格が悪そうな顔になった美男先輩に、恐怖から逃げようとするが、壁に追いやられた。
「歴代最強と名高い大聖女がね……まさか、終焉の魔女とはね」
「じじじ辞任して欲しい、ということですか?」
「いや、そうではない。俺の手足となって欲しいだけだ」
「はぁ」
「その話は後日ということで」
あっさり私を解放すると、美男先輩は教会を出て行った。
「ほっ。なんとか、凌げたかな……って、神様どうしたの!?」
『…………いや、ね』
いつも穏やかそうな顔の神様が眉を顰め、不機嫌そうに美男先輩の後ろ姿を睨んでいた。
***
次の日。
今日も登校日だ。朝の祈りが長引き、登校時間ぎりぎりの時間になってしまった。
早足で教室に向かっていると、近づくほど、生徒たちがざわついている。
不思議に思いながらも、教室の前に着くと、廊下にまで人が溢れるほど野次馬がたくさんいた。
「ナタリーさん。あなたの机と教科書がこんなことになったのは、あなたがいけないことをしたからよ」
「わ、わ、私。そんなこと……」
「誤魔化さないで、私。知っているわよ。あなた、偽聖女のルナアリアを助けたでしょう」
「そ、それの何が」
「だからよ。本物の大聖女であるアンジェリカ様にお憑きしている神様がお怒りですのよ」
「そ、そんなぁ!」
中で一方的に話しているのは、桃色美少女ことアンジェリカ様の取り巻き軍団だ。
昨日、私にタオルを貸してくれたナタリーの机は綺麗に二つに割れ、教科書や筆記用具はびしょ濡れになっている。
「か、神様の怒りなら、もっと壮大なことをしそうでは」
「タオルを貸したくらいでは、天変地異を起こすまでもないそうよ」
「まさか、本当に?」
ナタリーは俯いた。細い身体を震わせ、拳を握っている。
「あら、偽聖女じゃないの」
目敏い取り巻きが、私に気付く。つかつかと近寄ると、威圧するように、目の前に立ち並ぶ。
「どう? あなたを助けた結果、ナタリーさんはあんなことになってしまったのよ?」
「図々しく、まだ大聖女の地位にしがみ付いているつもり?」
「早々に、アンジェリカ様に渡しなさい」
にたにたとした笑みを隠そうと扇を広げているが、隠しきれていない。
彼女らは正義を語っているつもりだろう。しかし、第三者から見たら、どちらが悪役か。
『……もう、私。我慢できませんよ。ずっと我慢してきた結果がこれです。もう罰を与えても、よいでしょう』
「……そうね」
神様の憤った声に、私もなぜ今まで我慢してきたか分からなくなる。
「おやおや、大がかりな言いがかりだね。それにしては、知恵が浅い」
「ジュダル様っ」
堂々とした男の声に、媚びたアンジェリカ様の取り巻きの声。
男は美男先輩だ。彼の名前は、ジュダルというらしい。
「ユアンナ。君には、失望したよ」
「な、なにを言うのです?」
「それはこっちのセリフだね。我が国の大聖女を貶めようとは、厚顔無恥な」
「貶めようなどと……私は、事実を述べているだけですわ!」
「その口は、これを流しても言えるのか」
ジュダルが、魔法を発動させる。
空中に真っ白な板が現れ、白と黒の細かい波が何度も板の中で泳ぐ。
すると、波が一気に引き、鮮明に何が映し出される。
『うふふ。今なら、誰もいないわ。さぁ、ナタリーさんの机を壊しなさい』
板に映る、アンジェリカ様の取り巻きこと、ユアンナが背後の男に指示をする。
指示を受けた男は、躊躇いなく机の上に刃物を振り落とす。机はいとも簡単に真っ二つに割れ、中に入っていた教科書が散らばる。
『ほら、あなたたち、やってしまいなさい』
『は、はい』
ユアンナ以外の取り巻きが、水が入ったバケツをぶち撒け、教科書などを濡らした。
『あはは、これで天罰の出来上がりよ』
「これで、何も言えないな」
「ふん。庶民が大聖女など、不釣り合いなのよ。その地位は、もっと高貴な方が着くもの。アンジェリカ様だって、思っているわ。だからこそ、私は!」
「ユアンナ」
淑女の仮面を捨て、怒鳴り散らすユリアナを止めるように、静かな声が響く。
「アンジェリカ様っ、私はあなた様のことを思って」
「ユリアナ。私、そんなこと、一度も頼んだ覚えがないわ。勝手にそんなことをして、人を傷付けるなんて……」
「ユ、ユリアナ様?」
よよよ、と涙を拭く仕草をすると、ユリアナは私の腕を取り、目を合わせる。
「すまないわね。私の友だちが勝手にこんなことをしてしまって……」
何度も謝られると、私が居た堪れなくなる。
彼女は、何も悪くないのだ。取り巻きの暴走は、彼女の意思は入っていないだから。
「いいのです。アンジェリカ様は何も悪くないです」
「そう、よかったわ。次、困ったことがあったら、遠慮なく教えるのよ」
颯爽と、アンジェリカ様は去って行った。
取り残された取り巻き達は、唖然としたまま立ち尽くしている。
「ユアンナ」
「……ジュダル様」
「今回のことを重く見て、婚約は破棄させてもらう」
「そ、そんなっ。お父様に何て言えば。それに、ジュダル様のことを、愛してますのよ!」
「しかし、我が国の宝となる大聖女を、見下す人を、国の中枢に置くわけにはいかない」
「そんな!」
「これは、決まりだ。覆ることはない」
それを最後に、ジュダルはユアンナから離れ、私に近付く。
すれ違う瞬間、小さな声で囁かれた。
「13時、学園内部の教会で待っている」
***
教会の扉を開けると、すでにジュダルが待っていた。
「遅かったな」
「すみません」
時計を見れば、2分過ぎている。遅いと言えないと思うが、ここは素直に謝っておこう。
「指令を言い渡す前に、いい手足となってくれたな」
「はぁ?」
何も心当たりがない。
きょとんとした顔で、首を傾げていると、ジュダルがくすりと笑った。
「ユアンナの件だ。彼女を婚約者のままにしておくのは、色々と問題があったんだ。家にとっても、私にとっても」
「はぁ」
「そこで、君がいい具合に、ユアンナが問題を起こすよう、行動してくれた」
たまたまだ。
これが、二度、三度続くわけがない。
これを期待されても、困る。
「この調子で、次の指令も頑張ってくれ」
「は、はい……」
嫌だ。
嫌だと思っても、拒否できない。彼に弱みを握られているのだ。
大聖女としてこの王国を守りたい私は、絶対に『終焉の魔女』だったことを隠し通さなくてはいけない。
『あいつ……』
「どうしたの?」
いつの間にか、神様が顰めっ面で立っていた。
今日昨日といい、珍しい神様の表情をよく見る。
「具合が悪いの?」
『いやいや、元気だよ』
私の顔を見たときには、いつもの神様だった。
このまま本当に『終焉の魔女』だったことがバレないだろうか。
不安混じりの、ため息を吐いた。
***
夜も深く、針は深夜を示す頃。
ジュダルは書類から顔を上げ、窓を見る。
「やっぱり来たか」
『ふん。前々から、君のことは嫌いでしたが、もっと嫌いになりました』
今のジュダルには、声しか聞こえない。机に置いてある、特殊な眼鏡をかけると、窓の近くに一人の男性が現れた。
真っ白な、腰まである長髪に、澄んだ青の瞳。
穏やかそうに見える顔の作りは、その色彩と表情のせいか、冷たく見える。
中性的な、老若男女を虜にする絶世の美貌。
しかし、ジュダルが知る彼の姿はこれではない。
髪は黒く、美貌はもっと抑えめだったはずだ。
ただ、それも何百年も昔の話で、しっかりとは思い出せない。
「今は何と呼べばいい?」
『好きに呼べばいいと思いますよ』
「では、ヴィシュルと」
『懐かしい呼び名ですね。ジュダルシーク』
「そっちこそな」
二人、合わせたように笑い合う。
「しかし、な。師匠のストーカー一番弟子が、まさかの神とはな。いつ神格を貰った」
『いいえ、貰ってなどいませんよ。最初から、神の座に着いていましたよ』
「そうか……何を思ったのか知らんが、今世では最初から、神として出会ったのか。しかし、記憶を持ったままでは、正体がばれないのか?」
『ばれませんよ。ええ、知れるような失態は犯しませんよ』
「……お前なら、できそうだな」
昔から気に入らなかった。
一番弟子のこいつは弟子の癖に、師匠を支配しているようにも見えた。
見えた、のではない。実際、支配していたのだろう。
だからこそ、気狂いにも思えるほどの引きこもりになったのだろう、師匠は。
『しかし、上手くやりましたね』
「あれは上手く利用しただけだ。ユアンナ嬢とは、早く婚約破棄したかったから、助かったぞ」
『婚約破棄して、何をしたいのやら』
「……そこまで、教える必要性はない。それに、お前だって、得しただろう?」
聞けば、ヴィシュルは聖なる神様とは思えない、悪辣な笑みを浮かべる。
『どうにかして懲らしめたかった奴らを、どうにかできる権利を貰いましたので』
「いくら、お人好しの師匠でも、堪忍袋の緒が切れたか」
生まれ変わってから、ずっと気になっていたことが、ジュダルにはあった。
ちょうどいい機会だ、と聞いてみる。
「それで、ふざけた終焉の魔女の伝説はお前の仕業か?」
『違いますよ。私も誰が、あんなことをしたのか、知りたいくらいです』
「……神なのだろう。見ていたのでは」
『その頃は、可愛い私の聖女の剥き出しの魂を見ることに夢中でして……』
「相変わらず気持ち悪いな」
ヴィシュルの足が、少しずつ光の泡になっている。
「もう帰るのか」
『ええ、ルナアリアを一人にはできませんし』
「相変わらず、過保護なもので」
光を散らばし、ヴィシュルは消えた。すでに、ルナアリアの元に帰っているのだろう。
あいつのことだ。
どうせ今頃、彼女の寝顔でも見るのに忙しいのだろう。
「本当に変わりないな。今世も、師匠はあいつのものか」
そう思えば思うほど、悔しいことはない。
やけ酒をしないくては、やってやれない。
静かに、『終焉の魔女の弟子』であった、【金の覇王】と【黒の賢者】の密談の夜は過ぎていった。