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正義のヒーロー、左遷される。

作者: 猫ヌリカベ

 日本に正義のヒーローがいることを、あなたはご存知であろうか! 彼らは、今日も日本を守っているのである!

 ここに、ヒーローの中のヒーローと称された、逞しく慈悲深く、最も正義感に厚い一人のヒーローを書き残そうと思う。彼の名は、義正(よしまさ)。一浪してヒーローとなった二十一の男である。話は、彼が上司から肩を叩かれたところから始まる。


 日本の平和を守る義正は、オフィスで肩を叩かれた。振り向くと、上司が不自然な微笑を向けている。その一瞬で、義正は自分が不遇の地へ飛ばされることを予知した。彼は生まれつき勘がよく、人の気持ちを尊重する者だった。その為、周囲に悪く思われないよう穏便な生涯を歩んできてしまったのだ。

 義正は、落胆の気をなるべく面へ出さずに、上司の言葉を待った。案の定、左遷の話だった。どうやら、遥か南の島国に行かされるらしい。

 義正は正直、日本から飛ばされることを前々から勘付いていた。そして、給与の増減を考えなければ、むしろそれを望んでいた。なぜなら、日本に居る他のヒーローとは馬が合わないからである。同年代のヒーローや上司は、正義の根本的な価値観が自分と違っていた。

義正は思いを混沌とさせたまま、空を飛び南島へ旅立った。


 その島はロン族と呼ばれる原住民が支配する国であり、また、ロン族は食人種だった。

 正義のヒーロー義正は、食人を正義の名においてどう対処すべきか思い悩んだ。ロン族が数百年前に築き、貫き通してきた一文化は、今まで出会ったことのない強大な壁であり、尋常な手段では罷り通らないと察したからである。


 ここで義正は、僅かな道でも見出そうと上司の言葉を思い出した。

『そこに住む人間が正しいと思っていることが正義だ。我々正義のヒーローは、人間が悪意を持って行動している時のみ、行動すれば良いのだ』

 その志を見習うとすれば、義正は原住民の食人に口を出してはいけないだろう。ロン族の食人は最早習慣であり、悪意を持って人を食べているのではないからだ。我々日本人が、同地域の方に「お早うございます」とにこやかに会釈するのを非難する馬鹿はいない。


 続けて、義正は同年代である秀才の言葉を思い出した。

『正義とは、歴史や物語から作られた規則と照らし合わせた時、【正しい】と思われる行為である』

 一見、正義の広義を明確に述べているようだが、根を掘り出してみれば、どのような行為が【正しい】のか確定していないのが斯界なので、その主張は酷く有耶無耶な内容だと分かる。ただ、この世界一般論の規則で人食は悪行とされているので、その主張に則れば、正義はロン族を咎めるべきなのだろう。


 義正は考えた。

 自らの理念も交えて頭を捻る。しかし確実な対処法が思い浮かばなかった為、彼はとかく行動せねば意味がないと立ち上がった。

 島の中心部に歩いていく義正だったが、丸腰の度胸と裏腹に、彼の顔色は頼りないばかりであった。


 義正はロン族の村へ踏み入れた。劈頭第一に襲われる心配もしていたが、思いがけず歓迎される。少々戸惑ったが、彼らは生きている人間を殺してまで人食を行わないのだと知り、大変安堵した。

 義正は、その村で三日程過ごした。しかし、食人の光景は見なかった。そればかりか、視界に映るは村民の平和な暮らしである。彼ら以上の朗らかな笑顔を、義正は日本で見たことがなかった。我知らず抱いていた醜い偏見を、義正は酷く反省し考え直す。ロン族は、悪党の集団ではなかったのだ。


 しかし、義正が村に馴染み始めたある日のこと――

 村の女性が一人亡くなったらしい。すると義正は、村長に広場まで連れられた。儀式を行うので、見ていけと促される。義正のこめかみに、冷や汗が伝った。

 広場の中央には高々と火がくべられ、四人の青年がそれを取り囲んでいた。そこに、強靭な腕で風呂敷を担いだ男が行く。青年達の後ろで風呂敷が広げられると、串刺しとなった人の腕や足が姿を現した。男はそれらを、四人へ一つずつ配ってゆく。青年達が各々持つ肉を焼き、貪り始めた時、堪らず義正は吐瀉物をぶちまけた。彼らが人肉を平らげ終える前に、義正は気を失ってしまった。


 明くる朝、義正は村長の家で目覚めた。頭はくらくらし、気持ちが優れず、食欲は当然に気力さえ湧かない。眠気が消えていく内に、平和に思えたこの村へ怒りが芽生え始めた。

やはり人食は咎めるべきである。怒り、責め立て、一刻も早く終えさせるべきだと、彼の中の正義が久方振りに燃え滾った。

 義正は、口調を険しくさせて村長へ言った。


「この村はなぜ、あのような儀式を行うのですか?」


 村長は誠実に答える。


「我が村では、成人となる為には死人の肉を食さなければならないのです。これは何百年も前から決められていることですが、決して虚礼となっていなく、皆が確立した思いを持って儀式に参加しております。そもそも人食の意義ですが、我々は死体にも魂は宿っているという一種のアニミズム的思想から、更に死体は生前と比べ物にならない聖なる魂を有していると考え、それを体内へ入れることでより良い人間と成れると信じているのです。

 私も、成人前に人肉を食べました。私が九十を超えても健全な肉体で居られるのは、あの儀式のお陰であると信じています」


 村長の瞳に悪意は見えなかった。しかし義正は臆せずに返す。


「侮蔑する訳ではありませんが、食人が世界的に食のタブーとされていることをご存知でしょうか。例えば、私の住む日本でも食人の記録は残されていますが、やはり悪いように書かれ、行なった者は罰せられています。食人は、【正しくない】。それが世界の意見でもあります」

「なるほど、分かりました。しかし、だからと言って止める訳にはいきません。世界的に認められなくとも、我々の地域では食人によって成人と成ることが【正しい】のです」


 義正は、規則から見た正しい行為を正義だと唱えた訳だが、ロン族の確固たる意思には歯が立たなかった。それ以上言うこともなく、義正は村長の目を見て黙りこくる。そして、「いや、失礼しました」とその家から出て行くと、何事も無かったかのようにロン族の村を徘徊していった。


 この村の者は、笑顔で挨拶をすれば、笑顔で返してくれる。あの儀式を見るまで、義正はこの島に一生住み込んでもいいと思えるぐらい、この村を好きだった。しかし、自分に優しく食べ物を与えてくれるお婆さんも、日の元で一生懸命働いている男性も、皆食人を経験しているのだと考えるとたちまち気分が悪化し、胃が引っ繰り返りそうになるのだった。

 ノイローゼに苦しみながら、ギリギリのところで狂気せぬよう自己を持ち、義正はロン族と友好的に暮らしていった。時が経てば経つほど、なぜこのように素晴らしい村人が食人をするのかと思い悩まされる。そして、日に日に強くなる「正義とは何か。正しいとは何か」という自問の声に傷心するのであった。


 そのような日々が一月続いたところで、遂に義正は新たな行動に移る。彼は己の正義を貫く為、隣村まで足を運んだのだった。


 ロン族の村長の家へ、訪ねる者があった。一ヶ月前、義正が初めて儀式を見た時、風呂敷を担いでいた男である。男は言った。

「村長、遠い国から来たという、あの男ですが、あいつは中々良い奴です。そこでどうでしょう、あいつにも食人の儀式をさせてやりませんか」

 その提案に、村長は難しい顔をする。

「むう、確かに良い案だが……」

 眉を顰める村長に、どうかしたのですかと男は問う。


「いや、あの男に以前、なぜ儀式を行うのかと尋ねられてな。あやつは、どうやら人を食べることを良く思っていないらしい」

「はて、そうなのですか。余所者の考えはよく分かりませぬな。我々は人を殺している訳ではなく、死した者を食しているので間違っていないではないですか。」

「そうよのう、そうよのう……」


 その時、新たに青年が入室してきた。焦燥した表情は非常事態の知らせを物語っている。青年は、息を整えて言った。


「村長! 隣村のターマ族が、この間ここへやってくきた義正という男を食いやがりました!」

 

 その知らせに、村長と男は目を丸くさせて驚きの声をあげた。そして、どういうことだと怒りを露にする。

 ターマ族とは、ロン族と長らく敵対関係にある者共である。長い歴史の中で、息絶えたターマ族の者を食べたロン族は少なくない。

 青年は続けた。


「どうやら、昨夜義正がターマ族の集落へ行き、ロン族から来たことを告げた後、どうしてか自ら命を絶ったようです。そして、彼はターマ族の憎しみの的となり、骨も残さず食べられたとか……」


 青年の下瞼には、清らかな涙が溜まっていた。一ヶ月とはいえ、青年は義正とよくしてきた仲であったので、様々な思いが込み上げているようだった。

 憤怒に震えていた村長だったが、次第に感情は悲愴が強くなり、また、義正の決意に打たれ胸を痛めた。

 遠い国からやってきて、ようやく仲間意識が芽生えてきた者を食われる悲しみ。そして、自分の命をかけてまで思いを伝えてくれたことへの有り難味。村長は大いに悩んだ挙句、義正の思いを一心に受け止めることにした。これで行為を改めなければ、命への冒涜となってしまう。死んだ魂への侮辱になってしまう。それは、ロン族の根本精神に反するものだった。

村長は、これから一切の食人を認めないことを、村人に告げたのであった。


 こうして、正義のヒーロー義正は、一つの村を改心させた。未だに、食人を止めさせるのは【正しい】のかは判断し得ないが、彼は、自らの正義を貫き通したのだった。


 彼は、正義についてこう主張していた。

『正義とは、見知らぬ人にでも嫌いに人にでも、その人の為になることならば、命を懸けて奮闘することだ』

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