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村長は鞄から水差しを取り出し、蓋を開けると地面に中身を垂らした。家畜の血だろう。赤く、血なまぐさい。
黒魔術でも始まるのかと身構えたが、意図はすぐ解った。
砂がもこもこ盛り上がり、何かが地中を移動してきた。
「あ! ジョーンズだ!!」
ルシャが歓声を上げる。砂から顔を出したそれはどう見ても……
「鮫!?」
「砂鮫だ。よく躾けてあるし、道にも人にも慣れたもんだから背中に乗ってりゃ着く」
村長が鮫にエサをやりながら言う。
説明の間にももう一匹が砂から顔を出した。
村長が投げる干し肉や家畜の血を旨そうに貪る鮫の顔にはどこか愛嬌がある。歯の生え方は肉食のそれだが、目が妙に可愛らしい。砂の中を生きるせいか、瞼があり、時折ぱちくり瞬きをする。
ルシャにもよく懐いているらしく、気持ち良さげに撫でられている。
日本神話では、獰猛で危険な生物ではなく、神の遣いとか溺れた人間を助ける役どころが多かったと聞く。たわむれる2人と2匹を見ているとそんなことを思い出した。
「オアシス付近の街までやったことはないが……まぁルシャが付いていれば心配はあるまい」
オアシス解放後、距離を考えれば村に戻るより近場の街に向かった方が良いだろう、という話になっていた。
まだ確定ではないものの、この村に送り込まれてきた魔獣や魔獣士がその街を拠点にしている可能性が高いのも理由の一つだ。
「街がどんな様子かは解らないんですよね?」
「ああ。魔皇朝の手に落ちてからキャラバンも止まってる。時折難民が逃げてくる程度でそれも最近はとんと、な……」
「ま、怖がってばかりもいられません。飛び込んでみます」
「頼もしいが……まず砂鮫を恐がるのをやめたらどうだ?」
凶悪なイメージのある鮫のだが、実際に人を襲う種類は限られている。現に目前の砂鮫は2人によく馴染んでいる。
「お戯れを。誰がそんな可愛らしい動物を恐れたりしますか」
「いやめっちゃ遠い」
確かに野柳は砂鮫の登場からこっち、隙を見て距離を取ってはいた。取ってはいたが、こちらの世界ではあちらの馬のように親しまれている人間の友たる動物を恐れている筈がなかった。
筈なのだが。
「なぁに一応村の外です魔獣が来ていないか念の為の警戒をば」
「顔がな……めっちゃ嫌そうなんよ」
「砂嵐収めてないから魔獣のことは大丈夫です!! 師匠」
「へ、ヘェ~。そしたらこれからお世話になる砂鮫くんとやらにご挨拶をしようかな……」
「元気がなさすぎる」
ともあれ、野柳は砂鮫の傍らに立った。ルシャに訪ねる。
「撫でたんでいいのかね?」
「そおっとですよ。頭の方から背中に掛けて優しく話しかけながら撫でるんです!!」
「そおっとだね……」
恐る恐る手を伸ばす。やっぱり恐れていた。
「大丈夫ですよ!! 大人しい生き物なので!!」
「こ、これから、よろしく……」
頭に手を触れ、ゆっくり後ろに流すが。
「ギャッ」
噛まれた。咄嗟に液状化して逃れるが、間に合わず鋭い歯に触れた部分の服が切れ、肉が避けて血が流れる。
「ははは。おちゃめなやつだなぁ」
村長が棒読み気味に言う。
「いや出血してるんだが」
「からかったんですよ!! 賢い生き物ですから!!」
傷はわりかし深い。
「お茶目な悪戯で大怪我してるんだが」
砂鮫の表情は解らないが、どこか憎たらしいような憎めないような顔で、野柳の周りをぐるぐる泳ぎ始める。
「あ! 師匠、気に入られたみたいですよ!!」
「気に入られてるのこれ? 食べられようとしてない?? あ! 食べ物として気に入られたってこと!?」
さっきの一口は味見だったのか。焦り混じりの問にルシャはアンニュイな笑みで答える。
前途は多難だった。




