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第98話

「成瀬、ちょっといいか」

 仕事中に矢崎さんに声を掛けられる。私はもちろん頷き、後ろについて行った。

 空いている会議室に入ると、少し言いづらそうな顔をしているので不思議な気がした。


「何か……プロジェクトで?」

「いや、今海田部長から聞いたんだが、親父さん入院したのか?」


 私は目が飛び出るほど驚いた。にゅ、入院?


「い、いえ……知りません。父が? 本当に?」

「ああ。あれ? 海田さんはお前も知ってるかのような言い方だったけどな。一緒にいたとかなんとか」


 脳裏にあの日の出来事が再現される。歩き出そうとしたところで飛び掛かられて転んだお父さん。離れたところにいた私にも聞こえた、重い骨がぶつかる音。まさかあの時。


「……連絡、してみます」

「入院先なら聞いてるぞ。もし心配なら区切りがついたところで見舞いに行ってこい」

 私は礼を言って、矢崎さんからお父さんの入院先を聞いた。実家よりもお父さんの事務所に近い都内の大学病院。私は今日中に仕上げなければいけない業務を大急ぎで片づけ、矢崎さんと佳代に断りを入れて会社を出た。


◇◆◇


 病院の受付で名前を言い、お父さんの病室を教えてもらう。途中で慌てて買ったアレンジメントは病院に不似合いなほど華やかで、やっぱり果物にすればよかったと後悔しているがもう遅い。


 エレベーターで上階へ上がり、ナースステーションに挨拶してから病室を探す。……あった。『成瀬一也様』。一人部屋って、まさかそんな重症なの?

 悪い想像に鼓動が高くなるが、ドアの前で佇んでたら怪しい人だ。私は音を立てないようにそっと扉を開く。


「お父さん」


 左半身を固定されたような格好で、ベッドで本を開いていたお父さんは、私を見て一瞬驚き、そしていつものように笑った。




 持ってきたバラやマーガレットが山盛りのアレンジメントを窓際に置くと、ベッドの横の丸椅子に腰かけた。

「なんで知ってるんだ?」

 入院のことだよね。

「矢崎さんが、海田部長から聞いたって。私も知ってるだろうと思って確認に来てくれたの」

「……そうか。そのルートの口止めを忘れていたな。仕事は?」

「今日の分は終わらせてきたから大丈夫。矢崎さんも行って来いって。……この間の、だよね、それ」

 私は目でお父さんに巻かれた包帯を指しながら、話を変えた。お父さんは渋々頷く。

「事務所に帰った時くらいまでは平気だったんだけどな、夜中に急に痛み出してな。診てもらったら盛大にヒビが入っていたらしい」

「折れてはいないの?」

「ああ。折れてたらもっと早くわかったんだろうがな。気づかずにいた分損傷が広がったらしい。年も年だし、入院していけってことになった」


 私は想像したよりひどくはない現実に、やっと安堵の息をもらす。よかった、いや実際に怪我してるんだから良くはないんだけど、でも少なからずホッとした。


「すごい音したもんね、あの時……。血が出てないから大丈夫とか思っちゃった。私馬鹿だね」

「何言ってるんだ。お前に怪我が無くて良かったよ」

 私は頷く。私は完全に無傷だ。

「お父さんが庇ってくれたからね」

 そう言うと、照れているのか、お父さんは無言で、代わりに私の手をポンポン叩いてくれた。


 やたらほのぼのしたムードが漂ったことで私も恥ずかしくなる。ふと顔を上げると茶筒と急須が見えた。

「お父さん、お茶飲む?」

「ああ、頼む」

 お湯はどこかでもらえるのかな、と顔を巡らせたところで、病室の扉が開いた。


「お父さん、彼連れて……」


 お姉ちゃんが、見知らぬ男性を連れて入ってきた。


◇◆◇


≪Momoka side≫


 お母さんから怒涛の着信攻撃を受けて、仕方なく電話に出ると、お父さんが入院したと半狂乱で連絡があった。

 さすがに私も驚いたけど、よくよく聞けば急病とかではなく怪我をして大事を取っての入院らしい。なんだ。


「じゃ、病院に任せておけばいいじゃん。一々連絡してこなくても」

『あんたの不倫相手の奥さんに怪我させられたのよ! 責任取らせなさい! あんたも!』


 私は数日前のお父さんとの電話を思い出す。その時か。でも責任って。

「刃物で刺されたわけじゃないんでしょ。 大体そう言う話なら警察とかさー」

『とにかく! あんたとその男のせいなんだから! 病院に行きなさい、今すぐ!』


 私はお母さんの金切り声に耐え切れず、ハイハイと返事をして電話を切った。それとほぼ同時に武さんからも着信が来る。同じ内容だったことにため息が漏れた。何怪我とかしてるんだろう、間抜けなお父さん。


『俺はお詫びも兼ねてこれから病院に行こうと思う。君も一緒に行こう』

 本音を言えば行きたくなどなかった。私が直接怪我をさせたわけじゃないが、どうやら私は無関係ではない上に、詫びを入れなければいけない立場のようだ。気が重くならないはずは無い。

「でも……」

『君のお父さんだろう。本来はうちの女房も行くべきなんだが……余計ご迷惑を掛けそうだからな』


 直接の加害者が逃げているのに私が行くなんて納得できないが、武さんも一緒なら行けるかも。一度家に連れてこいとも言われていたし。この機会に認めてもらえるかもしれない。

 不承不承頷き、教えられた病室へ二人で行くと。


 千早がいた。



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