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第97話 -Rite side-

 今夜は満月だったらしい。レースのカーテン越しに月とは思えないほど明るい光が差し込んでくる。

 隣で目を閉じている千早の顔が照らされて白く輝く。化粧を落としても色が白い。元々色白なのかもしれないが、ここ最近の精神的な疲労のせいだとしたら心配だ。

 千早の顔にかかっている髪の束をそっとかき上げると、その感触で目を覚ましたらしくゆっくり目を開けた。


「ごめん、起こしちゃった?」

「ううん……、私、寝てたんだ」

「ちょっとだけね。いいよ、そのまま寝ちゃっても」

「……あのね、昼間、帰ったら聞いてって言ったことだけど」


 俺は夕方のメッセージのやり取りを思い出しながら頷く。今日は千早が一人で帝国管財に使いに行って来た。千早の父は常にいるとは限らないが、可能性はゼロではないため気になっていたのだった。


「お父さんに、会ったんだ。帝国さん行った時」

 やはり。俺は頷いて先を促した。

「その時ね……、お父さんがちょっと騒ぎに巻き込まれて」

「騒ぎ? 弁護士だもんな、何かあってもおかしくないのかもな」

「うん、でもその人はお父さんの仕事関係じゃなくて……、お姉ちゃんの不倫相手の、奥さんだったの」


 唐突な千早の告白に驚く。そして正月に鬼の形相で千早に詰め寄っていた彼女の姉を思い出していた。あの女が、不倫。


「……で?」

「お姉ちゃん、話し合いとかしないで実家にも帰らないみたいで。お父さん達が電話しても出ないみたいで」

 俺は心の中で舌打ちをする。不倫しておいて逃げ回ってるのか。そしてしびれを切らした相手の配偶者は親へ文句を言いに行った、と。

 状況は理解できたが、何故そのことで千早が考え込んでいるのかが分からない。まさか心配しているのか?


「千早の姉貴の状況は分かったけど、どうして千早がそれを気にするの? 放っておけばいいじゃん」

「私も、そう思ってたんだけど……」

 思って()()。けど?

「本当に、それでいいのかな、って」

「どういうこと?」

 俺は体の向きを変え、肘枕になって千早に向き直った。


「この前の佳代達のこと、あったでしょ。私あの時、すごいなって思ったんだよね」

 独り言みたいに話し続ける千早を見つめ続けた。

「逃げないで、向き合って。結果がどうとかじゃなくて、どうしたいか、を目指して真っすぐだった」

 頷く代わりに手を握った。

「でも私は……逃げ回って、来人や矢崎さんに庇って貰ってばかりで。何やってるんだろうって……」

 そこまで言うと、猫のように俺の手に額を擦り付けてきた。俺は苦笑しつつ、繋いだ手を離して体ごと千早を抱きしめる。


「別に、俺と矢崎さんはやりたくてやってるんだから、千早が気にしなくても」

「気にするの!」

 突然大きな声を上げ、俺の胸から顔を上げる。珍しく何かを決意したような強い目をしていた。

「やっぱり、ダメなんだよ、今のままじゃ……。今日だって私が掴みかかられた時、お父さんが庇ってくれた。私は何も出来なかった……。家族がやらかしたことって意味なら、私だってお父さんと同じ立場なのに」

「掴みかかられた……?」

 思わず気になったキーワードに反応してしまったが、千早には聞こえていないようだった。


「お姉ちゃんを助けたいとかそういうんじゃなくて、逃げ回ってて、本当にいいのかな、って……。私が人と関わるの苦手なのはお姉ちゃんとの関係のせいなんだけど、これから先ずっと他人を避けて生きていくのかな、って。今何とかなってるのは来人とか矢崎さんとか佳代達とか、環境に恵まれただけで、そうじゃないところに行ったら何も出来ない人間にならないかな、って。そんなので……本当にいいのかな、って」


 とりとめがないような、しかし何かを必死で表現しようとしている千早の話を聞き続けた。そんな風に悩んでいたのか。

「だから……これも自分のためなの、お姉ちゃんやお父さんのためとかじゃないの。動機が間違っているかもしれないけど今お父さんと話が出来るようになってるし直接お姉ちゃんと話したり出来るか自信ないけど来人もいるしだから」

「わかった、わかったから、ちょっと落ち着けって」


 どんどん止まらなくなる千早を、俺は慌てて止めた。うん、つまり。


自分の恐怖の原因(姉貴)と向き合いたいって思ったんだな。鈴木さん達を見て」


 千早は俺を見つめ返し、しっかりと頷いた。そうか。それなら。


「いいと思うよ。なんか色々言ってたけど、余計なこと考えないでやりたいと思ったことやってみなよ。何かあれば……その時は俺を頼れ。そのつもりで相談してくれたんだろ?」


 最後の一言に千早はバツが悪そうに頷く。甘えてはいけないと言いつつ甘えてる。それは彼女としては忸怩たる思いなのだろうが、俺は嬉しいから気にしない。ていうかさ。


「俺は千早を全面的に応援するから、それは心配しないで。それよりも……掴みかかられたって、何?」


 千早の顔が素に戻る。どうやら俺には隠しておくつもりだったのに思わず口走ったことに気づいたのだろう。でも言った言葉は取り消せないぞ?


「えーとね……」


 状況を聞いて血の気が引いた。後追いで知った俺がこんな怒りを感じるんだから、目の前で見た千早のお父さんはどんな思いだっただろうか。


 って、俺はお父さんじゃないんだけど。彼氏なんだけど。

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