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第91話

「きゃー! チーフのお家ひろーい! すっごいおしゃれ! さすがですねー」

 何がさすがなんだか。佳代は部屋に入ってすぐあちこち覗き込んでキャッキャしてる。もう遅い時間だから静かにしようね。子どもかあんたは。


「荷物こっち置いて。コート貸して、掛けておくから……ほら座って」

「鈴木さん、飲み物はお茶でいい? 明日も仕事だしアルコールはやめておいたほうがいいよね」

 サクサクと夕食の準備をする来人を見つめつつ、ニヤニヤ顔で佳代がこっちを振り返った。

「なんかすっかり夫婦みたいですね。もう一緒に住んでるなんて」

 ちがう!

「一緒に住んでないから。来人の家は別にあるから」

「うわっ! チーフも下の名前で呼んでるんだー! うわー誰かに喋りたいけど喋れないー! つらー!」

 やば、やっちゃった。でもつらー、て。


「一緒には住んでないけど、週の半分ずつお互いの家を行き来してるから、正直面倒なんだよね」

 来客用の箸を佳代の前に並べながら何故か来人が愚痴り始めた。面倒ならそんなしょっちゅう来なくていいですけど?


「だから早く一緒に住みたいんだよ、俺としては」

「いいじゃないですか! ていうかだったら結婚しちゃえばいいじゃないですか! 結婚ケッコン!」

「静かにしなさい! いいからほら、頂きます、はい!」


 まるで遠足の引率をしている教師のような気分で、二人に食事を促した。取り合えず食べるもの食べてからかな、佳代と話すのは。


◇◆◇


 食後のコーヒーを飲みながら、やっと普段のテンションに戻った佳代がぽつりと口を開いた。


―――


 野村君に彼女がいることは知っていたけど、まさかそれが真子だとは思いませんでした。社内の誰かかな、とか想像したこともあったけど、その中に真子は入って無かった。

 なんて言うんだろう、裏切られた、っていうより、負けた、っていうショックが大きいです。ああそうか、最終的に野村君に選ばれたのは真子だったんだ、って。

 勝ち負けの問題じゃないですよね、恋愛って。でも私、今まで自分から好きになった人にフラれたり断られたことって無かったから、うーん、やっぱり『負けた』っていう感覚のほうが強いかな。

 真子、めっちゃ泣いてましたね。あれきっと、野村君にフラれたらどうしようっていう不安と涙ですよね。

 すごいなぁ、私もフラれた時チーフの前でギャン泣きしたけど、でも結構すぐ元気になりましたよ。真子の泣き方はもっと……辛そうでした。

 私が真子くらい野村君を好きだったら、一回フラれたくらいで諦めなければ良かったんですよね。だって結婚したわけじゃないし、もしかしたらいつか自分を選んでくれるかも、とか思えば良かった。でもそうしなかった。そっか他の人がいるしね、って納得しちゃった。チーフにご飯奢ってもらって復活する程度の、私の気持ちなんてそんなもんだったんですよ。

 寝言で私のこと呼んでたって聞いて驚きましたけど、でもだからって告白前の気持ちには戻らないです。自分でも驚いてますけど。逆に冷めたかも。

 私と気まずくなることを承知の上で付き合ってることを言いに来た真子の勇気に負けました。


―――


 佳代の問わず語りを聞きながら、私は感心していた。

 佳代の潔さと、佳代の口から語られる真子の勇気に。

 

 佳代が今の時点で、心底から森への恋心を拭い去ったわけではないだろう。そんな簡単じゃない。もし本当にフラれた後で諦められていたなら、さっき階段で、あんな悲壮な声で真子を問い詰めたりしないだろう。


 強がり。見栄。プライド。

 色んな言い方があるけど、今佳代は頑張って背伸びして、何かを手に入れようとしているように見えた。

 それは、なりたい自分、というものかもしれない。


 真子も。

 大人になって、人前で泣くなんてみっともないことだと知っているのに、なりふり構わず感情が爆発してしまうくらい森のことが好きで、失いたくないのだ。

 真子が手に入れたいものは、森だ。

 今頃二人でどんな話をしているのだろうか。もしも森が佳代を選んだら、と想定しないはずはない。その恐怖を握り締めて頑張っているだろう真子を、離れたこの場所から応援したくなった。


 振り返って、私は。


◇◆◇


「……ってことです! あー恥ずかしい、語った語った。お聞き苦しくてすみませんでした!」


 真っ赤な目のまま、それでも雫は零さずに頑張って笑う佳代の頭を、私はヨシヨシと撫でた。自分としっかり向き合った。後ろを見ないで前だけ見て踏ん張った。偉いぞ佳代。


「恥ずかしくなんかないよ。そっか、よく分かった、あんたの決意は」


 私がそう言うのを聞くと、また佳代の顔がぐしゃっと崩れたが、慌ててティッシュを何枚も取って顔を埋めた。


「チーフ~、今日泊っていってもいいですか?」

 ああ、そうね、その顔じゃ電車乗りたくないよね。まあぶっさいくになっちゃって。

「もちろん、いいよ。服は貸してあげるから」

「えー、チーフ細いから入らなかったらどうしよう」

 我儘言うなら貸さんぞ。


 涙を拭き終えた佳代は顔を上げ、いたずらっぽく笑って来人に言った。

「てことで、立花さん、今夜はチーフ貸して」

 来人は諦めたようにため息を吐いて頷いた。

「しょうがないね、俺は帰るよ。でも鈴木さん、今夜だけだからな、基本、俺のだから」

「あざっす! お借りします!」


 なんでそこで話し合うかな。

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