第90話 -Mako & Shin side-
成瀬チーフに言われたから、ではなく。私は家に着いて自分の部屋に入ると、スマホを取り出す。森くんの番号を表示して、発信ボタンを押した。
『真子?』
すぐに応答してくれた。普段ならとても嬉しい反応だけど、今日は言わなくてはいけないことがあるから気が重い。でも。
「ごめんね、こんな時間に。今、いい?」
『ん? ああ、どうしたんだ、なんか改まってる感じだぞ』
私の緊張を察してか、笑い交じりに了承してくれた。私は目を瞑り一気に言った。
「私たちが付き合ってるって、佳代ちゃんに話した」
電話の向こうで、息を飲む気配がしたような、気がした。
◇◆◇
平日の夜に電話してくるなんて珍しいと思いながら真子の言葉を聞いた。予想外の内容で、驚いて固まってしまう。電話で良かった。会って話していたら、今の俺はどんな表情を見られたのだろうか。
『ごめん、私不安で、我慢しきれなくなって……』
不安……、不安って何が?
『森くん、もしかして佳代ちゃんのこと、好き?』
今度こそ息が止まった。俺は何も言葉を返すことが出来ない。でもそれは、真子の言葉を認めたことになるのだろうか。
『会社に居る時、ずっと佳代ちゃんのこと見てるよね』
そう……、なのか? 自分では意識していない。でも気が付けば佳代のことを考えているのは、もう否定できない事実だった。
『……どうして何も言ってくれないの?』
しまった、真子の声に明らかな嗚咽が混じる。電話だから隠せるなんて、バカなことを考えた罰だ。
「ご、ごめん、あのさ、えーっと、俺何から話せば……」
『全部』
え。
『森くんの気持ち、全部話して。私のことどう思ってるのか、佳代ちゃんのことどう思ってるのか。嘘無しで、全部聞きたい』
真子の言葉はとてもはっきりと意志を伝えてくるが、声は震えている。最悪の状況を飲み込んだ上での要求だと、バカな俺にだって分かった。
「わかった」
時計を見る。八時を回ったところだった。
「会って話そう。真子の家の近くまで行くよ」
『私が森くんの家に行ってもいい?』
こんな時間に夜歩きはさせたくないが、しかしどこかの店で話すより、俺の部屋のほうが変な気遣いが不要なのは確かだ。真子はもしかしたら、そのまま泊まりたいのかもしれない。
「いいよ。じゃ、駅まで迎えに行くから」
そう伝え、お互いに電話を切った。
◇◆◇
駅で真子を出迎え、黙って歩き出す。すぐに真子が手を繋いできたが、俺は握り返すだけでやはり言葉を発することは出来なかった。謝罪も言い訳も、全ては話をしてからだと思った。
俺の部屋に着くと、真子は勝手知ったる流れでお茶を淹れてくれる。それを普通に受け入れている自分を改めて不思議に感じるが、黙って座って待っていた。
温かそうな湯気が上る湯飲みが目の前に置かれ、真子が座るのを待って、俺は口を開いた。
―――
か……、鈴木さんのことは入社前から知ってたんだ。採用試験の最終面接が同じ時間帯だったから。まさかあんなにたくさん応募者がいる中でお互いに採用されて同じチームになるなんて思わなかったけどな。
ずっと気になってた。好き、って言うほどはっきりとした気持ちじゃなかったけど、一緒に作業が出来ると嬉しいとか、帰りの電車が一緒だとラッキーだなって思う程度かな。
でも彼女は他の人のことが好きなんじゃないかって思って、勝手に諦めてた。そんな時だよ、真子が告ってくれたのは。真子もいい子だと思ってたし、何より俺なんかを好きだと言ってくれた気持ちが嬉しくてOKしたんだ。好きだよ、それは本当。
その後に、たまたま鈴木さんと二人で残業してた時に彼女から好きだって言われて……すっげーぐらついた。もっと言えば後悔した。どうして自分から告らなかったんだろう、って。でももう俺には真子がいたし、鈴木さんも俺に彼女いるって分かってて告白してるっぽかったから、断った。
真子は鈴木さんと仲いいだろ。だからきっと俺のこと話してあるんだろうって勝手に思い込んでた。俺と真子が付き合ってるって知ってても俺や真子と普通に接してくれるんだなって思ってた。俺なら出来ないよ、そんな真似。だからすごいなって。人として? 尊敬した。それと一緒に、俺の彼女は真子なんだ、って改めて思い直したよ。
けどさ、どうしても……気持ちが引っ張られて。真子のこと可愛いよ、好きだよ、一緒にいて楽しいよ。でもそれでも鈴木さんを目で追っかけちゃうんだよ、多分無意識に。で、チーフに相談したら、鈴木さんは俺の彼女が真子だって知らないよって教えてくれて。だから黙ってなさいって言われたんだけど……、真子のこと知らないなら、まだ俺にも可能性あるのかなとか考えちゃったんだ。……馬鹿だよな、うん、ていうか俺クズだよな。真子を大事にしろってチーフにも言われたのに……。
真子、さっき電話で不安だった、って言ったよな。それってなんで? 鈴木さんかチーフから何か聞いたのか?
え……寝言で? 俺が? 嘘だろ……。