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第89話

 慌てて私と佳代の二人掛かりで真子を宥めるが、泣き止む様子はない。私は店主と他の客に詫びて回りながら、まずは真子が泣き止むのを待った。

 なんとか落ち着きを取り戻した真子の言い分は、こうだった。


―――


 最近、森くんの様子がおかしくて……。一緒にいても上の空っていうか、私の話は半分も聞いていなくて。少しずつプロジェクトも忙しくなってきているから疲れてるのかな、とも思ったんですけど、でも私達そんなに残業とかもしないし。

 私、何か嫌われるようなことしたかな、って、ずっと不安だったんです。

 でも、この前寝言で……。


―――


 佳代の名をつぶやいたらしい。

 鈴木さん、ではなく、佳代、と。

 真子も寝入りばなだったから、一瞬空耳かと思ったが、しかしそうではなかった。

 そして意識して会社で森を目で追っていると、必ずと言っていいほど彼の目線の先に佳代がいた。

 自分との会話にはカラ返事なのに、佳代の話は熱心に聞き入って、ちゃんと返事をしている、ように見えた、と。


 私は大きくため息を吐いた。

 佳代や真子に対してではない、もちろん森に対してでもない。

 自分自身に。


 あの時の森の話を、もっとちゃんと聞いておくべきだった。

 告白されて付き合いだした真子と、前から好きだった佳代への想いでグラついていた森に、もっと親身になるべきだった。

 恋愛事は不得手だと、逃げたりしないで。


 心の中で大反省している私とは反対に、さっき以上に驚いて動けなくなっている佳代の姿が目に入る。

 そうだ、私の逃げは、この子のことも傷つけた。


「もしかしたら、佳代ちゃんと浮気してるのかな、って……」

 当然そう考えるだろう。しかし佳代は反射で否定した。

「そんなわけ無いでしょ!」

 佳代の怒りは大鉈のような力強さで真子の不安を両断する。真子はうんうんと頷きながら、しかし泣きじゃくり続けた。

「でも、そうじゃなくても佳代ちゃんに、森くん取られるかも、って思って……、彼女宣言しておけば少しは大丈夫かな、って……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 大声で謝罪を繰り返すと、再び大泣きし始めた。ビー玉大くらいありそうな大粒の雫が真子の瞼から零れ落ちる。

 私はテーブル越しに手を伸ばし、強く握りしめている真子の手を包んだ。


「謝らなくていい。悪いのはあんた達でも森でもない、私だから」

 ごめん、こんなことなら、二人が付き合ってるって知った時点で佳代にオープンにしておけばよかった。佳代が二人の付き合いを知らないと気付いたからこそ、森の中に要らない欲が芽生えてしまったのかもしれない。


「ごめんね。真子ちゃん、佳代」


 私は顔を上げて佳代へも謝罪する。しかし佳代は何も言えないようだった。


◇◆◇


 やっと涙が止まった真子に、今日は家に帰るよう伝える。これ以上話し合える状態ではない。しかし森には今日のことを伝えておくよう、それだけは頼んだ。何も知らずに明日出社してくるほうが地獄だろう。


 深々と頭を下げて帰っていく真子を見届けると、私は改めて佳代に向き直った。


「……どうする? まだ週末じゃないけど、お茶じゃなくて飲みに行く?」

 酒の力を借りるというのも情けないが、これだけ大騒ぎしてしまった以上、この店に居続けるのもばつが悪い。


 すると佳代から意外な提案がされた。

「あの……、ご迷惑じゃなかったら、チーフのお家に行ってもいいでしょうか。外で話すと……さっきの真子みたいになったときに恥ずかしいので」


 おお、なるほど。

 いいよ、と言いかけてハッとした。待てよ、今うちには()()がいるはず。


「えーと、そうね……、うん、どうしようかな」


 来人に『今日は帰ってくれ』とメッセージを送ろうとスマホを取り出した時、横に人影が立った。


「いいじゃん、連れておいでよ、鈴木さん」


 だから許可なく姿現すなよ、って。

 佳代、またフリーズしちゃったじゃん。


◇◆◇


 途中で三人分の夕食を買って、私のマンションへ帰った。

 道中、佳代は自分に起こったことを忘れたかのように私たちを質問攻めにした。ま、そりゃそうなるか。


「なんで? なんで立花さんがいるの?」

「さっき千早って呼んだよね?! チーフのこと!」

「チーフって矢崎さんと付き合ってるんじゃなかったんですか?!」


 なんでだ。ていうかやっぱりそういう目で見られてたのか。


「違うよ。矢崎さんは大学の先輩」

 私は佳代の誤解を解くが、佳代の関心はそこじゃなかったらしい。


「じゃ、じゃ、やっぱり今カレは立花さん?!」

「まあ、そういうこと。ただちょっと事情があるんで、会社では言わないでくれるかな」


 興奮でフガフガしてる佳代とは正反対に、落ち着き払った来人が一番大事なことを釘刺してくれた。


「ですね! チーフのファン、多いですから! 立花さん敵だらけになっちゃう」

「そうなんだよねー、本人に自覚が無いから困ってるんだよ」


 ほらそこ、おかしなポイントで意気投合しないで。


「ほら着いたから。佳代、あんた本題忘れてないわよね」


 今の佳代は元気になったわけじゃない。きっと誤魔化しているだけ。

 好きだった人が自分の友達と自分の知らないところで付き合っていた。それだけでもショックなのに、何故かその人が自分の名前を寝言で呟いていたなんて、混乱の極みだろうから。

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