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第85話

「では改めまして、よろしくお願いいたします」


 実務レベルにおいてのトップ同士の打ち合わせが終わった。海田部長も矢崎さんも隅から隅まで情報が頭に入っている。

 今日も帝国管財へこちらから赴いての打ち合わせとなった。会議室に入った途端お父さんの顔が見えて固まったが、いざ本題に入ると全神経でそちらに集中できたので、思っていたほど緊張せずに終われそうだった。

 私の横では来人も同様にメモを取っていた。後で内容をすり合わせさせてもらおう。


「後程議事録をお送りさせていただきます」

 私は先方二人に向かって伝え、頭を下げる。海田部長の横にお父さんもいて、やっぱり緊張するが仕方ない。これから、これから。

「なんとか夏までには形にしたいですな」

 資料を手元でまとめながら言う海田部長の言葉に、矢崎さんも私も頷く。

「内容が多岐にわたるのでなんとも言えませんが、現状が大きく変わるようなことがあればまたやり直しになりますし。出来る限り柔軟性は持たせますが早く進められるのが一番ですね」

「期待しています」

 立ち上がって握手を交わす海田部長と矢崎さん。私と来人は合わせて頭を下げる。そして私たちは帝国管財を後にした。




 終わった~~~……。私は心の中で安堵する。ただの打ち合わせでこんなに肩に力が入ったのは初めてだ。


「気分はどうだ?」


 一息入れていこうという矢崎さんの提案で、帝国管財本社の向かいにあるカフェに三人で立ち寄った。珍しく冷たいジュースを頼む私に、二人が驚いたのが可笑しかった。


「お陰様で、ド緊張しましたけど今はホッとしています」

「ストレスになってないか?」

「今はまだ興奮状態なので分かりませんが、うん、今日は気持ちよく寝られそうです」

「一種の暴露療法みたいなもんだよな、千早にとっては」

 なにそれ。

「心理療法。恐怖対象に敢えて晒して慣れさせて、予想してるような悪い事態は実際には起こらないよってことを学習していくんだよ」

「確かにそうかも……。まだ初回だから分からないけど、今回みたいな感じが続けば平気になるかもしれない」


 そんな治療法があるんだ。というか、私ってそういうのが本来必要な位な状態だったのだろうか。


「あーあ、俺ご挨拶したかったな、千早のお父さんに」

「名刺交換したじゃない」

「そうじゃなくて。お嬢さんとお付き合いしてますって」

 横から矢崎さんが来人の頭にチョップする。

「お前この間からそればかりだな。仕事の場でそんなプライベートな話出来るわけないだろ」

「分かってますよ……。どっかの誰かが振られたことを全く受け入れようとしないので、警戒線張ってるんですよ」

「おう、受け入れないぞ。どう考えてもお前より俺のほうがいい男だからな」


 どうでもいい会話を続ける二人を放置して、私は手元のスマホを見る。そのタイミングで電話が鳴って驚いた。思わず落っことすかと思った。

「え、この番号……」

 私は発信元を見て固まり、矢崎さんと来人は私を見て固まった。


「何があった」

「電話、誰から?」


「……お父さん」


 さっき打ち合わせは終わったばかりなのに。どうしよう。さっき矢崎さんに『大丈夫』と言ったばかりなのに、既に心拍数がやばい。手にじんわり汗が染みてくる。


「俺が代わりに出ようか?」

 来人がそう申し出てくれたが、私は一瞬ぎゅっと目を瞑り、首を振って辞退した。応答ボタンを押す。


「もしもし……」

『千早か。悪い、まだ移動中か』

「ううん、大丈夫」

『今日はわざわざお疲れ様。次はブライトさんへ伺おうって、今海田さんと話してたんだ。もっとこちらの人数が増えるかもしれないが』

「顧客側へ出向くのが通常だから、それは気にしないで。ありがとう」

『いや……。あのな、今度食事でもどうだ。ずっと連絡取れなかった間のことをも聞きたいしな。忙しいなら無理は言わないが』


 お父さんと二人で食事。まさか。

「あの、家に行くのは、ちょっと……」

『ああ、それは遠くなるからな。ブライトさんの近くの店でどうだ』

 返事を聞いてほっとする。実家ではないなら、お父さんと本当に二人きりなら。

「うん、わかった」

『そうか。じゃあ後で予定と場所をメールするから調整してくれ。急に電話して悪かったな』

「ううん。お父さんもお疲れ様」

『ああ。矢崎さんと立花さんにもよろしくな』


 会話は終わった。向こうが切るのを待ってからオフするのが礼儀なのはわかっているが、相手は父親であることと、私の緊張が持たなかったこともあってすぐさま通話を切った。一気に脱力する。スマホをテーブルに置こうとして失敗し、今度こそ床へ落としてしまった。すぐに来人が拾ってくれた。


「ありがとう……」

 差し出されたスマホを受け取ろうとしたが、自分の手が震えていることに気づいて驚く。来人は私の手ではなくテーブルへ置いてくれた。


「親父さん、なんだって?」

 矢崎さんが小さい声で確認してきた。私はジュースを一口だけ飲んだ。

「近いうちに食事しようって。音信不通だった間の話を聞きたいって」

「……なるほど。まあ親御さんとしては当然の申し出だな」

「お父さんと二人だけ? まさかお母さんとかも」

「……実家に行くわけじゃないことだけは確認したけど、どうだろう、連れてきたりはしないと思うけど」

 来人に言われてまた私に緊張が走る。でもお母さんは、お父さんに言われても相手が私なら着いてくることはないだろう。心配だって、していないはずだ。


「うちの会社の近くのお店で、ってことなんで、父と二人になるはずです」

 半ば期待も込めてそう答えると、横から来人が声を上げた。

「俺も行く」

「おい。気持ちはわかるが」

「ダメです。同席が非常識だというなら同じ店内にいる。矢崎さんだって前回の訪問時に千早が不安定になってるの見たんでしょう。俺はもっとひどい状態も目にしています。放っておけない」


 行く気満々の来人を見ながら、私はどうしたらいいか分からなかった。というより、考える余裕を持てなかった。

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