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第82話

 あれからずっと、私の頭の中には一つの言葉が渦巻いている。


『プライベートは千早しか解決できない』


 来人は当たり前のことをそのまま言っただけだ。でも人に言われて、私はずっとそこから逃げ続けてきたことを今更のように認識した。

 あの家族と向き合ったところで私にメリットなんかない。分かりあえるはずがない。私を虐げてきた理由を聞いたところで、劣等感が増すだけだ。だったら余計なストレス抱え込むよりも、一人の人生を守ったほうがいい。

 もう独立したのだから、と自分を正当化して見なければいけないことから目を逸らし続けてきたのだ。


 それは分かっている。もうずっと。来人が言ってくれなくても。

 だけどそれと行動を伴うのは別だ。積極的にあの人たちと関わろうと思えないし、来人に言われたから、というのは動機として間違っている気がする。自主性が無さすぎる。

 だから自分から『向き合おう』と思えなければいけないのだけれど……。


「どーうしたら、いいのかなぁ」


 一人になったタイミングで、思わず声が漏れた。来人は帰った。多分私に考える時間を与えてくれたつもりなのだろうが、一晩でどうなるものでもないと思う。

 ふと時計を見ると既に日付が変わっている時刻だった。しまった、明日も仕事なのに。


 そもそも、今更あの人達と向き合ったところで、何があるんだろうか。

 

 そんな愚痴めいたことを心の中で呟きながら、私はベッドサイドのライトを消した。


◇◆◇


「なんか答え出た?」


 次の日いつも通りの時間に出社すると、私より先に着いていたらしい来人がいきなりそう声を掛けてきた。

 誰もいなくて良かった。いや、それを狙っての早朝出勤だろう。私は相変わらずせっかちな来人にほんの少しストレスを感じながら首を振って否定した。


「そんな簡単に答なんか出ないよ」


 物心ついた頃からずっと続いている実家族との不和だ。そもそも自分から向き合おうと思えていないのに。

 図らずも突き放すような言い方になってしまったが、考え込み過ぎて、しかも朝一で突っ込まれたことで責められたような気分になっていた私はフォローする気も起こらず、そのまま来人から離れてトイレへ向かった。


 そして自席へ戻った後、まだ誰も来ていなかったにも関わらず、来人は話しかけてこなかった。私は違和感を感じながらもそれを都合よくとらえて、自分から話しかけようとはしないまま、一日が過ぎていった。


◇◆◇


 私らしくもなく、今日は定時が過ぎても帰らず仕事を続けている。

 いや、無意識に逃げている。例の件から。

 初顔合わせが終わって、本格始動へ向けてギアを上げていかなければいけないタイミングなのもある。ただそれを、言い訳として使っているだけだ。

 三々五々帰っていくメンバーに『お疲れ様』と声を掛けながら、私は腰を上げようとはしなかった。それは来人が帰っていくときも。


 気が付けば朝の一言以外、来人と口をきいていない。私から声を掛けることもしていないし、普段ならメッセージアプリで何かしら言ってくる来人も沈黙したままだ。


(もしかして、怒ってるのかな)


 そんな考えが頭を過ったとき、一瞬全ての思考と動作が止まった。まさか。

 でもそうだとしても《《仕方がない》》。《《全て私が悪いのだから》》。


 体温まで下がった気がして、慌てて温かい飲み物を買いに行く。熱いカップを持って席へ戻ると、書きかけのメールが目に入った。そうだ、今は仕事だ。

 デスクの端に置きっぱなしにしているスマホに目をやる。着信履歴があればランプが点滅するが、その小さな穴は沈黙したままだ。何の連絡もない証拠だった。


 どんどん暗くなる思考をあえて無視して、メールの作成を再開した。

 私から連絡すればいいのに、という考えは、その時は思い浮かばなかった。

 折角買ってきた飲み物に口を付けた時は、すっかり冷めた後だった。


◇◆◇


「あれ、珍しいな、まだいたのか」


 何とか今日目標としていた作業を終わらせて一息ついたタイミングで、離れたところから声が聞こえた。振り向くと矢崎さんだった。


「お疲れ様です。直帰されなかったんですね」

「ああ、荷物が重くてな。また明日持ってくるくらいなら置いて帰ろうと思って」


 今日は他のプロジェクトメンバーと先方へ行っていたはずだ。山のような資料と自分のパソコンを重そうに持ち上げ、デスクへ置いた。


「立花は?」

「……大分前に帰りました」

 そう言えばいつ帰ったんだっけ。それも意識してなかった。

「意外だな、あいつがお前を置いて帰るなんて」

「なんでですか。保護者でも家族でもないんですから」

 一度全てのアプリケーションを終了してシャットダウンするだけになっていたはずのパソコンで、私は再び資料を開く。何故か帰りたくなかった。矢崎さんが戻ってきたせいもあるかもしれない。


「もしかしてもうケンカしたのか?」

 いつの間にか真横に来ていた矢崎さんに言われた言葉にドキッとした。ケンカ?

「そういうわけじゃ……」

「じゃなんでそんなにイラついてるんだ」

 無駄にパソコンを操作する私の手を止めるように、上から握られた。


「今日はもうやめろ。立花がいないなら俺が誘ってもいいよな」

 驚いて振り向くと、私のパソコンを勝手に操作してシャットダウンしてしまった。


「何か悩んでるらしい部下の相談に乗ってやろうっていうんだ。優しい上司だろ?」


 そう言うと、ほらほら、と急かされる。私はされるがままにオフィスを出た。



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