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第74話

 月曜日、始業前に矢崎さんにメールを入れた。


『終業後にお時間頂けますでしょうか』


 業務用のアドレスではなく個人メールアドレスから。それだけできっと矢崎さんは用件を理解してくれるだろう。


『わかった。十九時にロビーで待っててくれるかな』


 すぐに返信が来る。忙しいだろうに有難い。ただ、早く返事したほうがいいことだから。手間は取らせないよう手短に済ませよう。

 気になっていたことがとりあえず終わり、私はホッと一息を付いて買ってきたコーヒーに口を付けた。そのタイミングでスマホが鳴る。来人だった。私はコーヒーとスマホを持って休憩スペースへ移動した。


「もしもし」

『おはよう。もう会社?』

「うん、休憩スペースに移動したから話してても大丈夫だよ」

『もう、連絡した?』

 矢崎さんのことだ。気になってるらしい。早いうちに言ったほうがいいと提案してきたのは来人だから、当然だ。

「うん。今日の終業後に時間もらった」

『さすが、早いね。じゃあ俺は、千早の家で待ってようかな』

「手短に済ませようとは思ってるけど、何時に帰れるか分からないよ?」

『いいよ。遅くなったら泊めて』

 まだ月曜日だよ……。

「とりあえず終わったら連絡するから」

『うん、ああ、じゃ俺も会社入るわ』


 そう言って、電話は切れた。画面をオフして窓の外を眺める。来人とそういう関係になったと自覚はしているが、まだ慣れていないからか落ち着かない。それなのにとっとと切り替えてる感じがする来人について行けない。


 気が付くと来人のことを考えている自分に気が付いて軽くショックを受ける。だめじゃん、これから仕事なのに。午後一で客先に訪問だ。それこそしっかりしないといけない。


 残っていたコーヒーを飲み干し紙コップを捨てるとそのままトイレへ。誰もいない鏡の前で思いっきり自分で自分の顔を叩いて喝を入れる。パアン!と響く音が気持ちいい。よし!行きますか。


◇◆◇


 早めに昼食を済ませて、佐々木常務、矢崎さんと共に帝国管財へ向かった。社用車というものに乗るのは初めてだ。うちの会社こんなの持ってたんだ。


「先方の顧問弁護士も同席する。大枠は俺が進めるが、実務レベルは矢崎と成瀬、よろしくな」


 広い車内なのでゆったりを脚を組んで、常務はリラックスしまくりだ。反対に私は大型案件に中心メンバーとしてかかわるのは初めてなので緊張しまくりで、経験の差ってこんなところに出るんだと実感する。


「そういえば、来人君は入社以来どうだ? あいつ、自分から俺のところには何も言ってこないんだよな」


 唐突に来人の名が出て私は飛び上がるほど驚いた。しかし矢崎さんが常務に返答してくれるようだ。


「頑張ってますよ。まだプロジェクトは本格始動してないからそちらについては今後の様子見ですが、社内のコミュニケーションはとても上手です。人の顔や名前を覚えるのも早かったですしね。悔しいですが優秀です」


 悔しい、って……。

 それ言わなくていいんじゃ、と思う私の横で、常務も笑った。


「矢崎も正直なやつだな。成瀬、どっちを選ぶかはお前の自由だ。こいつの言い分はあまり気にすんな」


 常務、今それ言わないでください。


 わはは、と常務の笑い声が車内に響くうちに帝国管財に到着する。

 突っ込まれなくて良かったけど、今日の夜それについて話さなきゃいけないことを思い出して、プレッシャーも相まって頭が真っ白になった。もう一回自分をひっぱたいて気合入れたい。そんな暇無いけど。


◇◆◇


 うちの会社もそこそこ大きなオフィスだが、創業三桁の大企業は趣も含めて色々違う。受付に外国人がいたのは驚いた。しかもとてもきれいな日本語。自分が一気にお上りさんになった気がする。


 社長秘書と名乗った男性に案内され、最上階の応接室へ通される。ひええ、こんな重厚な部屋、ドラマでしか見たことが無い。会議室にも使えそうな広さの真ん中に高級そうな応接セットが設えてあり、私も含めて上座へ案内される。心の中で(私は隅っこがいい)と愚痴りつつ、中央に座った佐々木常務の左隣に座った。


「先方の出席者はどなたですか?」

 矢崎さんが確認を含めて常務に話しかけた。

「ああ、さっきも言った顧問弁護士と、社長と、プロジェクト主任の統括部長だ。お前たちは部長としっかり関係作ってくれ。あとは弁護士もな。やり取りは少なくないはずだ」

 私と矢崎さんはしっかりと頷く。車の中では浮ついた緊張感でいっぱいだったが、この場まで来ると逆にやる気が満ちてくる。仕事を楽しいと、やりがいがあると感じられる瞬間だ。


 姿勢を正して座り直した時、コン、コン、とノックが響く。私たちは立ち上がった。


「失礼いたします。お待たせいたしました」


 くだんの秘書の男性が扉を開けると、その後ろからまた男性が三人続いて入ってくる。


 そのうちの一人と目が合った瞬間、私の思考は止まった。音も遠のき、そう、姉とデパートで遭遇した時と全く同じ状態に陥った。


 お父さん……。

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