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第67話

「君は立花には心を開いているように見える……。違う?」


 思わぬことを言われて、私は驚いて固まってしまった。

 私が、来人に、心を、開いている……?


「よく、分かりません……」


 今までの来人との間にあったことをざっと思い出してみるけど、驚かされたり腹たてさせられたり見られたくないところ見られたり……、そんなのばかりだ。

 不意を突かれることが多くて、顔を作ったり隠し事をする暇を与えられないというのは、あるかもしれない。


「心を開く、っていうことがどういうことか、よく分からなくて……。確かに来人にはみっともない姿たくさん見られてますけど、それは偶然だし」

「俺の前でも『立花』じゃなくて『来人』って呼ぶ。それだけでも十分距離は近いと思うよ」


 私はハッとした。言われてみればそうだ。会社でも、相手が矢崎さんならそう呼んでいた気がする。


「すみません、気が緩んでました。以後注意します」

 無意識の失態に顔が赤くなる。来人のこと言えない、そもそも私が公私の区別をつけ切れていなかった。

「ま、会社では気を付けたほうがいいけどね。でも……、一度、立花との関係性も見極めたほうがいいんじゃないかな」

「関係性、ですか」

「プライベートの友人か、同僚か、それ以上なのか……。最後にならないことを祈るけどね」


 矢崎さんのこの時の表情を、私はもっとよく見ておくべきだったと、後から後悔したが、私は会話の内容にばかり気を取られていて、矢崎さんの心情を汲み取る余裕はなかった。


◇◆◇


「じゃ、俺はこれで」

 うちのマンションまで一緒に戻ってきてくれたところで、矢崎さんはそう言った。

「あの今日は、色々とありがとうございました」

「やめてくれ。迷惑かけっぱなしで、帰ったら一人で反省会しようと思ってるんだから」

 反省会?

「幸い土曜だしね、朝まで飲んでも仕事に差し支えることはないだろ」

「酔っぱらったら反省にならないじゃないですか」

 呆れてそう言うと、笑って手を挙げて、車に乗り込んで帰って行った。


 ふう……、さて。

 なんで自分の家に帰るのにこんなに気が重くなるわけ。




「ただいま」

 と自分で言いながらとても違和感があった。もう何年も口にしていない言葉だったから。まるで我が家のように寛いでいる来人にも。

「おかえり。早かったね。拉致られたかと思ったよ」

 まさか。

「来人は矢崎さんを何だと思ってるのよ。そんな人じゃないから」

「……何を話してきたの?」


 考える間を与えずに単刀直入に切り込んでくるのは来人のいつものやり方だ。毎回驚くけど、少しずつ慣れてきた気がする。諦めかもしれないけど。


 何を、といわれて矢崎さんの言葉を脳内で繰り返した。

『立花との関係性も見極めたほうがいいんじゃないかな』

 来人との関係性、って……何?

 最初は『たら』で、でも取引先の担当者だったと分かって、『ゆるり』が私だとバレて、それからは加速度的に親しくなって……。

 ん?親しく?それもなんか違うな……。

 自分の思考に熱中している間、視線を来人に固定していたらしい。じっと見つめ合う状況になっていたことに、来人の鼻と私の鼻がぶつかりそうになってやっと気が付いた。


「うわっ……! ちょっと、びっくりするじゃん!」

「いや、じっと見てくるから、キスしてもいいのかなって」

「なんでそうなるのよ! 考え事してただけだし!」

 本当に分かんない、この子。何考えてるのか、何をしだすのか。

 全然分からないのに、矢崎さんには私が『心を開いてる』ように見えるんだ。


「そうなのかなぁ……」

 思わず疑問が口から出てしまった。

「何が?」

 すぐに来人が聞きつけて突っ込んでくる。やば。

「いや、何でもない」

「何でもない時は千早はそんな反応しない。なんかあるんだ、矢崎さんとの会話に関係してる?」


 私はがっくりと項垂れた。野生のカンなのか論理的な分析の結果なのか、とにかく痛いところを突きさすようなことを言ってくるのが来人だと、改めて認識する。


「いや、さっきカフェでね……」


 以前受けたプロポーズを断ったら、まだお互いを知り尽くしたわけじゃないから返事としては受け取らないと言われたこと、来人に対しては私が心を開いているように見えると言われたこと、ただ私自身はそれがどういうことかよく分かっていないと答えたことを伝える。


「来人とはどんな関係なのかちゃんと考えろって言われた……。それをずっと考えてたの。答え出ないけど」


 私は半分考えることを投げている気がする。いや、逃げている、が正しいのかも。

 見極めることに私自身意味を見出せない。矢崎さんとしては私が来人をただの友人か同僚として位置付けることを望んでいるのかもしれないが、私としてはどっちでもいいことだ。人と人の関りをカテゴライズすることで、自分が縛られるのが怖い。


 失礼だけどとても面倒な宿題を抱えてしまった気分でため息をつくと、やけに来人が嬉しそうに笑ってる。


「……なんで笑ってるの?」

「嬉しいからだよ。ライバルから見ても俺のほうが優勢なんだってわかったから」

 優勢って何よ。


「どんな関係なのか、なんて重要な問題じゃないと俺は思う。けど、千早が意識的に俺に向き合ってくれるなら嬉しい。今よりもっと仲良くなれる自信あるし」

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