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第65話

 私が止めるより早く来人はインターフォンの応答ボタンを押した。


『あ、ごめん、やっぱり帰ってたね……。その、謝りたくて、ごめん、アポなしダメって言われてたのに……』


 まさか来人がいるとは思わない矢崎さんが、インターフォンで全てをゲロってしまった。来人は声は出さず目線だけ私に向けて、応答するよう促す。


「いえ、大丈夫です。あの、下行きますので待っててください」

 私はそう言って会話を終了し、そのまま玄関へ向かうと、来人に腕を掴まれ引き戻された。

「俺が行く」

 あー、もう、顔が。さっきまでとは違う、声も怒ってる。矢崎さん、正直すぎる……。

「千早はここで待ってて」

「あ、私も……」

「外で騒ぎになったら、住人の千早は気まずいでしょ。すぐ戻ってくるから」


 騒ぎにするつもりなんですか。


◇◆◇


≪Rite side≫


「お待たせしました」


 来客用駐車場へ降りると、見覚えのある紺色の車の横に矢崎さんが立っていたので、俺から声を掛けた。俺の顔を見るとあからさまに不愉快そうに顔を歪める。そりゃそうだろう、千早が迎えに来ることを期待していたのだろうから。


「……なんでお前がいるんだ」


 項垂れて片手で顔を覆う矢崎さんに、俺は苦笑する。俺が出てきたことに腹を立てているのもあるだろうが、千早の話を含めて考えると、彼もまた俺にバレたことへの気まずさを感じているようにも見える。


「たまたまですよ。そんな身構えないでください。千早が待ってますので、どうぞ」


 地下駐車場から上階へ行けるエレベーターを押す。部屋番号だけ押すと千早がロックを解除してくれた。すぐに開いた扉から、二人で乗る。


「二人で出掛けていたそうですね」


 俺は彼のほうを見ずに言う。観念したようなため息が矢崎さんから聞こえた。


「行き先も聞いたのか」

「ええ。社長宅と伺いました」

「ああ……。成瀬は、お前には何でもしゃべるんだな」


 後半は独り言のようなつぶやきだったが、狭いエレベーターの中では反響することもあって俺にもはっきり聞こえた。


「何でもなんてこと、無いですよ」

「そうか? これがもし逆だったら、俺ははぐらかされていたような気がするけどな」


 矢崎さんの言葉が、普段より弱気に感じた。突っ込んで聞いてみようかと思ったが、エレベーターが止まったのでそのまま千早の部屋へ向かった。


◇◆◇


 来人が変なことを言い捨てて出て行ったから、まさかケンカなんかしてないよね……、とバカな想像して不安になったが、二人はすぐに無傷でやってきた。


「やあ。突然ごめん。その……」

「えと、その、どうぞ」


 やおらに話をはじめようとした矢崎さんを慌てて制して、二人に中に入ってもらった。

 矢崎さんが言いたいこと、私に聞きたいことが何なのかは分かっている。

 だけど、来人がいるのに。無表情ですごい観察してるし。私たちのこと。

 私はあえてそれを無視して、キッチンに立った。




「どうぞ」


 お茶を三人分出した。ありがとう、と言ったが矢崎さんは手を付ける気配はない。私も場を持たせることが出来ず、何をしたらいいのか分からなくなり、またも床の上に正座してしまった。どうしよう。


「なんかあったんすか、二人」


 ずばりと切りこんできた来人に、私は(きっと矢崎さんも)ギクリとしつつ、持って行き場のない微妙な空気を壊してくれたことに感謝した。


「二人が一緒に社長のお宅に行っていたことは千早から聞きました。その理由も。矢崎さんが千早に惚れてるのは聞いてたし、俺も同じ立場なんで文句言う筋合いじゃないんですけど、首尾よく話がついたなら、なんで今こうなってるんですか?」


 そう、まさにそう。

 ミッションコンプリートしたなら『お疲れ様でしたー』で終わりでいいはずなのだから。

 来人は矢崎さんから目線を外して、私をじっと見てくる。やめてください、防御力弱そうなところから攻めようとするの。


 再び矢崎さんに目線を戻すと、仕方なさそうに来人がまた話し始めた。


「さっき千早にも聞いたんですけどね。千早が一人で部屋に帰ってきたのは二時前でした。折角千早と二人で出掛けたのに、彼女を解放するの早くないですか? 何か他の用事があったってこともなさそうですよね」


 最後の一言を言いつつ、横目で私に視線を寄越す。しまった! 矢崎さんが用事があるからってことにしても良かったんだー!

 つくづく嘘が下手だ、私は。


「一緒にいられないような何かがあったのかな、って。特に千早にとって。……合ってます?」


 私はそっと矢崎さんを見ると、向こうも私を見ていた。私が来人をごまかすことが出来ていれば矢崎さんもきっと適当な言い訳をしたのかもしれない。

 私はすう、と息を吸って、自分から説明しようとしたところで、矢崎さんがそれを止めてきた。あれ??


「お前の予想はきっと当たってるよ、立花。でもそれをお前に説明する義理はないだろ。俺は成瀬と話がしたい。悪いが席を外してくれ」

「……当たってるんですか。最低ですね」

 あ、いや、最低と言うほどでは……。

「会議室で無理やりキスしようとした奴に言われるほど、最低な振る舞いはしてないつもりだがな」

「認めましたね。矢崎さんも嘘が付けない人だ」

「お前相手ならどんな法螺も出鱈目も言えるさ。成瀬が絡んでるから誤魔化したくないだけだ」


 そこまで言うと、矢崎さんは立ち上がり、私を見た。


「立花は居座りそうだから、俺たちが場所を変えよう。近くにカフェとかある?」


 そして何かまだ言いたげな来人を置いて、私の手を引いて部屋から連れ出された。

 

 カフェなんて、あったかな……。

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