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第51話

「うん、聞かせて。何を話したいの?」

 森の言葉を促す。ここまで来て隠し事も無いだろう。

 森もそう思っているのか、追加したビールを一口飲むと、しかし言いづらそうに口を開いた。


「今更なんですけど……、俺、好きって言われてからまた鈴木さんのことが気になっちゃって……。でも、真子と付き合ってるし、二人は同期、っていうか友達だし……」


 最後のほうは私からも視線を外してモゴモゴしていた。

 なるほど……。私はガリガリ頭を掻きながら頷いた。


「それは、真子と別れて佳代と付き合いたいと思ってる、ってこと?」

 私がそのものずばり言うと、森は驚いたように顔を上げ、微かに首を振った。

「え、と……、そこまで考えていたわけじゃ……。ただ、鈴木さんと一緒に仕事してると、ずっと好きだった子が実は俺のこと好きだったんだってことを思い出しちゃって、あれ以来彼女を見る目が変わっちゃったっていうか。……そうなると、真子と一緒にいても、どこか後ろめたいっていうか……」

「……まだどうしたい、って決まってない感じ?」

「そうっす、ね……。さっきチーフは、真子と別れて鈴木さんと付き合いたいのか、って言いましたけど、そこまで明確に鈴木さんのほうを好きって思ってるわけじゃないので」

「うん……、何か気まずい?どっちに対しても?」

「あ、はい、そんな感じっす。すんません、ほんと」


 言うことを言って落ち着いたのか、手つかずだった料理を片っ端から頬張っていく。あまりに豪快な食べっぷりに私は唖然とした。

「もっとよく噛んでゆっくり食べなさいよ」

「ご、ごめんなさ……、ごふっ!」

「ああ、ほらもう……、すみませーん、お水くださーい!」

 はーい、という店員さんの声を聞いて、森のおしぼりを渡す。一生懸命口の中のものを飲み下そうとする森を見つめながら、今の話を頭の中で反芻していた。


 好きだったけど諦めた女の子に、自分に別の彼女が出来た後で好きだと言われてぐらついている、ってことか。でも乗り換えようとか思ってるわけじゃないあたり、関係ない私だけどホッとした。


「どうしたら、って、ねぇ……。どうしようかね……」

 森は水を飲みながら、こちらを見つめる。

「すんません、仕事と関係ないことなのに……。でもチーフなら、似たような経験あるんじゃないかな、って思って」

 は?

「それは、佳代や真子みたいな立場ってこと?」

「いや、そっちじゃなくて、俺みたいな?後から告られて迷ったとか?」

「まさか、そんな経験ないよ」

「え?そうなんすか?モテるからてっきり……」


 気が抜けて空腹を感じた私も食事に手を付ける。なんなんだ、その思い込み。

「なんか誤解しているみたいだけど、私はモテたりしないよ。ていうか、この年でほとんど恋愛経験無いし。今だって彼氏いないし」

 再び森が仰天したような声を上げる。なんで??


「チーフは学生時代から続いている結婚間近の彼氏と同棲してるんですよね?」


 今度は私が(むせ)る番だった。く、苦しい……。

 私は自分の分の水をコップ半分くらいまで一気する。もらっておいてよかった。


「な、なにそれ……」

「え?だからチーフの彼氏の……」

「いないから、そんなの! 一人暮らしだし! もっと言うと結婚願望も無いから!」

 どこからそんなデマが。さっきの来人がヘッドハントされたという話もだけど、うちの連中は適当な作り話をすぐ信じ込む上に周りに吹聴するらしい。コンサルタントとしてどうなのよ。エビデンス!


「マジですか?! あれ……、皆そう言って諦めてるんすよ。なんだ、教えてやろう」

 そう言うと、すちゃっとスマホを取り出して何か操作し始めるので、慌てて取り上げた。

「一々広めなくていいから! ていうか今はあんたの話でしょ! どうしたいのよ、それ考えなさいよ!」


 私が現実に引き戻すと、森は気まずそうに目を伏せる。私の話題で現実逃避しようとしてたことが分かる。


「あんたも思いつめてたんでしょ。軽いけど、人に優しい奴だって思ってるもん。不用意に不必要に二人を傷つけたくないよね」

 森はこっくり頷く。というより項垂れているように見える。


「私の立場から考えれば、三人はすごくバランスのいいチームだから、今の関係性を崩してほしくない。佳代が今でも前と同じようにあんたを好きかどうかも分からないし……。でも大事なのは、あんたがどうしたいか、じゃない?」


 一度は受け入れた真子をこれからも大事にし続けるのか。

 今一度佳代の気持ちを確かめるのか。

 または、どっちとも距離を取るか。


 三つ目であれば、異動、場合によっては転職も選択肢に入ってくる。二十代の男性にとっては公私全般にわたる大きな問題になるだろう。


「真子と一緒にいる時に鈴木さんのこと考えちゃうんすよ。彼氏として、最低ですよね」

 

 森の零した言葉に、私はため息をつく。そりゃ、好きな人が目の前にいるのに心では別の人を想っていたら傷つく。私ですら予想はつくことだ。


「最低かどうかは分からないけど、それを知ったら、真子は悲しむだろうね」

「ですよね……。しかも相手は自分の友達ですもんね」

「どろっどろだね」

 感じたことをそのまま口にしてしまうと、森は更にずーんと落ち込んだ。ごめん。


 すっかり下を向いてしまった森を見つめていると、どこかから着信音が聞こえる。

「あ、すんません、多分真子です」

 ああ。どうぞ、と森を促しながら時計を見たら、かなり時間が経っていたことに気づいた。


「うん、今チーフと一緒で……、うん、大丈夫だよ」

 普段会社での姿しか知らない後輩二人が、目の前で恋人同士の会話をしていると思うと、何故か私のほうが照れ臭くなる。


(いいカップルだと思ったけど……。うまくいかないもんだな)


 佳代のことが無ければ、もっと言えば後から森がぐらついたりしなければ何の問題も無かったのだろうが、人の気持ちはそう簡単に線引き出来るものではないのだろう。


 きっと。

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