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第43話 -Rite & Yazaki side-

 週末、ずっと千早の携帯が繋がらなかった。メッセージを送ったが、全て未読のままだ。さすがに心配になってまた家まで行ってみようと思ったが、体調が悪かった時ですら電話には出てくれていたのに電源が切られているということに、千早の何らかの意思を感じて、家に行くことは控えた。


 金曜の夜の、タクシーを降りる間際の千早の言葉を思い出す。


『やっぱり私には無理だと思う』


 矢崎の電話を切った後、暫く沈黙した後の言葉だった。黙っていた間、千早の心に何が去来したのか、何を思ってあの言葉を俺に告げたのだろうか。


 ゲームチャット内での会話ではあまり感じなかったが、ゲーム以外の話題で話をしていて気が付いたのは、千早の異常なまでの自己評価の低さと、周囲との距離の取り方だった。


 仕事に関する話題以外は、常に自分を下げて話す。親しくなりたくて、心の距離を縮めたくて千早の内側に触れるような話題を出すと、するっと逃げられる。最初は俺の存在が迷惑なのかとも思ったが、俺の部屋に泊った日やその後に見舞いに行った時の態度を見ていると、それほど完全に拒絶されているとも思えない。


 あの若さで美人で、女性で一流企業で責任あるポジションを任されているなら自己肯定感が高いのが普通だ。ブライトに新卒入社したならいい大学を出ているのだろう。

 でも千早は、会社を一歩出ると全く違う顔を見せる。まるで、迷子になった子供が泣くのを必死で我慢しているような。


 実際、感情を表に出すことはかなり制限しているのだろう。些細な驚きや笑いはともかく、心の深淵を開くような強い思いを人前で出さないように。

 さほど長くない、というより短い付き合いしかないが、それに気が付いてからは千早が危なっかしく見えて仕方が無かった。自ら甘えることや人に頼ることをしない姿に。それほど強くも見えないのに。


 だから、何があったのかは分からないが、電話口で泣き声を聞いたときは我慢が出来なかった。本当なら、一切の記憶をなくすために無理やり抱くことも出来たかもしれないが、普段の俺ならそうしていたかもしれないが、千早にはしたくなかった。やっと見せてくれた本当の姿を押しつぶすような真似はしたくなかった。


 一定の距離を保つことで、逆に千早は遠ざからないことが分かった。それに安心し、少しうぬぼれていたのかもしれない。


『私には無理』


 もう一度千早の言葉を思い出す。何が無理なのだろう。いつか、その理由も、大泣きしていた理由も、教えてくれる日が来るのだろうか。


◇◆◇


「すまんな、来人君も勝手で。もし困ったことがあったら言ってくれ。俺から注意するから」


 立花が横から掻っ攫うように成瀬とタクシーに同乗して走り去ったあと、一番責任が無いはずの佐々木さんがばつが悪そうに気遣ってくれた。

「いえそんな。佐々木さん関係ないじゃないですか」

「だってお前、成瀬は……」

「佐々木さんだからぶっちゃけますけど、本当に付き合ったりなんてしてません。つい先日焦ってプロポーズして驚かせたばかりです。返事ももらってませんし」


「ほんとにぶっちゃけたな。……まあ、仕事と関係なく純粋に男女の話なら俺は口は出さん。ただ来人君は若いだけあって少し強引だから、あまり気抜くんじゃないぞ」

 常務の顔を脱ぎ捨てて、一人の男としてアドバイスしてくれた佐々木さんは、じゃ、と手を挙げて、タクシーに乗って帰って行った。俺も帰ろう。


 残った一台に乗って、走り出した車窓から外を眺める。クリスマス直前の夜の街はイルミネーションが延々と続き、うっかりすると信号も見落としそうだ。

 もし出来るなら、聖夜を成瀬千早と過ごしたかったが……、無理かもしれない。


 今、狭い車中で二人が一緒なのだと思い浮かんだら、居ても経っても居られず、気が付けば成瀬に電話を掛けていた。

 すぐに彼女が電話に出たことで若干安心する。まあ運転手もいるのにナニかするほど、立花も子供ではないだろう。


 今日の驚きを伝えると、疲れ切った声で同意を返してくる。やはり彼女も、驚きと少しの迷惑を感じていたのだろうか。少なくとも恐れいたような「歓迎」の感情はその声からは感じられず、俺は安堵した。


 すぐに切ることが出来ず、ズルズルとどうでもいい会話を続けていたら、唐突に男の声に変わった。


『お疲れ様です』


 澄ましたような声が癇に障る。現在進行中のプロジェクト担当者としてではなく、先日成瀬の部屋で鉢合わせた『ライバル』に、立場を切り替えてきたのだろう。

 案の定、成瀬に電話を戻すことなく通話は切られた。来年以降、こうやって俺と成瀬の間に悉く割って入るつもりだろう。


 面倒な事態になったと感じるが、しかし俺の成瀬への気持ちにはいささかの揺らぎも無い。俺は、彼女が、好きだ。

 そして、成瀬千早には自分が相応しいと思っている。俺ならもっと成瀬に上の世界を見せてやることが出来る。この業界の、ビジネスのトップレベルの醍醐味を二人で堪能したい。俺が、または成瀬が仕事で成功する時は、その隣にいるのは俺でありたい。


 その点だけは、俺は立花に負ける気はしない。立花が彼女の何を知っているのかは分からないが、付き合いの長さで言えば恐らく俺のほうが長いのだ。時間の長さだけが関係を決めるわけではないことは分かっているが、プラス要素であることは間違いないのだ。


 とりあえず今は、立花がまた彼女のマンションに上がりこむようなことだけはしないことを、神に祈る。


 

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