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第39話

 食事を終えてDVDを見終わったら、夜の十時近かった。


「遅くまでひっぱっちゃってごめん、明日も仕事なのに」

 本当に申し訳ない。最近来人に対して謝ってばかりな気がする。世話になりっぱなしなのだから当然か。

「別にいいよ。飯も食い終わってるし、それに」

 ふいに言葉を止めるので来人を見ると、彼の右手がそっと私の頬に触れた。

「こんなんで千早が泣き止むなら、全然安いもんだ」


 ……そうだった、私、泣きながら家にたどり着いたんだった。

「忘れてた……」

「ええ?!それは予想外だぞ?!ルキウスパワーすげーな!」

 思わず漏れた本音に、来人は怒ることもなく、また大笑いしてくれた。そしてついでのように私の頬を抓る。いちゃい。

「あのDVD、あげるよ。たっぷり癒してもらえ。じゃな」

 え?あげる?ちょっと待ってそれは……。

 慌てる私がリビングを振り返ったところで、来人はさっさと玄関から出て行ってしまった。


◇◆◇


 翌日は、早速丸一日矢崎さんと二人で会議室に籠って帝国管財の案件についての打ち合わせに終始した。午後からは顔つなぎをしてくれた佐々木常務も小一時間参加していただく。常務までわざわざフリーオフィスに出てきたことで、何か大きなプロジェクトが始まるらしいことは他社員も感づいたらしい。


「問題はメンバー編成だな」

 常務とはいえまだ四十代の佐々木常務は現場と感覚が近い。生え抜きで、私はほとんど接触はないけれど矢崎さんは何度かご一緒したことがあるそうだ。仕立ての良さそうな背広を脱いでゆっくりと背もたれに掛け、完全に前のめりだ。


「リーダーは矢崎、サブは成瀬。後は?お前らに案はあるのか?」

「中堅どころを中心に、あまり人数を増やしたくないですね。身動きとりづらくなるし、新規や急な案件が出た時に対応できなくなる」

 矢崎さんの意見になるほど、と頷く。常務も同意見のようだった。

「……一人紹介したい奴がいるんだ。そいつも入れてもらっていいか?」

「もちろんですよ。どの部署の社員ですか?」

「うん、まあ近いうちに紹介するよ……。ああ、もし時間があれば、今日の夜顔合わせがてら四人で飲みに行くか。早いほうがいいしな」

 そう言うが早いか、スマホを片手に会議室から出て行く。連絡を取っているみたいだ。


 矢崎さんはガラス越しに見える佐々木常務の背中をじっと見ながら、

「社外の人だな。社員ならすぐ呼びつけるはずだしな。佐々木さんがわざわざメンバーに推薦するくらいだから、業界の専門家かもしれないな」

「こういうことってあるんですか?私は初めてで……」

「まあ、たまにあるね。あまりにニッチな分野で専門知識が無いとどうにもならない場合とか。……でも今回の帝国管財は、そこまでじゃない気もするけどな」


 どんな人なんだろう。取引先ならまだしも、こちら側のメンバーとなると当然ながら交流が密になる。気心の知れた社内の人間なら誰がメンバーになろうが構わないが、全く未知の人となると今から気構えてしまう。

 社会人として仕事をしていれば珍しいことでもないのに……。いい年をして人見知りか。情けない。

 

 自分に対して小さい吐息をつくと、横で矢崎さんが笑いながら言った。

「あーでもなぁ、今夜は成瀬さんとデートの予定だったんだよなぁ……」

 私はぎょっとした。結構大きな声だったので、外へ漏れ聞こえていないかと慌てた。ていうかあの約束、まだ生きてたんだ。

「や、矢崎さん。その件ですけど」

「ん?俺キャンセルしてないよね?」

 ああはい、まあそうなんすけど……。


 私がアワアワしているうちに電話を終えたらしい常務が戻ってきた。

「今日の十九時からってことで話がついた。お前らは大丈夫か?」

 はいもちろん!と答えようとしたら矢崎さんがふざけた口調で抗議した。

「俺たち今夜デートの約束だったのに。佐々木さんにぶち壊されましたー」

 ちょ、ちょ、ちょ!矢崎さん、言い方!

 びっくりして、相手が矢崎さんだというのに口を塞いでやろうかとばたつく私をよそに、常務はもっとびっくりしたようだった。

「なんだ、お前ら付き合ってたのか」

 付き合ってません!

「付き合ってませんよー」

 そう!ちゃんと言ってください!

「プロポーズしたばかりですけどね。まだ返事もらってないんで」

 だからそれ!大体返事は保留にしてくれって言ったの矢崎さんでしょ!

「そうだったのか、すまん、知らなくて」

 何も無いんですから、知ってるはずないんですから、いいんです!

「まあ明日から週末だから、デートはそっちでやってくれ。……さっき言った奴な、社外の人間なんだが、うちに転職したいって打診受けてたんだ。若いけど仕事は出来る。お試しっていうのもあれだが、このプロジェクトで様子見て結果出せるようなら正式入社、という流れにしたい」


 なんと、転職希望者だったのか。唐突な社外の人の参入の理由が分かって納得出来た。

「矢崎、お前は採用面も含めて監督してくれ。もちろんうちのメンバーとの人間関係もな。俺に気兼ねするな、遠慮なく判定してくれ」

 矢崎さんも疑問が溶けて安心したような顔をしている。一つやることが増えたようなものだが、普段から採用やヘッドハンティングもしているらしいから、特に問題は無いのだろう。


「分かりました。彼女とのデートを邪魔された分、点数辛くしていいすか?」

「だから矢崎さん!」

「アハハ……、全く構わん。それでもお前の眼鏡にすら敵う奴だと思うぞ。……じゃ、時間になったらロビー集合でよろしくな」

 私たちは頷く。そして打ち合わせを再開した。他の候補者について話し合った。私としては佳代達三人のうち一人くらいは修行として加入させたかったが、マックス社の件もあるから今回は見合わせる。


 次の予定があるらしく、暫くすると常務は退室した。矢崎さんと二人になって、私は思わず愚痴をこぼした。

「矢崎さんーー……。あれはないでしょう」

 ()()が何を指しているかすぐ分かったのだろう。しかし全く反省の色はない。

「なんで?俺嘘は吐いてないよ?」

 そうですけど……。

「常務、がっつり誤解してたじゃないですか」

「まあ、将来俺たちが結婚するときは、仲人は佐々木さんだろうしな?」


 とんでもない想定に私は開いた口がふさがらない。もっと常識的な人かと思ってたのに。

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